鬼狩りの舞台は遊郭へーー。国民的ブームとなった『鬼滅の刃』のTVアニメ第2期「『鬼滅の刃』遊郭編」(フジテレビ系 午後11時15分〜)が始まった。舞台となるのは、大正期の吉原遊郭。多くのファンが放送を心待ちにする一方、アニメ化が発表された当初から「遊郭が舞台のアニメを子どもに見せても大丈夫なのか」と懸念する声もしばしば聞かれた。
遊郭は子どもから遠ざけるべき存在なのだろうか。大阪に現存する元遊郭「鯛よし百番」の修復や、親子向けツアーなどを行ってきた関係者に、疑問をぶつけてみた。
飛田新地の元遊郭「鯛よし百番」とは?
大阪市西成区にある関西有数の色街、飛田新地。遊郭の残り香が漂う「料亭」がずらりと軒を並べる一帯の外れに、鯛よし百番は今も妓楼建築の姿のまま、たたずむ。朱色の欄干、軒下を煌々と照らす赤ちょうちん。『鬼滅の刃』遊郭編の世界観をそのまま映し出したようだ。
治安維持のため、金銭苦などを理由に身売りされ、春を売る「遊女」とその客を囲うように生まれた遊郭。その代表格が、アニメの舞台である吉原だ。江戸幕府公認の色街として発展し、主に上流階級の男性を相手に性売買が営まれていた。
一方、大正初期に築かれた飛田新地は、出稼ぎなどに来た庶民向け。吉原をオマージュしつつ、モダニズムを反映した和洋折衷の遊郭建築が特徴で、200軒以上の妓楼が立ち並ぶ日本最大級の遊郭ともいわれていた。吉原のような花魁道中はなく、店の一角にダンスホールやキャバレーを設け、娼妓と顔を合わせられるといった「新しい試み」も見られたという。
しかし、1958年(昭和33年) の売春防止法全面施行を皮切りに、業態転換を余儀なくされた。大規模な遊郭は廃業され、駐車場などへと転用されている。
多くの遊郭建築が失われつつある中で、大正期に竣工された「鯛よし百番」は今も当時の風情を鮮明に残す国の登録有形文化財。現在は鍋料理がメインの料理店として大阪で親しまれている。昭和期に改修され、織田信長ら戦国武将が活躍した安土桃山時代の「桃山文化」を軸とした豪華絢爛な内装で、客向けに遊女の写真が並べられていた「顔見世の間」などは当時を彷彿とさせる。
一方で築100年が経ち、老朽化も目立ってきた。襖絵は破れ、外装にもハゲが目立つ。このまま放っておけば修復すら難しくなるが、コロナ禍で運営会社の業績は大幅に悪化し、費用捻出の目処は立たない。そこで立ち上がったのが、有志による「鯛よし百番修復プロジェクト」だった。
「『百番』は空襲や都市開発を経ても奇跡的に残った貴重な遊郭建築であると同時に、女性への希薄な人権意識や貧困などさまざまな過去の背景をはらんでいます。女性の意思に関わらずセックスワークをせざるを得なかった時代の『生き字引』として、残さなければならないと思いました」
プロジェクトに取り組む「Micro-Heritage(マイクロヘリテージ)」の杉浦正彦さん、四井恵介さんはこう振り返る。
建物の基礎や内装の修復費用1500万円を集めるために、クラウドファンディングを今年6〜8月に実施。全国各地の支援者から1800万円以上の寄付が寄せられた。さらに、改修前の百番をVRで記録し、デジタルアーカイブとして公開している。
賛否が分かれた「親子向け見学会」 その取り組みとは?
『鬼滅の刃』遊郭編の放送に向け、飛田新地の目と鼻の先にある大阪市立金塚小の親子に向けた見学会も、杉浦さんが発案した。一方、プロジェクトのメンバー内では、子どもを見学の対象にするべきか、賛否は分かれたという。
百番の周りに立ち並ぶ百数十軒の店は、表向きは「料亭」の看板を掲げている。だが、客と店員である女性の「自由恋愛」という名目で、今も売買春が行われているのが実態だ。
いわば”公然の秘密”ではあるが、遊郭の歴史だけでなく、その延長線にある法の穴をすり抜けた営業形態まで子どもたちに伝えるべきなのかーー。葛藤があったと四井さんは明かす。
「現実として、今もコンビニエンスなセックスワークが行われている世界です。飛田新地の成り立ちを伝える上で、避けて通るのは逆に違和感があるとも思いました」
そこで編み出したのが、親と子を「分けて」案内する見学会だった。
子どもたちにはあえて遊郭に関する説明はせず、純粋に鬼滅の刃の世界観を感じてもらう。対して、親には遊郭の成り立ち、建物の特徴、そして飛田新地の現状まで、すべてを説明した。杉浦さんたち関係者の言葉を、親が「通訳」するような形で、子どもたちに届ける試みだった。
「親の価値観にそって、情報を取捨選択しながら話してください」
子どもの成長や親の方針は一律ではない。情報の線引きは親に委ね、親と子が遊郭について話し合う機会を作る目的だった。参加者からは「口に出すのがタブーだと思っていた飛田新地の歴史を知ることができました」「子どもに遊郭を説明するきっかけになりました」といった声が寄せられ、初の親子見学会は盛況に終わったという。
「負の歴史も後世に伝えていくべき」
周辺で育つ子どもたちにとって、飛田新地は「通学路」でもあり、ごく普通の生活空間の一部と化している。ところが、進学などで地元を離れると、 世間が抱く遊郭街へのマイナスイメージに初めて触れ、そのギャップに悩むこともあるという。
「例え負の歴史であっても、子どもたちが地域を理解することが大切」と杉浦さん。一方で、伝え方には工夫が必要だという。
「セックスワークやジェンダーの問題から遊郭を語るのは、子どもたちにとってもまだ理解が難しいかもしれません。現状とは別にして、歴史的観点から説明すると分かりやすいのではないでしょうか」
性産業の源流である遊郭を「いけないモノ」として遠ざけるのは簡単だ。だが、戦争やハンセン病などの問題と同じように、女性が合法的に性売買されていた負の歴史も後世に伝えていくべきだ、と杉浦さんたちは考えている。
「海外では悲劇にまつわる場所を巡る『ダークツーリズム』が注目されていますが、日本ではタブー視されている歴史に目をつぶる人が多いと思います。遊郭の歴史などをあえて遠ざけることで、女性が商品化されることへの善悪の判断がつかない子どもたちが育ってしまうのではないか、と心配になります」(四井さん)
そんな負の歴史が織り交ぜられた『鬼滅の刃』遊郭編は、子どもたちの学習を促すツールともなり得るかもしれない。
大正期という時代背景を考えても、遊郭が舞台として使われることに違和感はない。アニメが進むにつれ、鬼のすみかが遊郭であるゆえんも明らかとなってくるだろう。
そして、杉浦さんはストーリーと遊郭にある「共通点」があると言う。
「人間が鬼となる鬼滅の刃のストーリーは、現代社会にも通じるものを感じます。人は金や権力、過度な憎しみや悲しみで『鬼』と化すことがある。遊郭編に登場する鬼にも、遊郭であるゆえの暗いバッググラウンドが秘められています。人間の『ひずみ』を投影している世界の中で、社会のひずみであった遊郭も描くことで、物語の趣旨が貫かれているのではないでしょうか」