「2人に1人が障がいのある人と交流したことがない」。インクルーシブデザインで描く「フラット」な未来【コクヨ】

文房具・オフィス家具・事務機器を製造販売する「コクヨ」と、障がいのある人と学生の共創によって作品を生み出すシブヤフォント。両団体がそれぞれの立場からアプローチする「インクルーシブデザイン」について聞いた。

「インクルーシブデザイン」という言葉を知っているだろうか。

「インクルーシブデザイン」は高齢者や障がいのある人など、従来のデザインプロセスからこぼれ落ちていた多様な人々を、プロセスの上流から巻き込むデザイン手法だ。

2024年12月、文房具・オフィス家具・事務機器を製造販売する「コクヨ」は、厚いものでも少ない力で刃先まで切りやすい「ハサミ〈サクサ〉」を、インクルーシブデザインによって利き手を問わず使いやすいようリニューアルした(基本構造は右利き用ハサミと同様)。

ハサミ〈サクサ〉
ハサミ〈サクサ〉
コクヨ

2月上旬、同社は多様性とインクルーシブの浸透を目的に障がいのあるアーティストとの共創に取り組む「シブヤフォント」への同商品の寄贈式を、東急プラザ原宿「ハラカド」内のシブヤフォントラボで開催。イベントの様子をレポートする。

上肢障がい・左利きでも使いやすいインクルーシブなハサミ

「ハサミ〈サクサ〉」を使った作品制作の様子
「ハサミ〈サクサ〉」を使った作品制作の様子
コクヨ・シブヤフォント

「ハサミ〈サクサ〉」は、2013年7月発売の「エアロフィットサクサ」を前身とし、2017年7月に発売した。刃先にかけて交差角度が広がる「ハイブリッドアーチ」が特徴で、刃先まで軽い力で切りやすいハサミとして支持されてきた。

7年ぶりとなる今回のリニューアルでは、利き手を問わず切りやすいハサミとして、より多様なニーズに応える改良が行われた。最大の魅力である「切りやすさ」を維持しつつ、社内外でのワークショップや社内検証などの過程を経て、約600本もの試作検証を通して実現した「傾斜インサート」構造を取り入れ、利き手を問わず切りやすいハサミを開発したという。

さらに既存の「スタンダード刃」に加え、テープを切ってもべたつきにくい「グルーレス刃」、のりの汚れとサビに強い「フッ素・グルーレス刃」、耐久性が高い「チタン・グルーレス刃」の4種類を展開し、使用用途によって選ぶことが可能となった。

インクルーシブデザインで、まだ見えていないニーズに応える

コクヨ サステナビリティ推進室理事・井田幸男さん
コクヨ サステナビリティ推進室理事・井田幸男さん
コクヨ・シブヤフォント

同社では、開発の場において障がいのある社員も参加することを重要視しており、2024年に販売開始した新商品の28%が、インクルーシブデザインを取り入れたものとなっている。2030年には50%を目指しているという。

また、インクルーシブデザインによって社会のバリアを発見し、誰もが自分らしくいられる社会をつくるまでのプロセスをHOWS DESIGNと名付けており、同社が設定した複数基準を満たすプロダクトやサービスには「HOWS DESIGN」マークが付与されている。

HOWS DESIGN
HOWS DESIGN
コクヨ

同社サステナビリティ推進室理事・井田幸男さんによると、誰もが使いやすい製品を作るためには「社会のバリアを見つける」「解決方法のアイデアを検討する」「試作品で検証する」「具体的な商品やサービスで検証する」の4ステップがあるという。さらに「特に『社会のバリアを見つける』は大切な工程で、実際にバリアによって困っている人たちと『こういう商品やサービスができたらどうかな』と直接会話を重ねることで、当初の仮説と違うバイアスに気づくこともあります」と説明した。

