居るのはつらいか━━。
「呼吸して生きていくのはとてつもなく苦しいのに、息を止め続けるのも苦しい」
今年の4月にTwitterで出会ったことばである。
息をすること、生きること、…「居る」のは、(ときどきひどく)つらい。
幼稚園教諭と保育士を養成する専門学校での7年間の勤務の後、ぼくは精神科医療の現場に戻ろうとしていた。
喜び勇んで戻った現場、医療法人が経営する就労移行支援事業所と週に一回の精神科デイケア、そしてクリニックで、ぼくは浮いていた。
「患者が、利用者が、好きだ」と言ったら「あなた、それはちょっとおかしいわね」と看護師長に言われた。
様々な原因はあるのだろうが、理解者も見つけられず孤立無援な心境で、居るのがとてもつらかった。
結局がまんできずに半年で仕事を辞めて、就職活動を始めたけれどもうまくいかなかった。
求人を漁り、応募し結果を待つ間も妻に頼りきりで、無職であるのにもかかわらず家のことも十分にせず「ただ、いる、だけ」の時間がつらかったので、わずかばかりの家事をしながら考えていた。
何かできることをやろう。
元々ひどい飽き性で、「継続は力なり」が真であれば、ぼくは全くの無力だった。
それでも「これまでかろうじて続いてきたものなら、できるかもしれない」と考えたとき、「本」と「珈琲」はずっと好きであることを思い出した。
そして精神医療の現場で培った、ひとと関わる知識や技術、そして経験だけはぼくのなかで唯一とも言える職能だった。
イメージは湧いていた。公園などでただぼんやりと「存在」しながら、採用面接の結果と、ときどき来る可能性のあるお客様を待つことのできる空間。そこに居る限り、無為に見えても収入を得る機会のある場所。無理なく存在できる、自由の隠れ家。
そうして「本」と「珈琲」と「対人援助」を組み合わせて出来たのが、“(おそらく世界で初めての)メンタル系移動ブックカフェ”だった。
「居る」を脅かす声と、「居る」を守ろうとする声をめぐる物語
京都大学を卒業した心理学博士である東畑開人さんが書いた『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』は、題名の通り「居る」ことについて、「ケア」と「セラピー」という文脈から考察した本である。
「それでいいのか? それ、なんか、意味あるのか?」
答えることができない問いを前に、僕は答えることを諦める。
「わからない、居るのはつらいよ」
だけど、声は問いかけることを止めない。
「それでいいのか? それ、なんか、意味あるのか?」
そう、この本は「居る」を脅かす声と、「居る」を守ろうとする声をめぐる物語だ。
「京大ハカセ」・東畑さんが、学部に4年、大学院に5年という学究生活の末、「カウンセリングがメインの業務」である(それなりに)高給の常勤職を追い求め辿り着いた、沖縄の精神科デイケアというふしぎの国。
名前を奪われ「トンちゃん」となった東畑さんは、何気なく「ただ、いる、だけ」を要請されたことへの戸惑いを発端に、「ケア」と「セラピー」について、そして精神科臨床における「居場所」を脅かす「黒幕」・「真犯人」について考察し始める。
ケア ↔ セラピー
「いる」 ↔ 「する」
心 ↔ 身体
専門家 ↔ 素人
円 ↔ 縁
シロクマ ↔ クジラ
治療者 ↔ 患者
人 ↔ 構造
アジール ↔ アサイラム
二項対立的にテーマを設けたうえで、喫煙室での些細なやりとりやデイケア活動であるソフトボール、クリスマス会でのゴールデンボンバー『女々しくて』の出し物、職員の人間関係や退職など、日日のエピソードを織り交ぜ分かりやすく東畑さんは語ってゆく。
そしてぼくは思い出すのだ。自分もかつてここに居たのだと。
30歳になってから、祖母が積み立ててくれていたお金で専門学校に通い、『精神保健福祉士』の国家資格を取った。
当時Coccoという歌手に憧れていたぼくは、沖縄で仕事を探し精神科デイケアのスタッフとして3年弱働いた(もちろんCoccoには遇わなかった!)。
詰め所で持ち回りの「リーダー業務」を担当し、送迎バスのルートを考えているふりをしていると、看護師やら作業療法士やら精神保健福祉士やらがぱたぱた出入りする。窓口に利用者さんが来ていろいろな話をする。
まるでお芝居を観ているようだった。その舞台が好きだった。
本書にあるように、デイケアは職員の入れ替わりが激しかった。毎月歓送迎会の「うちなー天ぷら」で唇をぎらぎらさせるうち、ぼくが好きだと思った『アジール』は「会計の原理」によって『アサイラム』に変わってしまったのか、あるいは『ニヒリズム』に食い破られたのか、いずれにせよ本書の著者・東畑さんと同じようにぼくは、様々な理由から沖縄には居られなくなって、地元の横浜に帰って専門学校の講師になった。
『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』が周囲の人たちの間で話題になり始めた頃、横浜の専門学校時代の先輩がわざわざこの本を送って(贈って)くれた。
読みながら、自分が「居た」歴史を思い出した。
つらくとも、これまでどこにどう居たのか。
それを今こんな形で語っている。
移動ブックカフェにせよ精神科医療のような対人援助職にせよ、自分の中の「ケア」と「セラピー」について、そして、これからどう「居る」のか、考え語り続けたいと思い直すきっかけになった1冊。
「ただ、いる、だけ」の価値を見失ってしまったひとのための本。
「そして、それは語られ続けるべきなのだ」
連載コラム:本屋さんの「推し本」
本屋さんが好き。
便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。
そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。
誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。
あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。
推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp
今週紹介した本
東畑開人『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』(医学書院)
今週の「本屋さん」
勝亦健介(かつまた・けんすけ)さん/「メンタル系移動ブックカフェLOTUS」店主
どんな本屋さん?
飲める! 読める! 悩める! おそらく世界で初めての、メンタル系移動ブックカフェです。
東京都内一円と横浜市内で神出鬼没。目の前で挽くハンドドリップ珈琲と、お客様の体調や気分に合わせたカウンセリング・ハーブティ(Yogi Tea)を中心にお出しします。
精神保健福祉士である私が選んだ、“こころ”に関する本を読んだり買ったりもできます。
すこし前から伝説の精神科医R.D.レインを特集しているほか、まんがや寄付していただいた絵本も置いています。
福祉施設などにも出店いたしますので、ぜひお知らせください。
(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)