=====金正恩の指示による反人倫的な蛮行
金正恩の異母兄である金正男氏の暗殺事件は、現在まで明らかになった情報を総合して考えれば北朝鮮の仕業である可能性が非常に高いと見られる。
北朝鮮工作員出身の脱北者の証言によれば、今回の金正男殺害に使われた道具や手法が北朝鮮工作員らの手法と大変類似しているそうだ。また、マレーシア警察も殺害を主導した重要な容疑者5人が全て北朝鮮籍と発表し、事件の背後に北朝鮮当局がいるものと事件の輪郭が浮かび上がっている。
もし金正男殺害の主犯が北朝鮮国籍なら、これは金正恩の指示による殺害に違いないと言える。北朝鮮専門家である「チョン・ソンジャン」セジョン研究所統一戦略研究室長は、白頭血統の金正男の暗殺について「金正男は北朝鮮の他の幹部らと違って金正日の血を受け継いでいるため、金正恩の指示もしくは積極的な同意なしで彼を暗殺することはありえない」とし、いわば「スタンディング・オーダー」は事実と考えられると述べた。
では、既に王座を掴み取った金正恩は、海外に追放されて権力と距離をおいたまま暮らしている兄・金正男をなぜ殺さなければならなかったのか。
個人的な意見を言うと、私は金正恩の病的な「白頭血統コンプレックス」と日に日に高まっている北朝鮮住民の不満が、金正恩の心に伸し掛かったからだと思う。
金正男は金正日と本妻のソン・ヘリムの間で生まれた「白頭血統」の長男であり、金日成も1994年平壌を訪れたジミー・カーター元アメリカ大統領に「自分が一番愛する孫」と金正男を紹介するほど、彼は有力な後継者であった。それにひきかえ、金正恩は在日コリアン出身の内妻の息子ということで血統から正統性に欠けており、金日成は生前に金正恩の存在を知らなかったため、会ったこともないし一緒に撮った写真すらないという。
幼い頃から心の中に根付いていたコンプレックスを隠すために、対内的には自分を白頭血統であるかのように装って偶像化に力を入れる一方、外部に存在するライバル金正男の除去にも病的に執着するようになったと考えられる。
また、自分の失政によって住民たちの心が肌で感じられるほど離れていくと、不安と焦りもだんだん強くなっただろう。民心の離反を感じる金正恩は、外部世界から住民の目と耳を徹底的に塞ぐ閉鎖政策で不満を鎮めようと必死だった。
そのような状況で、金正男がインタビューなどで「北朝鮮の3代世襲は望ましくない」「北朝鮮も今の中国のように改革開放をすべき」との見解を明らかにしたことは、金正恩の権力を維持させている目隠しを外す行為だったので、さらに金正男の存在を目障りと思ったかもしれない。
しかし、金正恩のああいう心理状態を理解するとしても、「殺人」という凶悪なやり方で異母兄を除去したことは、決して許されてはいけない。民主的な社会では、統治権力を得るために各候補が自分の政策ビジョンを公開し、お互い「競争」をする。毒殺された金正男も生前に「権力の世襲は社会主義体制にふさわしくない。指導者は民主的な方法で選出されるべき」と主張していた。自分の権力を守ろうと競争相手を、しかも他国の公共の場で、毒物使用という恐ろしい手口で殺すことは、極端な人権侵害行為でありテロ行為である。
=====テロ行為と見なして対応すべき
たくさんの人々が行き来する空港という場所で、平気に殺人を行った今回の事件の大胆さを考えると、北朝鮮のテロ行為をただの他人事と聞き流すわけにはいかない。北朝鮮指導部の指示さえあれば、世界中の誰でも標的になりうるのだ。
しかも、今回の事件には化学戦に使われる化学物質「VX」が使われたそうだ。軍事専門家によれば、「VX」は核兵器の威力に匹敵する毒性を持ち、「大量破壊兵器」の一種と見なしていいという。ここまで残虐な殺し方をするなんて、北朝鮮はブレーキの効かない暴走列車であることを改めて確認させられた。
日本も過去に日本人拉致というテロ被害を受けているし、つい最近まで世界のあちらこちらで北朝鮮によるテロ行為が続いている。北朝鮮の工作員が中国・ロシアなどで朝鮮族や現地の暴力団を雇って拉致と請負殺人を犯すほか、国際社会の制裁と監視にもかかわらず北朝鮮が今年はじめにパレスタインのテロ組織であるハマスに兵器を大量密売したことも明らかになった。
これまで北朝鮮は、政権が危機に直面するたびに、内部結束が必要なたびに、韓国はもちろん、国際社会全体に対して核実験・ミサイル試験発射を含めて様々なテロを繰り返してきた。今回の金正男毒殺を機に、アメリカ議会では北朝鮮を「テロ支援国家」に再指定すべきという声が勢いを増している。
北朝鮮テロ支援国家再指定の法案を提出した米下院の共和党議員らは「北朝鮮のテロ行為リストにもう一つの明確は項目が追加された」と指摘し、これまでは北朝鮮を核・ミサイル開発の側面でのみ制裁を科してきたが、人権侵害の面からも制裁できる強力な根拠ができたとし、強硬対応をする構えである。
また、2月27日からスイスで開催される国連人権理事会においても、従来の北朝鮮人権問題に関する議論はもちろん、金正男暗殺事件で浮き彫りになった化学武器問題、北朝鮮テロ支援国家再指定などが議論されるものと見られる。
日本も北朝鮮テロ対策から例外になれないだろう。過去北朝鮮が日本人を拉致した時、朝鮮総連関係者が拉致の主犯である北朝鮮工作員シン・グァンスに隠れ場所を提供し拉致にも関与した状況があった事実を忘れてはならない。そして、現在まで朝鮮総連という組織が日本に存在し、露骨に北朝鮮を称えて擁護している。それに、組織員に偏った見方の情報を洗脳させる活動を続け、現実をありのまま見られないようにする。
今回の金正男暗殺事件についても、間違いなく、背後に北朝鮮があることを否定する偏った情報を組織員に学習させようとするはずだ。このように北朝鮮の操り人形ごとき組織が未だに日本に存在するというのは、日本にとってもプライドを傷つけられることではないか。
ハフィントンポスト日本版への寄稿をきっかけに知り合った朝鮮学校在学生と話すうちに、最近朝鮮総連が金正日誕生日記念を口実に組織員に対して募金をしたことが分かった。
朝鮮総連が同胞から集めて北朝鮮に送る資金は、核・ミサイルの開発、金氏一家の豪華ぜいたく、そしてテロ工作員支援に費やされる可能性が非常に高い。
現在、日本にはいわば「テロ資金提供処罰法」があると聞いている。このような法律的なインフラを積極的に適用して、朝鮮総連の北朝鮮への資金援助を厳重に規制してほしい。
日本人拉致の主犯シン・グァンスは、日本政府側が身柄の引き渡しを持続的に求めてきたものの、現在北朝鮮で「英雄」の待遇を受けながら暮らしている。今回マレーシアで金正男の毒殺を完遂して平壌に逃げた容疑者らも、今後「英雄」称号をもらうのではないか。
このような破倫英雄をこれ以上見たくないなら、国際社会は北朝鮮をテロ国家に指定して対応することに足並みを揃えていくべきである。
イ・エラン 韓国・自由統一文化院 院長、1997年脱北