「『子持ち様』の尻拭いや仕事を肩代わりしても見返りゼロ」「勘違い『子持ち様』は仕事辞めたらいいのに」「『子持ち様』の業務を巻き取ったらこんな時間。マジで滅びねーかな」
近年、SNSのタイムラインにはこんな言葉が並ぶ。「子持ち様」とはネットスラングの一種で、子育て世帯に向けた皮肉として使われている。
2023年11月には「子持ち様が『お子が高熱』とか言ってまた急に仕事休んでる。部署全員の仕事が今日1.3倍ぐらいになった」という投稿がXで大きく拡散した。
子どもの発熱で仕事を度々休む同僚への苦言とみられるが、X上では「休む人はいらない」「会社の体制の問題」などと賛否両論の議論を巻き起こした。
しかし、そもそも業務の偏りが生じてしまう企業の構造に問題はないのか。立場が違う人同士がぶつかり、一方に業務の皺寄せがいく環境を変えるにはどうしたらいいのか。
ハフポスト日本版は、「共働き子育て世帯」に特化した転職サービス「withwork(ウィズワーク)」を運営する「XTalent」(東京)の上原達也代表を取材。
社員全員が働きやすい環境を整えているスタートアップ2社にも話を聞き、「子持ち様」という言葉について考えた。
子育て側だけケア ➡︎ 不公平感が生まれる
withworkは、「キャリアとライフはトレードオフじゃない」がテーマの転職サービス。決してキャリアを諦めず、子育て中でも理想のキャリアを築き、家庭を犠牲にしない働き方ができる企業を厳選して紹介している。
上原代表によると、子育てを理由に転職する男性が増えており、男性の利用者も増加しているという。仕事と家庭の両立で転職することが当たり前になりつつあり、採用競争や離職防止の観点から働き方改革に着手している企業も多い。
しかし、こうした変化があってもなお、SNSでは依然として「子持ち様」という言葉が頻出している。なぜ子どもがいる側といない側が対立する状況になっているのか。
上原代表は、「会社によっては子育て中の社員だけがケアされているため、『不公平感』が生まれている。それを『従業員たちだけで解決させよう』という企業の体質も、社員の間に溝が生じる一つの原因となっている」と指摘した。
例えば、子育て中の社員が子どもの急な熱で早退したり、休んだりした場合、誰かが代わりに業務を行う必要が出てくる場合がある。だが、そこへのインセンティブや評価体系がないため、サポートする側の不満が蓄積していくという。
この点で言えば、三井住友海上火災保険が「育児休業を取得した社員の同僚全員に最大10万円の一時金を支給する」という取り組みをおこなっている。
当時、サポートする側の負担にも着目した画期的な制度だと話題になったが、このような制度を設計している企業はまだ少ないようだ。
みんなが早く帰れる・休める環境
また、上原代表は、「子育てや介護がある社員に限らず、『誰にとっても』という状態にするのも解決策の一つ」と語った。
「子どもがいる人は早く帰れる・休める」のではなく、「みんなが早く帰れる・休める」ようになれば、子育て中の社員の休暇や定時帰りなどが特別視されることはなくなる。
そのためにすべきことが、仕事の「属人化」の解消だ。
例えば、上原代表の会社では「業務の標準化」を進めており、withworkのユーザーとの相談内容は許可をとった上で常にレコーディングしている。こうしておくことで、業務状況をマネジャーや同僚が把握でき、担当外の社員だとしても仕事をカバーしやすい状態がつくられている。
子育てに関連した休みだけでなく、体調を崩して急遽休んだり、育休を取って長期離脱したりすることも十分考えられる。「誰かが休んだからといって仕事が回らなくなるのはかなりのリスク」という。
ユーザーとの面談内容を自分へのメモとして書き残しておくのか、手元のPCで入力しておくのか。それとも、入力した情報を社内で共有できる仕組みにしておくのか。上原代表は「これだけでも全然違う」とし、次のように語った。
「子育て世帯に目がいきがちだが、介護と仕事を両立する人も増えているため、仕事内容に応じたインセンティブや評価、みんなが早く帰る・休める環境、仕事の属人化の解消がますます重要になってくる。そしてこれは、企業側の制度設計で解決できる」
一方、上原代表は、子育て中の社員がパートナーとの育児・家事をうまく分担しておく必要性も述べた。
夫側が「保育園の迎えや発熱による早退はしない」という一方的な態度をとった場合、必然的に家事・育児の比重は妻側に偏る。こうなると、妻側は残業や出張ができず、子どもが発熱した場合などは毎回休んだり、早退したりしなければならない。