制作過程においてリードユーザー(製品の主な使用者となる生活者)として想定していなかった場所にニーズが見つかることもあるという。井田さんは「たとえばスポーツの領域では、ある企業が脳性麻痺の青年からもらった手紙に、自分で自分の事をできるようになりたい、という声から、手を使わずに着脱できるシューズを開発しましたが、実際に販売をしてみたら赤ちゃんを育てている女性を中心に人気が出たという事例もあります」と他社の事例を交えて説明。同社においても、障がいのある人をリードユーザーとした商品が、多くの高齢者から支持されたという事例もあるそうだ。

井田さんは、これらの事例を踏まえて「ある特定の方々のニーズに応えようと開発した商品に対して、当初想定していなかった層の方々からも反応をいただけるということは、実は見えていないインクルーシブデザインへのニーズが社会にはたくさんあるのではないでしょうか」と問いかけた。

インクルーシブデザインで築く、フラットな関係 

シブヤフォント共同代表の磯村歩さん
シブヤフォント共同代表の磯村歩さん
コクヨ・シブヤフォント

続いて、寄贈式には一般社団法人シブヤフォント共同代表の磯村歩さんが登壇。インクルーシブデザインの観点から、直面している社会課題や同団体の取り組みなどについて話した。

同団体の主な活動内容は、障がいのある人(原画作成を担うアーティスト)とデザインを学ぶ学生との共創によりフォント・パターンを生み出し、企業によるそれらのデータ利用(二次利用)を促進することだ。

デザインのアーカイブはホームページからダウンロードが可能で、グーグルやユニクロ、キヤノン、しまむらなど、100社以上の企業が作品を採用している。また、渋谷区役所では全館に作品を採用しており、多様性豊かなカルチャーやアートが次々と生まれる渋谷らしさを体現している。

2025年2月現在、アーティスト262人(11施設)と学生95人をはじめとする合計357人(累計)のメンバーが活動し、原画は数百種類の商品へと形を変えている。こうした商品の売り上げなどにより得られた収益の一部は、アーティストが利用している施設へ還元されているという。 

磯村さんは、活動の背景について「障がいのある人が自立して生活するための社会基盤が整っていないことがある」と説明。制作においても、アーティストとフラットな関係性を維持することが重要だと語った。

また、そもそも障がいのある人とない人との接点がないことも日本社会における大きな課題だ。この溝により、ごく一部の障がいのある人による極端な事例が起きると、そのイメージが一人歩きし、障がいのある人全員への固定観念などにつながっているという。

磯村さんは、過去10年間、障がいのある人に関連する施設の建設や運営開始にあたり、地域住民の25%から反対意見があったというデータもあると説明し、「多様性の時代と言われてはいるものの、同調査では障がいのある人と関わったことがない人は51.9%という調査結果となっており、社会にはまだ見えないバリアがたくさんあります。もしご自身の生活において障がいのある人との接点があれば、『障がいと言っても一人ひとりの個人だから、性格もそれぞれだよね』と色眼鏡を外して向き合えると信じています」と語った。

実際、シブヤフォントのプロジェクトを通じて学生が障がい者支援事業所に訪れて交流した際、学生からは「一口に障がいと言っても、一人ひとり違う人なので、理解を深めることはずっとずっと続いていくと思います」という感想もあったという。

コクヨ・シブヤフォント

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執筆後記

マジョリティの視点から語られることが多い「障がい」。しかし、その正体はそもそも個人が有する「特性」ではなく、多様な個人に対応できていない、マジョリティ側に偏っているという「社会課題」なのかもしれない。

だとするならば、プロダクトやサービスの開発、アートをはじめ、多様な領域での包括性を育み、その偏りを是正していくことで、社会はより多くの人にとって「フラット」なものになっていくだろう。

それぞれの異なる角度からインクルーシブデザインに取り組む、コクヨとシブヤフォントの取り組みに触れて、筆者は改めて障がいや包括性の本質を問い直した。

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