「内閣総理大臣 岸田文雄様
私は同性婚を希望している息子の母親です。
人が人を好きになり家族になりたいと思うのは当たり前のことです。
同じ人間なのに同性だということで理解されないのはひどいと思います」
熊本県に住む女性は2月、岸田首相に宛てた手紙で、同性カップルの結婚を1日も早く可能にするための法整備をしてほしいと訴えた。
女性の息子のこうぞうさんと、そのパートナーのゆうたさんは「結婚の自由をすべての人に」裁判の九州訴訟で、原告になっている。
この訴訟は、ふたりを含めた30人以上の性的マイノリティの人たちが「法律上の性別が同じパートナーとの婚姻が認められていないのは憲法に違反する」として、全国6つの地裁・高裁で国を訴えている。
異性カップルと同じように同性カップルが結婚できるようになることは「結婚の平等」や「同性婚」と呼ばれる。
こうぞうさんの母は、この結婚の平等が実現し、息子とゆうたさんが法的な家族になれる日を長年待ち望んできた。
ところが、岸田首相は2月、結婚の平等を法制化すると「社会が変わる」と発言。
この言葉に抗議するため、こうぞうさんの母は岸田首相に手紙を書くことにした。「社会が変わる」という言葉について、こう尋ねている。
「ふたりの住む家にたまに訪ねていきますが、そこにはごく普通の家庭があります。本当に仲良く暮らしています。
総理が社会が変わると言われるのは、どんな風になるのか、私は理解できません。
もし総理の息子さんが私の息子と同じ同性愛者だったら、総理は気になりませんか。どうにかしてやりたいと思われるでしょう」
結婚の平等と家族の応援
こうぞうさんとゆうたさんが出会ったのは、ゆうたさんが大学進学で熊本にやってきた2002年だ。間も無く交際するようになり、一緒に暮らし始めた。
ふたりとも、当時から周りにゲイであることをオープンにしており、からかわれることもあったものの、多くの人は「別にゲイということ以外、何も変わらないし普通だよね」と受け入れてくれた。
こうぞうさんの母もそうだった。こうぞうさんがゆうたさんと交際を始めた後にカミングアウトした時、母は「人に迷惑かけることではないんだし、自分の人生だからいいんじゃないの」と拍子抜けするくらいあっさりと受け入れてくれたという。
2人は、ゆうたさんが大学を卒業して熊本を離れることになった時に1度別れている。
しかし、約10年後に再び連絡を取るようになると、お互いに「一生をともにする相手はこの人しかいない」と強く感じ、2019年から再びパートナーとなり一緒に暮らしている。
2000年代初めから「同性婚できるようになったらいいよね」と気持ちを持っていたというこうぞうさんが、LGBTQの社会活動に深く関わるようになったのは2015年だ。この頃、東京都世田谷区と渋谷区でパートナーシップ制度が導入され、日本でもLGBTQの権利擁護が大きく動き始めていた。
社会の変化を目にしたこうぞうさんは「LGBTQの社会問題に、関心を持っている人達が大勢いる」と感じてSNSなどで発信を始めるように。2015年には日本弁護士連合会(日弁連)に対する同性婚人権救済申立の申立人にもなった。
ただ、パートナーシップ制度や社会の理解が広がっても、自分たちの住む熊本を含め、地方にはカミングアウトできない当事者が多くいることも実感していた。
自分たちは家族や周りに受け入れられて恵まれている、と感じていたこうぞうさんとゆうたさんは「カミングアウトをしたくてもできない人たちの分まで、やれることをしたい」という思いから、2019年に結婚の平等を求める訴訟の原告になることを決意。
裁判を通して「結婚が認められていないのは存在が否定されているに等しい」「若い世代が希望を持てない国であってはいけない」と訴えてきた。
そういった中で、岸田首相の「社会が変わる」発言。この言葉は、こうぞうさんたちの家族も大きく傷つけるものだった。
こうぞうさんの母だけではなく姉も岸田首相に手紙を書き、「人が誰を好きになるかによって、堂々と差別されていいわけがありません」「若い人たちが『社会で認められていない存在なんだ』と孤独に傷つくことが何より悲しいです」と訴えた。
こういった家族の応援は、こうぞうさんたちが原告を続ける上で大きな支えになっているという。
「僕らがどれだけ周囲にカミングアウトできたり、何を言われても結婚したいという気持ちがあったりしても、家族が反対していれば原告になるのは難しかったと思います」
「逆に、どれだけ嫌なことを言う人がいても、一番近い家族が味方でいてくれるのが何より心強いです。だから、(性的マイノリティの人たちの)家族には、葛藤を感じ時間がかかったとしても、味方でいてあげて欲しいなと思います」
母から首相へのメッセージ「同性婚を法制化してください」
こうぞうさんたちは「20年前に結婚の平等が当たり前の社会だったらどんな人生を送っていただろう」と考えることもある。
「日々の生活は幸せですし、周囲の人も理解してくれていますが、それでも僕らは法律上は他人なので、病気や事故など不測の事態が起きた時にはふたりの関係はどうなるんだろうと不安を感じます」
「結婚という選択肢がないことで人生のロードマップを描く機会が奪われたとも感じています。結婚していれば里親になるという選択肢も考えたかもしれない。だけど2人の関係が社会的に認められているとはいえない状態では、精神的なハードルも高く、現実での行動にまでは至りませんでした」
「結婚の自由をすべての人に」裁判では、これまでに札幌、大阪、東京、名古屋の4地裁で判決が言い渡され、そのうち3つで同性カップルの結婚が認められないのは「違憲」と判断した。
その中でも、2023年5月の名古屋地裁判決は「同性カップルの結婚が認められても、社会に対する不利益は想定し難い」と指摘した。これは「社会が変わる」という首相の言葉とは反対の見解だ。
こうぞうさんは九州でも、結婚の平等法制化に近づくためのより踏み込んだ違憲判決が出てほしいと願っている。
「社会は目まぐるしく変化しており、同性婚の法制化を要請していると僕は思っています。司法には一日も早い法制化のために動いてほしいです」
こうぞうさんの母も、手紙の最後で岸田首相にこう伝えている。
「ひとりひとりの人が望む、幸せに暮らしていけるような日本にしてください。同性婚を法制化してください。どうかお願いします」