絶対に仕事を休めない日や抜けられない日を夫婦間で共有し、家事・育児の比重がどちらかに偏ることなく調整していれば、一方の職場にかかる負担も少なくなる。上原代表は、「夫婦で『働ける』環境を作り出すことも重要。だからこそ、性差による育児・家事の偏りの解消が必要になる」と言及した。
「みんなが休める」会社は実際にある
社員同士の不公平感を解消するには、全員が早く帰れる・休める環境や、仕事の属人化の解消などが重要であることがわかった。
実際、平均年収が上場企業を上回る700万円を超えたとされるスタートアップ業界では、このような不公平感をなくして人材獲得に繋げる動きがみられる。
「ANBAI」や「ハカルテ」などのヘルスケアアプリを提供する「DUMSCO」(東京)は、「なんとなく休暇」という制度を導入している。
通常の法定有給休暇に加え、月1日付与される有給制度で、特徴は「翌月に持ち越せない」という点だ。月内に消費しなければ権利が消失するため、子育ての有無にかかわらず9割超の社員が毎月「なんとなく休暇」を取得している。
制度を考案した同社の加勇田雄介さんは、「みんなが月1回、『なんとなく』休むことで、休むことが特別にならない風土が醸成された」と話す。
加勇田さん自身に子どもはいないが、甥の育児を2カ月間にわたってサポートした経験があり、子どもの熱で休んだり、早退したりすることは「罪悪感を感じる」ことに気づいたという。
「なんとなく休暇」により、結果的に「休む」という共通認識が社内に生まれるため、「子育て中の社員も罪悪感を感じず休める。周囲にも変な違和感は生まれない」と語った。
また、同社では誰かが突然休んでも対応できるように日頃から業務のドキュメント化を徹底しており、引き継ぎがうまくいくようになったことで「休暇や早退で慌てることが減った」という。
加勇田さんは、「有給取得の理由は本来、会社に伝えなくてもいいもの。最終的には『子どもが熱なので休みます』と言わなくてもいいような環境をつくることが自分の義務だと思っている」と述べた。
リーダーが1カ月抜けても仕事は回る
「社内では子育て中の社員の『休む』が特別にならないような雰囲気ができ上がっている」
デジタル・トランスフォーメーション(DX)を支援する「スパイスファクトリー」(東京)の流郷綾乃さんも、このように話す。
同社には「シエスタ制度」というものがあり、コアタイム(午前11時〜午後3時)以外は自由に休憩を取得できる。
使い方は社員によって様々で、例えば子どもの急な発熱や送り迎えのほか、保護者会、役所での手続き、病院の受診、ジム通いなどで利用されている。
流郷さんは、「ライフステージが変わると働き方も変わる。子どもの有無にかかわらず、全ての社員に『休む』という意識が浸透しているので、働き方が違う人を特別視する状況は生まれない」と語った。
一方、同社はクライアントワークが基本だ。取引先がいる仕事のため、休むことへの難易度が高いように思えるが、オープンな社内チャットでのコミュニケーションや、チームを組んで役割やタスクを共有する働き方を取り入れているため、休むことを実現できるという。
実際、1月1日に発生した能登半島地震でプロジェクトの中心にいた社員が被災し、1カ月間仕事に復帰できなかったが、様々なツールによって「仕事の見える化」が実現できていたことで、ほかのメンバーがすぐさまフォローに入れる状態が構築されていたため、業務に支障は出なかった。
流郷さんは、「大企業と違って人数は少ないが、数日や1週間の休暇で慌てることはない。全員が休めたり、仕事を共有していたりする環境があれば、立場の違う社員同士がぶつかることはないのではないか」と語った。
【情報提供をお待ちしています】
「子育てがきっかけで転職しました」ーー。ここ最近、こんな連絡が頻繁にくるようになりました。
私(相本)が子育てを機に転職した頃(2022年)、新聞業界では男性記者がこのような理由で会社を退職することはほとんどありませんでした(下記記事参照)。
「もったいない」や「『嫁さん』の尻に敷かれている」と言われたこともありますが、withworkで男性の利用が増えているように、徐々に潮目が変わりつつあるのかもしれません。
しかし、家事や育児、介護などが女性に偏るジェンダー不平等は、まだ社会に蔓延しています。
家事や育児が一方に偏っている。育児で残業ができないことを理由に配置転換させられた。「子持ち様」と言われて傷ついた。こんな悩みを持っている方はいらっしゃいませんか?
ハフポストではさまざまな立場の人に話を聞き、一緒に解決の糸口を探りたいと考えています。以下までご連絡ください。
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(記事)