築地市場(東京都中央区)の豊洲(江東区)への移転問題で、東京都の小池百合子知事は11月24日、築地の跡地再開発について「一つの考え方」と述べ、路線変更も匂わせた。
豊洲市場に入居予定の観光拠点「千客万来施設」を運営予定の企業が、築地との競合を懸念して撤退も検討と表明、江東区長も受け入れを再考せざるを得ないと発表したからだ。開場日はいったん2018年10月中旬とされたが、見通しが立っていない。
また、12月5日には、豊洲市場の追加安全対策工事の一部について入札を断念することも報じられた。
かつて、小池知事率いる地域政党「都民ファーストの会」の顔でもあった音喜多俊(おときたしゅん)・東京都議は、小池氏の選挙対策での「良いところ取り」がこの事態を招いたと批判する。解決策はあるのか、音喜多都議に聞いた。
ーー豊洲移転問題が膠着状態に陥った、一番の問題点は。
小池知事が都議選のために「良いとこ取り」を狙った結果です。当時、「都民ファーストの会」の中には、「移転推進派、反対派、両方の票を取れる」とハッキリ断言する人もいました。
築地市場を維持すれば、豊洲と競合してしまうのは予想されたこと。しかし、当時は支持率も高く、民間運営の「千客万来施設」も含めて小池知事は、「私が言えば皆ついてくるだろう」と思ったのでは。
私は元々、豊洲に移転すべきだという考えでしたし、党内でもそう進言していました。それに対し、小池知事は「6月には決めますから、安心して」と。そして突然、両立案が浮上しました。一部のブレーンを除いて、私たちにとっても本当にあれは根耳に水でした。
ーー都議選直前に発表された小池知事の両立案を受けて、移転派だった音喜多さん自身も、都議選では「直ちに豊洲移転」という主張はしていませんでした。
当時は、「方針が違う」と党を割って出るのではなく、組織内から、最終的には豊洲に向けて働きかけをすればいい、と思っていました。そこで、私自身も「豊洲は安全だけれど、まだ安心かどうかわからない」という玉虫色の発言をせざるを得ませんでした。
結果的に自分の発言も、豊洲市場の安全性に対する風評被害を招いた。反省しています。その後、私の議員報酬の一部は、風評被害対策のために寄付することを決めました。
ーーその前から、会派によるブログや発言内容への締め付けが徐々に強くなっていった、いうことですが。
そうですね。東京都が試算した「豊洲に市場移転なら赤字100億円」はまやかしというブログを書いたあたり(2017年1月26日)から、指示が入るようになり始めました。
当時は「都民ファーストの会」都議団幹事長だったので、怒られるというよりは「断定口調はやめて、慎重な言い回しで」などとやんわりと言われたんですが。
ーー小池知事は豊洲・築地の両立案について決定の過程を記録せず「AIが決めた」などとしてはぐらかしました。どのあたりで彼女は決断したのでしょうか。
豊洲市場の地下水のベンゼン濃度が国の環境基準値よりも高いと判明した1月の時点で、小池知事の中では急速に、築地再整備に心が傾いているのを感じました。しかし石原前知事をあれだけ責め立てておいて、肝心な部分を情報公開しない姿勢は許されないと思います。
ーー地下水のベンゼンについて、3月には専門家会議は、遮断されており「地上は安全」と評価していました。小池知事も「科学的な分析が何よりベースになるべき」と話していたのに、なぜ。
築地再整備は小池知事にとって、過去の都政を否定するという分かり易いアイコンでした。
とにかく、前例がないことをやっていかないといけない。それが、小池知事にかけられた呪い、縛りのようなことだと思います。
ーーいったんは2018年10月中旬と発表された豊洲移転ですが、実現可能性は。
現在、築地市場再開発検討会議が2018年5月に再開発案をまとめることとしています。つまり、5月までは、修正あるいは撤回の議論をする叩き台さえない。事業者側は「築地再開発案を見て判断」と言っていますから、早くても5月になる。すると、豊洲の10月開場はほぼ絶望的でしょう。
様々な有識者会議の手法自体にも問題があります。透明性確保の理念はわかりますが、あれだけの著名人を揃えて、頻繁に会議を開催するのは無理があります。1~2カ月に1度が精一杯で、結果的に、どうしても結論が出るのが5月になってしまう。スピード感に欠けます。
ーー延期で都民への影響は。
第一には、豊洲市場の莫大な維持費がかかっていること。東京都は1日あたり500万円と説明していますが、もっと高いという見積もりも。開場が遅れればそれだけ、都民の負担が増えます。
また、環状2号線(築地の跡地を通過予定)の地上部分の工事もギリギリのスケジュールです。この路線は都心と晴海・有明地区を結ぶ東京オリンピック・パラリンピックのメインルートになる予定ですから、万一開通できなければ重大な影響が出ます。
豊洲の人口は急増していますが、主要な道路は現在、晴海通り一本しかなく、渋滞が発生しています。これを解消するためにも、環状2号線は必要です。
仮に築地からの移転が今以上に遅れたら、工事渋滞にオリンピック渋滞が重なり、都心の動脈がマヒしかねません。
ーー小池知事はこの膠着状態をどうすれば、抜け出せるでしょうか?
