2018年の世相を1字で表す「今年の漢字」が「災」に決まりました。今年は特に多くの災害があったことから、私たちは日本という災害列島に暮らしているということを痛感させられた年でもありました。そこで、今回は災害時の拠りどころとなる「避難所」の環境整備に焦点をあててみたいと思います。
「体育館等の床の上にゴザ一枚を敷いて毛布一枚かけて寝る」が基本。
高齢者など特別な事情がある場合にはエアマット等が提供される。
というのが、多くの日本の避難所の想定であり備えです。
自然の猛威を目の前にして私たちにできることには限りがあります。しかし、被災をした後の避難所の質の改善については、私たちが平時から準備ができます。
「日本の避難所は難民キャンプ以下」と言われる中で、各自治体がそうした指摘に対して、避難所の「快適な温度、新鮮な空気、プライバシー、安全と健康を確保できる十分な空間」「安全性と利便性、衛生面が担保されたトイレ」等々へどのように改善を図っていくか、議会や住民も含めて考えていくことが必須です。
家が崩壊や火災等によって住めなくなり、今日の、明日の、先々の不安を抱えた被災者が身を寄せる避難所で、我慢をして過ごさなくてはならない状況は、体だけでなく精神も疲弊させ、災害関連死にもつながることです。
災害から死をまぬがれた命・・・避難所の暮らしで命が脅かされることがあってはならないことです。
◆備蓄品はみんなの多様な視点でチェック
文京区では、区立小中学校など33カ所ある各避難所で1,000人の受入れを基本にしています。ですが、エアマットの備蓄は概ね200です。段ボールベッドの備蓄も進めてはいますが、備蓄倉庫の広さの関係もあり、まだまだわずかです。多くの方は被災して疲れた心身にありながら、木の床にゴザと毛布で雑魚寝せざるを得ず、プライバシーもない状況になります。
仮に、段ボールベッドを全員が使用することを考えると、受け入れ人数は4割減の約600人になると区は試算しています。学校の建替えでは、体育館を可能な限り広い面積で活用できるよう、設計に知恵を絞ることが重要です。
避難所の生活の質は、備蓄されている品によっても影響してきます。一例をあげれば、大人用のおむつが整備されていますが、一般的におむつと一緒に使用する尿取りパッドの備蓄はありません。着替えやシャワー等も思うようにできない避難所では、発災直後であっても、被災者が尊厳をもって過ごすためには、尿取りバッドは重要な意味を持ちます。
非常時であろうと、日常の暮らしに不可欠なものは必要です。多様な暮らしの想定がまだまだ不十分な備蓄ですので、皆さんもチェックして、ご提案いただくことが重要です。
以下のリンクから文京区の避難所等の備蓄品一覧が見られますhttps://www.city.bunkyo.lg.jp/var/rev0/0119/9262/2016427164421.pdf
◆学校の建て替え...避難所としての「質」を担保する設計は学校生活にもメリット大
さて、学校の建て替えを行う際に、子どもたちのより良い教育環境を考えるのはもちろんのこと、避難所として「被災者が我慢しないでよい生活」の「質」を担保できる設計を視野に入れることも不可欠です。
「学校は子どもたちのものだから、まずは子どものためを考えることが最優先」としがちですが、避難所の生活の質を上げるように設計することは、同時に、教育施設として、子どもたちの学習と学校生活にマイナスの影響を及ぼすものではなく、むしろ、学校生活の質の向上にも寄与するものです。
例えば、女性用トイレは男性用トイレの3倍設置する計画の重要性がこれまでのデータから試算されています。(避難所の国際基準「スフィア基準」に明記されています)。長い列で並ばなくてはいけないことから、なるべくトイレに行かなくてすむように水分を控えてしまい熱中症になる等のリスクを防げます。それは通常の学校生活でも子どもたちにとって良いことです。
避難所となる体育館の横には、男女別更衣室や誰でも更衣室を整備する。子どもたちも教室で着替えることで、男女をどう分けるかといった課題や女子だけ他の場所を使う等の不便さを解消できます。
また、体育館の上部に周回できるランニングコースを設けておけば、避難所開設時には、そこも活用でき、収容人数を増やすことができます。学芸会や競技会などではランニングコースをギャラリーとして利用し観覧することもできます。
家庭科室や音楽室、図工室などの特別教室をワンフロアーに集め、避難所となる体育館から普通教室を通らずに利用できるようにしておけば、避難生活が長引き、学校が再開された時でも、子どもたちが使用しないときには利用できます。
被災者が単調になりがちな避難所生活で、お菓子作りをしたり、音楽を楽しんだり、必要なものを製作したり、被災者どうしがつながるきっかけにもなるかもしれません。
