昨年の夏は全国の平均気温が、統計を開始した1898年以来最高となりました(気象庁)。圧倒的な暑さに、強く印象に残っているという人も少なくないのでは。
「地球沸騰の時代」といわれる今。高まる熱中症リスクに加え、台風の激甚化や集中豪雨などによる試合中止など、スポーツの現場においてもさまざまな影響が出ています。
喫緊の課題である気候変動に対して、私たちができることとは? 「気候変動とスポーツ」をテーマに、環境省 Jリーグ連携チーム・楠本浩史さんとJリーグ執行役員 サステナビリティ領域担当・辻井隆行さん、Jリーグ特任理事・中村憲剛さんに話を聞きました。
「サッカーどころじゃない」生命の危機を感じる猛暑
―気候変動は日本において、どのような影響を及ぼしているのでしょうか?
環境省・楠本さん(以下、楠本):これからの時期に大きな影響が出るのは、やはり熱中症リスク。気温上昇によって、スポーツどころか普段の生活を送ることすら危うい状況になりつつあります。
また、台風の巨大化やゲリラ豪雨、線状降水帯による大雨も頻発しています。このまま対策をしなければ、異常気象が異常でない状態になってしまう。
Jリーグ特任理事・中村さん(以下、中村):本当に暑いですよね。
僕は2020年に現役を引退したんですが、ここ10年くらいは毎年暑さが亢進しているような感覚で。たとえば、夏場のナイターゲームは19時や19時半から始まるんですが、今はそれすら厳しい状態。選手だけでなく、観戦してくれるファンやサポーターの皆さんも危険です。
それから、育成年代はデーゲームをやることも多い。すると、さらに危ない。実際、熱中症で亡くなった選手もいます。
すべてのサッカー活動を再考しなきゃいけない時期に来ている、と僕は思っていて。楠本さんがおっしゃったように、サッカーどころじゃない。生命の危機を感じるレベルなので。
Jリーグ執行役員・辻井さん(以下、辻井):スポーツにおいて、熱中症は命に関わる深刻な問題。
一方で、大雨の影響も大きい。台風や線状降水帯、ゲリラ豪雨などによって中止になるサッカーの試合数が増えていて、2018年を境に約5倍(※)になっているんです。
このままいくと遠くない未来にサッカーの大会開催など、根幹から考え直す必要が生じるという危機感があります。
※2018年以降と2017年以前の大雨などによる試合中止数の平均比較
Jリーグのクラブが地域のハブに。環境省「デコ活」イベントを開催
―環境省とJリーグでおこなっている気候変動対策について教えてください。
楠本:まず、環境省が取り組む気候変動対策は大きく分けて2つ。「適応」と「緩和」があります。
前者は、気候変動がもたらす現在と将来の影響に対処するもの。たとえば、災害に対する備え。また、気温上昇によって農作物の収穫量や品質に影響を及ぼすため、品種改良を推進もしています。これは環境省だけでなく、自治体や農水省とも連携して取り組んでいます。
後者は、そもそものCO2排出量を減らす活動。再生可能エネルギーの導入や、EV(電気自動車)をはじめとしたCO2排出量が少ない移動手段への移行を促すなど、カーボンニュートラル実現に向けて、ライフスタイルの変革を呼びかける「デコ活」も緩和の取り組みの一環です。
環境問題の解決に寄与するライフスタイルって、実は豊かで楽しいんだというイメージを浸透させたいと考えていて。やはり日本だと「我慢して、気合で乗り切る」という認識が強い。一方、海外だと「楽しく、豊かになる」という考え。そのギャップを埋めていく活動として、Jリーグと連携した情報発信を積極的におこなっています。
たとえば昨年10月には、大宮アルディージャを起点に、さいたま市、NTT東日本、埼玉で太陽光発電設備の設置事業を展開する恒電社とも連携して、「デコ活AtoZ キックオフデー」を開催。サッカークラブとしてカーボンニュートラルに寄与するべく、パネルディスカッションなどのイベントをおこないました。
辻井:地域のステークホルダーの方々のハブになるというのは、Jリーグのクラブの強みだと思っていて。Jクラブが地域のハブとなって、様々なステークホルダーとともに社会システムチェンジを前進していけるポテンシャルがあると感じています。
Jリーグには、「みんなとなら、遠くへ行ける」という感覚があるんです。
41都道府県に60個のクラブがあって、毎年のべ1100万人の方がスタジアムに足を運んでくださる。そして各クラブは、気候変動をはじめとした、地域の多様な問題に向き合っています。そういう意味で、「広がり」と「深さ」という可能性を感じています。
中村:そうですね。地域の皆さんと協働するというと、実はJリーグには社会連携活動という取り組みがあって。
僕らも現役のときに、多摩川の河川敷をきれいにする「多摩川“エコ”ラシコ」という活動を選手主催でやっていたんです。
土曜日の試合に出場した選手たちが翌朝、河川敷に集まってサポーターの人たちと一緒にゴミを拾う。当時、僕は選手として参加していたんですが、子どもたちと話しながらゴミ拾いをして。
要は、参加者の問題意識というか、「ゴミは捨てちゃいけないんだな」とか「ゴミを拾うのも大変なんだな」とか。やらなかったら気づかないことを、自らやることで気づける。
こういう活動を、60のクラブが年間3万回ほど実施しています。それも地域の自治体や企業の方たちと組んでやっているので、それこそ「仲間」じゃないですけど、着実に積み上がっている感覚が僕らのなかにあるんですよ。
「地域コミュニティ」が気候変動対策のキーワード
辻井:地域のハブとしての機能に加えて、選手やOBの発信力もまたJリーグの強みです。たとえば、今年4月に憲剛さんにMCを務めてもらって、気候変動とサッカーに関する動画を配信したんです。
ゲストの小野伸二さんと内田篤人さんが生徒役となって、気象学者の江守正多さんに先生役として、気候変動の現状と対策の必要性について教えてもらうという内容で。すでに5万回近く見られているんです。
中村:動画に出させてもらったことは、僕個人としても意識が変わるきっかけになりました。「さらに発信していかなきゃいけない」と改めて感じましたね。
僕らが気候変動について発信することで、少なくともサッカー関係者たちはそれを見る。その一歩を踏み出せるか出せないかで全然変わると思っていて。
つまり、Jリーグの60クラブに関わる人たちが気候変動について知って、前向きに「やっていこう」と呼びかけることで、各クラブにひもづく地域の人たちみんなと意識を共有できる。
そうやって、みんなで横につながったり縦につながったりすれば、もっと大きなパワーになっていく。
Jリーグはもともと、つながりの強い組織。ダイナミックな変化を起こす力を持っています。だから、環境省のみなさんとの連携を強化することで、その歩をさらに進められると思ってます。
楠本:地域単位で気候変動対策に向けた取り組みを進めていくことは、とても重要だと考えています。
さきほどの社会連携活動は、まさにその典型。サッカークラブを核として、企業やNPO、学校、そしてもちろんサポーターの方たちを巻き込んでいく――。
そうした「地域コミュニティ」のあり方が、社会全体の変化を促すうえで大事なキーワードだと思っています。
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環境省の気候変動対策に関する情報はこちら。
Jリーグの気候変動アクションに関する情報はこちら。
写真:下屋敷和文
文:大橋翠