■競輪界に衝撃を与えた異例の選手処分
3月12日、日本競輪選手会は、昨年12月に選手会を退会し、新選手会を発足すると発表していた23選手の処分を決定した。選手会からの退会と、選手会新団体の発足を発表して著しく規律を乱した事を理由に、武田豊樹選手、村上義弘選手、長塚智広選手は1年間、新田祐大選手、平原康多選手は8ヶ月、それ以外の18選手には6ヶ月の出場自粛が勧告された。「勧告」と雖も、選手会の影響力を考えれば、実質的には「強制力を伴う命令」に等しい。この結果、最上級のS級S班5名を含む、トップクラスが大勢欠場する異例の事態となった。
報道によると、1年間の自粛休場勧告は、ここ数年間で交通事故を起こした2名の選手のみということだ。また、競輪以外の他のスポーツでも1年もの出場停止は薬物使用などの悪質な場合が多い。最近大リーグでアレックス・ロドリゲスが禁止薬物の使用で、今季の全試合の出場停止の処分となったことがニュースとなった。このように考えると、今回の処分が、極めて重いペナルティであることが分かる。
実は、私は、今回の問題に関して、有志の大学生とともに処分軽減を求める署名活動を行なっている。3月10日、日本競輪選手会理事長の佐久間重光氏宛に要望書と共に、568名の署名を提出した。要望書の内容は「23名の選手について、長期間レースから締め出されることのないように要望する」というものである。本稿では、署名活動の経緯についてご紹介したい。
■オリンピック強化で選手会脱退?
私は今回の問題については昨年12月、ネットニュースを通して知った。競輪界のトップクラスの選手18名が、オリンピックに向けた自転車競技の強化・普及、競輪界の発展の為に「日本競輪選手会を脱退し、新選手会を発足させる」と表明したというのだ。(最終的に23名)ちょうど、東京オリンピックが決まった後だったということもあり、私にはこの動きは非常に前向きなものに思われた。実際、「未来志向の高い決断だ」と評価するメディアもあった。
ニュースを追っていると、12月末には「退会届は各支部の支部長を経由して提出しなければならず、退会届は不受理の状態」と選手会は退会届けを受け入れず、「会の規則を乱した」ことを理由に23名の除名処分を検討しているという事が報道された。
さらに1月20日に、23名のうち数名の選手が一連の行為について謝罪し、全員が退会届を撤回し選手会に復帰したと報道された。選手会は選手の除名処分は行わないが、選手らの処分を検討しているという。2月26日には、出場自粛勧告を含めた厳しい処分の見通し、と報道された。
このニュースを聞いた時にまず頭に浮かんだのは、競輪は今年どうなるのだろうか、ということである。23名は競輪界の中でもトップクラスの選手だからだ。
1年間の競輪を締めくくる大会に競輪グランプリがある。その年のGⅠで優勝した選手、及び獲得賞金金額の多い選手の計9名による一発勝負のレースである。優勝賞金は1億円。2013年の競輪グランプリに出場した9人の選手のうち、5名が処分の対象になっていた。
■競輪選手と被災地
23名の選手たちはSS11という団体を母体とした新選手会を立ち上げると表明していた。このSS11という団体は今回の騒動の前から存在するものだ。2011年の震災後に当時のS級S班の9人によって設立された。これにスポーツ界の著名人等を含めたチャリーズという被災地応援チームを結成し、被災地支援を継続的に行なっている。福島県いわき市にあるいわき平競輪場で復興支援の一環としてこれまでに4回、「チャリーズ杯」を開催している。
また、チャリーズとしては被災地の学校のスポーツ支援を継続的に行なっている。私が知っているのは相馬高校の陸上部の指導。既に14回を数える陸上教室には、競輪選手他、陸上のオリンピック代表など一流のアスリートが集う。指導を受けた高校生が成績を伸ばすのみならず、相馬高校のある教諭いわく「相馬地域で活躍する人材育成」に役だっているそうだ。
私は競輪選手が主導したこうした活動を知っていたために、今回の騒動でSS11の名前が出てきた時には「おっ」と思って見ていたのである。
また、私個人も競輪とはつながりがある。私は大学で剣道部に所属していた。私が4年生の時に人伝手に長塚選手と交流する機会があった。長塚選手は現役の競輪選手で、2004年のアテネオリンピックのチームスプリントの銀メダリストである。競輪の選手はトレーニングに非常に力を入れていると聞いていたため、是非筋トレを見てもらえないかとお願いすると、長塚選手は快諾してくださり、その週から無償で継続的に指導をしてくれたのだった。
