保育園反対運動は、説明のプロセスの問題が大きい
市川市で保育園開設が中止になったと報じられた。私はしまったと思った。
実はこの地域に住み待機児童を抱えるママさんから、反対運動について相談を受けていたのだ。現地にも行ったのに何もできないまま、中止になってしまった。
何ができたとも言えないが、何かできなかったものかといま、強く後悔している。せめて今後のために、私が知ったことを少しでもここに書いておきたい。
私は「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」と題したブログをたまたま書いて以来、保育と社会の問題を取材するようになった。
子育て中の親たちからのメールや相談が大量に届いたからだ。その流れで、保育園反対運動についても取材してきた。ほんの4〜5件だが、首都圏の保育園反対運動の背景や傾向も少し見えてきた。
市川市の件がまさにそうだったようだが、何の相談も前触れもなくいきなり保育園建設を知らされ、感情的になってしまう事例は多い。
その気持ちはわからなくもない。
隣の土地にいきなり看板が立って「保育園予定地」とあったら怒る人もいるだろう。どうして事前にひとことないのかと。その怒りをうまく解消してもらえないと、態度はどんどん硬化しますます感情的になってしまう。
私立の場合、難しいのは行政が主体性を取りにくい点だ。
事業者を募集して事業者が土地を見つけて、という流れだと、住民への説明も事業者主体で、というのが行政の"公式"だ。だが住民からすると「行政の許可を得たと言うなら行政が説明せよ」と自治体に求めるのも当然だろう。
結局説明には行政も参加することになるが時すでに遅しだ。この出だしの行き違いがあると事態が複雑化し、反対住民の気持ちがどんどんこじれる。
三大理由「子どもの声・交通が危険・母親が溜まる」は誤解
※以下は、これまで私が取材したいくつかの反対運動の話だ。市川市の件ではないので、その点はよく留意してほしい。
こじれるほどに、様々な反対理由が出てくる。様々とは言え、3つはほぼどこでも出てくることだ。
子どもの声がうるさいのは困る、予定地の周囲は交通量が多く道が狭く子どもたちに大変危険だ、母親たちが送り迎え時に近くに溜まって迷惑に決まっている。そしてこの3つはほぼ誤解だ。
子どもの声がうるさい。
確かに保育園の音についてトラブルがいくつか起こっている。だがそれ以外ではトラブルに至っていない、ということでもある。
実際、私はいくつかの保育園を取材したが、意外なほど外に大きな音や声は聞こえてこない。多くの時間、子どもたちは室内で過ごし、いまは防音窓の性能もかなり高いので、窓を閉めていればほぼシャットアウトできる。
隣家の側も窓を閉めてテレビでもつけていれば、うるさいとはほとんど感じないはずだ。「保育園ができてみると、そんなにうるさくないもんだねえ」反対していた人がこう言った例もある。
もちろん100%ではないし、うるさいかどうかは主観だからまったく問題ないとは言えないが、計画の段階で意見を言えばかなり解決できるだろう。
交通の問題も、ほんとうにどこでも聞く。
正直に言うと、どの予定地の周囲の道も、そんなに大騒ぎするほど危険だろうか、という道だ。交通量が多い時間には対策は必要だと思うが、話し合う余地がないこともないだろう。行政と相談して交通の制限を議論したり、交通整理員を朝の時間につけるなどのやり方もある。
母親たちが送り迎え時に溜まるから迷惑だ、との反対理由もよくある。これは完全に誤解だ。
保育園は"忙しい"親たちが預けるので、送り迎え時に溜まってる場合ではないのだ。私が見た保育園ではどこも、送り迎えはまるで緊急事態のように親たちがすぐ来て、すぐいなくなった。
反対する人はどうも保育園に強烈なイメージを持っていて、それをなかなか動かそうとしない。
いくつか保育園を視察でもすればずいぶん変わってくるのに、残念だ。
最初でこじれるともう、反対する理由を次々にあげつらって頑として折れない、という姿勢になる例が多い。
賛成の声も多いのに、反対の声にかき消される
そして多くの現場で、反対側の意見のみが出てきて、賛成の声が届かない現実を見た。
私は、ここがいちばん問題だと思う。保育園建設の問題は、予定地の近辺だけの話ではないのだ。その周辺で子どもたちを通わせたい夫婦、そしてそれを支援したい他の住民たちがいる。
その声を届ける場はあまりなく、反対側が一方的に意見を言う場だけが設けられがちだ。行政の担当者も事業者も、反対側の攻撃にサンドバッグのように耐えないと開設に至れないのだ。
"年寄りが反対する"と決めつける人もいるが、私は「なんとか開設にこぎ着けるよう支援したい」と言うお年寄りをたくさん見てきた。
反対する側に比較的高齢者が多いのも確かだが、お年寄りイコール反対する人、ではまったくない。
むしろ子育てを支援したい、だから例えば交通の問題があるなら、毎朝交通整理を買って出てもいい、と言うお年寄りもいる。
