社会はまだフラットじゃなくデコボコなんだということを、企業として伝えられたら――。
KDDIは6月、会社が認めた同性パートナーとの子どもを家族として扱う「ファミリーシップ制度」をスタートしました。
同性カップルに法的な婚姻を認めていない日本。同性カップルが子どもを持つ場合、パートナーの1人が親権を持てないという問題があります。
ファミリーシップ制度は会社ができる範囲でこの問題を解消するもので、育児休職や子の看護休暇・出産祝い金などの社内制度が使えるようになります。
KDDIはなぜ、会社の支援をパートナーから子どもにも広げたのでしょうか。
制度の担当者、そして同性パートナーを持つ社員に話を聞きました。
きっかけは社員の相談だった
KDDIは2017年に、社内規定を改定して同性パートナーを配偶者とみなすようにしました。
その後、同性パートナー申請をしている社員の1人から、子どもを持った場合に会社としてサポートしてもらえるのか相談を受けた、と人事本部D&I推進室マネージャーの山田由紀子さんは話します。
「私たちはパートナーのことまでは考えていたのですが、その先の子どもまで意識が及んでいなくて。社員に相談を受けて会社として何ができるのかという検討を始めました」
山田さんたちはまず、様々なケースの想定から始めたそうです。
子育てをするのは女性カップルなのか、男性カップルなのか。社員本人が子どもを産むのか、パートナーが産むのか。養子縁組を結ぶのか、里親か――。
相談をしてきた社員が一番必要としていたのは、出産時や子どもが病気になった時の社内制度でした。
「子どもを産む時や、子どもが病気になった時に休みが取れるのかといったところを気にされていたので、そこには対応する形で進めました」
子どもを持ちたいという願いの前に立ちはだかる壁
当事者の思いをもっと知りたいと思った山田さんは、LGBTQの子育て支援団体「こどまっぷ」を訪ねて、話を聞いたそうです。
そこで「職場へのカミングアウトの難しさ」が、企業で働くLGBTQ当事者が子どもを持つのを難しくしている理由の一つだと教えてもらったと言います。
「同性パートナーシップ制度の場合、カミングアウトは上司や仲の良い同僚など最小限の範囲ですむ可能性がありますが、子どもを持つとなるとカミングアウトしなければならない場面が増えます」
「自分が生む場合であれば、お腹が大きくなるにつれて誰の子どもかと聞かれるかもしれません。またパートナーが生む場合でも、(子どものために)頻繁に休みをとる必要が出てきて、事情を話さなければならない場面が増えます」
社内でのカミングアウトの不安に加えて、精子提供や卵子提供、不妊治療が必要になる場合も多く、子どもを持つこと自体のハードルも高い。
さらに子どもが差別を受けないか、社会保障を受けられるのかなど、多くの人たちが様々な不安を抱えている――。
LGBTQ当事者のカップルが多くの不安を抱えている現状を知った山田さんは、そういった中で子どもを持ちたいと願う社員に勇気付けられ、会社としてサポートしたいという思いが強まったと振り返ります。
認められたことが嬉しい
会社が同性パートナーや子どもを家族として扱うことを、LGBTQ当事者の社員はどう感じているのでしょうか。
同社でパートナーシップ申請をしているAさんは、当事者の悩みに寄り添ってくれる会社の姿勢が嬉しかったと同時に、子どもが持てるかもしれないという希望を感じたと話します。
「子どもを持つというのは、すごくハードルが高いことなので、最初からあまり考えないようにしようとしている部分がありました」
「だけど今回の制度によって、高い壁を一つ乗り越えることができたと感じています」
さらに、家族と認めてもらえたことに大きな意味がある、とAさんは続けます。
「当事者は、社会に認められていないという疎外感にずっと苦しめられてきました。だからパートナーシップ制度やファミリーシップ制度で自分たちだけじゃなくて子どもも家族と認めてもらえることはすごく重要で、安心できることなんです」
多様性を受け入れる企業姿勢が大事
山田さんによると、ファミリーシップ制度の導入に対して社内からの反対はなかったそうです。ただ、現時点で社内に子どもを持つ同性カップルがいるわけではないので、今すぐ導入しなくてもいいのではないかという声もありました。
しかし、「たとえ今子どもがいなくても、会社が多様性を受け入れるという姿勢を見せることが、当事者の安心感につながる」と考え、導入を進めたといいます。
企業姿勢は、当事者だけでなく全ての社員に影響を与えると山田さんは考えています。