競輪選手とのトレーニングは非常に興味深かった。彼らは「やり方」を知っている。「負荷をかける時はどこの筋肉を使うか意識して」「上半身と下半身を連動させることが大事」「瞬発力を鍛えるためには大きな負荷を少ない回数で」などなど、実用的で分かりやすい指導で取り組みやすかった。何より、トレーニングの「成果」が目の前にあるのだから説得力もある。「プロのノウハウ」を私たちのような異種スポーツのアマチュアにも惜しげも無く伝えて下さっていることに感謝している。トレーニングの甲斐あってか、4年最後の試合で大きく飛躍したメンバーもいた。
長塚選手の応援をきっかけに競輪場へ足を運ぶようにもなった。実際にレースを生で観戦すると、競輪の魅力がよく分かる。一番は迫力。勝負はゴール際まで分からない。ゴールギリギリのせめぎ合いで落車をし、担架で運ばれた選手をみたこともある。ぎりぎりの駆け引きと、それを応援する観客。その雰囲気は行って見ないと分からない。
私たちに指導をしてくれていた長塚選手も今回の処分の対象になっている。
■急速展開の署名活動 facebookやtwitterも使って
こうした活動を知っていたために、今回の騒動を聞いた時にも23選手は競輪界の為を思って行動したのだろうと思った。選手たちは「反省しており、処分は厳粛に受け止める」と表明し、また今回の活動は競輪界の未来を思ってのことだったという趣旨の発言をしている。
踏まえるべき手順がなされず、規律を乱し、混乱を招いた為の処分と報道されていた。外から見ていると分からない内部の事情などがあるだろう。しかし、ファンとしてはこうした志のある選手たちが、処分という形でレースから締め出されることを望んでいない声も多いのではないか。トップクラスの選手たちがいないレースは単純に寂しい。今回の脱退騒動は長期的な出場停止が妥当と言えるような問題のある行動だったのか、発表された内容からは良く分からない。
2月26日に長期出場自粛などの厳重な処分が検討されているという報道がされた時、私はトレーニングの指導を受けた学生と、選手の為に何か出来ないかと相談した。その結果、私は「競輪を応援する学生の会」を立ち上げ、ネット上で処分軽減を呼びかける署名活動を行うことに決めた。
始動したのは2月28日(金)。私が署名活動の概要を伝えると、賛同してくれる学生たちが沢山いた。先に紹介した相馬高校の出身で選手と実際につながりのあった学生、今回のニュースで騒動を知った自転車部の学生、大学で水泳をやっている学生、バックグラウンドは様々だが、協力を申し出てくれた。
手分けして土日でサイトを完成させ、3月4日(火)より本格的に署名活動を開始した。主にfacebookを通じて呼びかけ、サイトのfacebookページや、twitterのアカウントも設立し、呼びかけた。3月5日には署名数は300を超えた。
署名では応援メッセージも集めた。掲載の許可を貰ったものに関してはHPで紹介している(http://p.tl/UO99)
メッセージを見ていると、様々な人が署名を寄せている事が分かる。「被災地支援や学生への教育活動に足を運びご尽力なさっているお姿を拝見して」と東北での彼らの活躍を知っている人、「15年間車券を買っているファンです」など長年競輪のファンだった人、処分の対象になっている選手のファンの人、競輪ではないが自転車がもともと好きだった人、オリンピックの自転車競技を応援している人。
それぞれの主張も様々だ。彼らがいなくなるとレースが面白く無いという人、今回のやり方は間違っていたかも知れないが、競輪界を変えていこうと声を挙げた選手を擁護する人。様々な意見や立場の人が、23名が今後もバンクで走ることを望んでいた。最終的に6日間で568人の署名と244通の応援メッセージが寄せられた。
■署名提出と処分
3月10日、私は7名の大学生と共に東京都板橋区にある日本競輪選手会本部に赴き、568名の署名と共に要望書を提出した。
日本競輪選手会本部には初めて行ったが、建物はコンクリート造りを基調にした意外とオシャレな作りで、玄関には5〜6mはある大きな競輪観世音菩薩像があり、圧倒された。事務の方と共に担当の方がいらっしゃったので、署名と要望書について簡単に説明した。ここに寄せられた568名の想いを汲んでくれるよう。理事長へ届けてくれるようにお願いをし、書類を提出した。
残念ながら今回の処分に署名の要望書が反映されることは無かった。今回の騒動は確かに関係者にしか分からない規律や、やり方の問題もあったのだろう。しかしながら、今までのトップ選手たちがごっそりと抜けてしまう今回の処分決定は、競輪場を訪れるファンから見てどのように映るだろうか。
果たして今年の競輪はどうなってしまうのだろうか。