先に挙げた"三大反対理由"をはじめ、反対側の懸念点を、賛成側の人びとが解決する案を出すことも可能なのだ。
だが反対側は感情的になっている。
うかつに賛成を言うと、攻撃の対象になりかねない。いや実際に怯えてしまう。
私は、反対するお年寄りの攻撃的な口調の中、自分たちには保育園が必要なのですわかってくださいと、涙声で訴える若い母親、という場面を見たことがある。そうとう勇気が必要だったのだろう。
私が見てきた反対運動の現場は、そんな風に感情的になって行政や事業者が何を言っても猛反対で聞く耳を持たず、賛成側はひと言も発せない、というものが多かった。
これがよくないと思う。説明会は行政が開くことが多いので、"審判"する立場が誰もいない場で反対側の罵声ばかりが響く殺伐とした状況になってしまう。説明会の開催手法を考えたほうがいいと思う。
少なくとも反対する人たちは、自分たちの意見を通すことと同じくらい、保育園を望む人びとの意見も尊重するべきなはずだ。
必要があるから保育園を行政はつくろうとしている。そこに目を向けず耳を貸さないのは、公共心に欠けていると言われても仕方ないのではないか。
私が強烈に記憶している反対側の意見がある。
70代とおぼしきお年寄りの男性がこう言った。「我々の家の資産価値が下がることについて、行政はどうするのか見解を求める」いったいどういう了見でそんなことを堂々と言えるのか私にはまったくわからないが、説明会の場はこんな驚くべき意見を平気で言えるほど、感覚が麻痺していることが多い。
まっとうな感覚の議論の場ではないのを、乗り越えねばならない行政や事業者はほんとうに大変だと思う。
解決のために、大きく強いメッセージを政治が発するべき
ではどうすれば解決するのか。正直、私にはわからない。反対運動を取材するほど、反対側の強烈さに打ちのめされ途方に暮れる。
思うに、個別の現場をどうこうするより、もっと大きな動きが必要なのではないか。
育児と社会について考えるようになって、海外での子育てを経験した人たちの意見をかなり聞いた。彼らが一様に言うのは、他の国ではこんなこと議論にならない、ということだ。
例えば電車にベビーカーで乗るべきかどうかなんて議論にさえならない。そうではなくベビーカーを見たら誰も彼も手を貸すのだそうだ。欧米だけでなくアジアでもどこでもそうだと言う。
つまり子どもを育てることは社会の最優先事項であり、みんなで助け合うべきものだと、日本人以外の人類は知っている。大袈裟に言うとそういうことだ。
核家族化が進んだ時、私たちは子育てについて誤った認識に向かってしまった。
子育ては母親の責任だから、各家庭で自己責任で行うものだ、ひとりでがんばれ。子育てが大変だと言う母親は努力が足りないし甘えている。保育園に預けるなら誰にも迷惑をかけないで預けられる環境でなければダメなのだ。
そんな感覚が、一部の人たちには常識になっている。
反対運動があちこちで成立してしまうのも、そういうことだろう。
保育園は必要だが、おれには迷惑をかけるな。そう言っているも同然だ。
誰にも迷惑がかからないし100%安全な保育園なんてそもそもつくれるはずがないのに。
そんないびつな理が通る国で子どもが増えるはずがない。子どもが増えないと社会は衰退するのに、そんなことより、自分に迷惑がかかるかどうかが大事なのだ。この保育園は、前の道路に危険がある。
ではどうすれば安全になるだろう。そう考えることのできる器の大きな人は、反対する側にいないのですね。そういわれても仕方ないと思う。
「それではいけません。みんなで考え方を変えましょう。保育園新設に反対する方たち、いま一度何が一番大切かを考えてもらえませんか。」そんなメッセージを、えらい人が発する必要があると思う。
こういう時のために、利害を調整するために政治家がいて、利害を超えたメッセージを発すべきではないだろうか。
発すべきはもちろん、この国でいちばんえらい人たちだ。国会議員であり、国会議員が選んだ首相だ。首相がはっきり、メッセージするのがいちばん効くと私は思う。それくらいの重みのある事態ではないだろうか。
ところが、それどころか、私が見てきた町の反対運動の中心には、社会的立場の高い人がいるのを私は知っている。
そんなえらい人たちが、利害を超えたメッセージを発するどころか、反対側の人たちの代表となって叫んでいるのだ。悲しいし、情けない。
願わくは、そんな彼らが大きな視点を持ってくれればと思う。世の中全体のために主張を変えるのも、大人の勇気と思うのだがどうだろうか。
※このブログを書籍にまとめた『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない』(三輪舎・刊)発売中です。
※「赤ちゃんにやさしい国へ」のFacebookページはこちら↓
コピーライター/メディアコンサルタント
境 治
sakaiosamu62@gmail.com