「自分の周りにはLGBTQの人はいないと思っている人もいるかもしれません。会社がファミリーシップ制度や同性パートナーシップ制度に取り組むことで、LGBTQの人は身近にいるということを伝えたい。気づくことで、言動が変わる部分もあると思います」
同性パートナーシップ制度やファミリーシップ制度以外にも、KDDIでは性的マイノリティへの理解を深めるeラーニングやVR研修の実施、ALLY(アライ)を増やすための「KDDI ALLYシール」の配布もしているそうです。
このシールをパソコンに貼っているD&I推進の内海かなめ室長は「シールを見て当事者の人たちも安心でき、『この人はアライだから話してみようかな』といった気持ちにもつながるのかなと思っています」と話します。
Aさんもこのステッカーがあると安心感が増すと言います。
「相手が(LGBTQについての)理解がある人かどうかは話してみないとわかりませんが、シールがあれば一目でわかりますし勇気をもらえます。カミングアウトしたくてもなかなかできないという人にとっては、このステッカーはすごく嬉しいものだと思います」
6月に実施したeラーニングで希望者を募ったところ、受講者約1万4000人のうち、約2000人がシールを希望したそうです。
ファミリーシップという名前に込められた思い
新制度の名称「ファミリーシップ」には、ある思いが込められていると山田さんは説明します。
「弊社の家族割というサービスに新規で申し込みに来られるLGBTQのお客様は、割引よりも家族として認められたい、という思いでご来店されていると聞きました」
「なので今回この制度を作る時、『会社は家族として扱うんだ』という思いを伝えるために、あえてファミリーシップというあまり使われていない言葉を名前をつけました」
その一方で、山田さんたちはファミリーシップ制度を「同性婚ができるようになるまでのつなぎ」とも考えています。
「緊急な病気の時に、病院に家族として扱ってもらえないということもあると聞いています。私たちがやれることには限りがあると感じています」
Aさんも、婚姻が認められないことによる不安を日々感じていると言います。
ファミリーシップ制度が使えても、一歩会社を出れば親権のない親は法律上は他人。子どもを守れるのかなどの不安は尽きず「同性婚ができる日が早く来て欲しい」とAさんは訴えます。
「『結婚は紙切れ一枚の問題』という言い方をされることもあるんですけれど、制度が適用されるからこそ紙だけの問題と言えるのであって、制度が適用されない人からすると、結婚は紙だけではなくお互いの人生とか周りの家族とか親族の問題なんです」
家族になる選択ができない人たちがいることを知ってほしい
「平等な婚姻」を求め、日本国内の5つの地裁で審理が進んでいますが、最終的な判決が出るまでには時間がかかると考えられています。
それまでの間、パートナーシップ制度が自治体や企業に広がったように、同性カップルの子どもを支援する制度も広がって欲しい、と山田さん、内海さんは願っています。
ファミリーシップの取り組みを進めて、「人を好きになる気持ち、子どもが欲しいという気持ちは、人の尊厳としてすごく大事な感情だ」と強く感じたという山田さん。家族になる選択ができない人たちがいるということを、制度を通して伝えていきたいと言います。
「当たり前だと、色々気づかないと思うんです。私も子どもがいるのですが、母子手帳をもらえて、夫が分娩の同室に入れるというのがすごく当たり前だと思っていました。それができないのがどういうことなのかは、知らないとわかりませんでした」
「ファミリーシップを通じて、気づかないところにこんな課題があるんだ、社会はまだフラットじゃなくデコボコなんだよねっていうことを、一企業としてお伝えすることができたらなと考えています」
Aさんも、多様性を受け入れサポートするファミリーシップのような制度が、もっと広がって欲しいと話します。
「家族になる選択ができず、他人でしかいられないという苦しさを、日々の生活の中で感じています」
「パートナーシップ制度やファミリーシップ制度のおかげで認められたという肯定感は強くなりました。こういった制度が広がって、社会全体が変わってくれると嬉しいなと思います」
ファミリーシップ制度のきっかけになった社員は、取材に対しこんなコメントを寄せてくれました。
「制度ができたことで、子供を授かりたいとただ理想を思い描いているだけでなく、本当に実現できそうという実感が湧いてきました。 そういう道筋を作っていただけたことで、また一歩背中を押してもらえた、そういう感覚になりました」
【2020/8/3 17:30pm タイトルを変更しました】