まずとにかく、彼女が謝罪すること。陰に陽に頭を下げて、「千客万来施設」の運営企業や、市場関係者に、交渉のテーブルについてもらわなければ始まらない。
「千客万来施設」の運営企業も、ビジネス面、信義則の両方に懸念を抱いていると思います。民間企業はリスクを取るのは仕方がないことですが、官対民ではあまりにも不公平です。
小池知事もこのままいくと2期目はないと実感しているでしょう。まずは2期目までしっかりやり遂げて、オリンピック・パラリンピックを成功させなければいけない。そうしないと、いよいよ政治生命が終わってしまう。
ーー音喜多さんは衆院選直前の2017年10月5日に「都民ファーストの会」を離れました。結果的に、それが小池知事の「希望の党」敗北に拍車をかけたと言われています。
衆院選で都民が冷静な判断をしたのは、望ましいことでした。
衆院選に近づくにつれ、都議選と同じ流れで、小池知事が肝心な情報を公開しない「ブラックボックス」化がどんどん進んでいきました。議員総会でもそう訴えましたが、改善の兆しが見られなかった。希望の党は選挙目当ての烏合の衆にしか見えませんでした。
党側は、私の衆院選出馬も考えていたようですが、断ると「では全国で応援に回ってもらう」ということになりました。しかし、それでは(豊洲問題に続いて)もう一度、有権者をだますことになってしまう。それは避けたかった。
ーー「都民ファーストの会」の「言論統制」も批判されていました。積極的に対外発言をする「ブロガー議員」としての意義をどう考えているのですか。
私は、党に向かってやたらめったら弓を引いているわけではないんです。「こうすべき」という思いを、政治家一人ひとりが伝えていくことが大事だと思っています。
民進党の失敗について「議員が好き勝手なこと言うからバラバラになった」と言われていますよね。でも私は、議論の過程はどんなに紛糾してもいいと思ってるんです。ただ、民進党は、決まった後に議員が勝手なことを言うのが悪かった。
自民党はそうやって来ています。オープンにはならないですが議論はして、党が方針を決めた後で議員はその決定に従っている。
議論の過程を知るのは、都民にとっても大事です。小池知事と自分の考え方は違っていても、「都民ファーストの会」は、色々と内部で意見を交わしているんだな、と見えていた点は、都民に評価されていたと思っています。
しかし、特に都議選後、「都民ファーストの会」はその議論自体をなくそうとした。それは納得がいきませんでしたね。
ーー現在、所属する「かがやけTokyo」は2人会派です。「都民ファーストの会」を割って、都議会で存在感を発揮しようという考えは?
「ちゃんと小池知事の首を取るまでやれ、それを取るまで贖罪じゃない」という支持者の方もいます。でも、都知事の任期は嫌でもあと3年。4代続けて任期途中で知事が投げ出すという東京都政が、果たして正しいかどうかです。
次の人が本当にいい人かどうかわからないし、議会改革や情報公開など、小池知事が掲げた公約自体には良い部分もあった。目的なく割ったって仕方がないと思っています。
【豊洲か、築地か。小池知事の選挙に利用された移転問題の経緯】
2016年8月31日
築地市場の豊洲新市場への移転(2016年11月7日予定)について、小池知事が延期を表明。理由は「安全性」などの疑問点が解消されていないため、とされた。
2017年1月14日
土壌汚染を調査するため、東京都が続けていた地下水モニタリングの結果、環境基準の最大79倍となるベンゼンなど有害物質が検出された。「豊洲市場における土壌汚染対策等に関する専門家会議」4回目の会合で最終結果として報告された。一方で、専門家会議は地下水の汚染は安全性に影響がないと結論づけている。
2017年6月20日
小池知事は延期していた中央卸売市場の機能を豊洲に移転させる方針を正式に表明した。一方で、築地市場の跡地の売却を見直して、5年後を目処に再開発し「食のテーマパーク」を作るという両立案を発表した。
2017年7月2日
東京都議選の投開票。小池知事率いる「都民ファーストの会」が49議席を獲得、都議会第1党となった。
2017年10月5日
音喜多都議・上田令子都議が「都民ファーストの会」を離党。
2017年10月22日
衆院選投開票。小池知事が当時代表を務めた国政政党「希望の党」は50議席獲得(公示前57議席、235人擁立)で惨敗に終わる。
2017年11月6日
豊洲市場の開業予定日を2018年10月と発表したが、「千客万来施設」運営企業の撤退も含めた見直し意向を受けて、江東区長がこのままでは受け入れられないとコメントした。