平時でも、地域開放等で周辺住民が使いやすくなります。また、将来子どもの数が減ったときには、特別教室と普通教室のフロアを分けておけば、普通教室だけのフロアを高齢者施設等、他の用途に転換しやすくもなります。
備蓄倉庫も十分な広さを想定するだけでなく、搬出入のしやすさも視野に入れた設計が重要です。また、頻繁に届く災害物資をどこに保管するか、ピロティを災害物資の置き場にして雨の日でも作業できるように設計している自治体もあります。ピロティは通常の学校生活でも、雨の日に校庭に代わる場所としても活用できます。
これまでの学校施設をきれいにするだけでなく、避難所になったときも思い描いて設計することは、大震災がいつどこで起きても不思議ではない日本では、当然のことではないでしょうか。
しかし、小学校などは、教室で体育着の着替えをさせている現状から「体育館の更衣室はいりません」と、学校が言ってしまうケースがあります。
そうした時に、自治体の設計担当や設計を受託する民間の設計事業者には、「更衣室、トイレ・シャワー室の付属施設等々は、学校活動においてはもちろん、学校の地域開放においても利用しやすいように、さらには、避難所としても使いやすいように、規模、配置等を整備することが必要です」と提案できるような専門性を持ち合わせてほしいものです。
更衣室やトイレも男女別だけでなく、車いすを使用する方も利用できるところを設置しておけば、トランスジェンダーの子どもも教職員も利用できるので、日常の学校生活でも重要な役割を担うものになります。
◆避難所の国際基準「スフィア基準」を取り入れた設計がこれからのスタンダード
建替える学校は、スフィア基準を可能な限り取り込んだ設計をすることが、今後重要だと思います。
文京区の場合、「改築でスフィア基準を取り入れた設計はしていない。今後の課題とする。」という段階です。国はスフィア基準を「避難所運営ガイドライン」で参考にすべき国際基準と明記していますので、本来であれば設計を始める段階でスフィア基準を意識していくべきです。
まして、学校とは言え、建替えには70億円以上が投入されることも珍しくない公共の施設です。学校は子どもだけのものではなく、地域の拠点でもあります。
避難所として、被災者が「人間らしい生活や自分らしい生活を送ることができる」ように工夫する視点を持ってこそ税金を投入する意味が増すのではないでしょうか。
◆足らない福祉避難所...まずは対象者を明確にしておくこと
避難所には「避難所」と「福祉避難所」があるのをご存知でしょうか?
避難所は誰でも避難することはできません。災害によって自宅が住めなくなった被災者が避難できる場所です。
さらに、福祉避難所は、その避難所から福祉避難所への避難を許可された人しか避難することはできません。高齢者や障害のある等の支援が必要な方々も、まずは住んでいる地域によって指定されている避難所に避難します。そこで、「〇〇さんは、この避難所では生活することが著しく困難」と判定された高齢者や障害者と介助者一名が、特別養護老人ホーム等の福祉施設に設置された福祉避難所に避難することができます。
そもそもが、文京区でいえば、福祉避難所は高齢者施設で12カ所、障害者施設3カ所です。高齢者施設は特別養護老人ホームが主で、入居されている方以外にどれほどの人数を受入れられるか、それほど多い人数ではありません。障害者の福祉避難所も同様に受け入れられる人数は多くありません。
さらには、どのように福祉避難所へ移動する人を決めるのか、まだ明確な基準はできていません。避難所から福祉避難所へどのように移動するかの課題も残っています。福祉避難所を最初から開設することや、平時に福祉避難所へ避難する人を決めておくこと、その人数を把握しておくことが不可欠です。そうした丁寧な想定を実施していくことも求めていきます。
同時に、高齢者・障害者等の人数に対して、福祉避難所の数が圧倒的に足りない状況に目を向けたときに、避難所から福祉避難所に移動せずに済むような避難所環境をつくることが重要です。
高齢者や障害者等に限らず、支援を要する妊婦、授乳中の人、乳児も家族と離れることなく、誰もが安心して過ごせるように地域の避難所の環境整備を視野に入れた学校設計はけして不可能ではないはずです。
集団生活になじまない乳幼児や障害者、認知症の方など、支援を必要とする人やその家族の困難に寄り添い、安心して過ごせるような配慮・工夫が可能となるようにしていく設計は欠かせない視点です。災害があるたびに、避難所での生活をためらって自宅や車の中で過ごす被災者の姿が報道されます。そうした人をなくし、誰もが居場所をもって安心して過ごせるような避難所環境の整備ができてこそ、これまでの災害から学べたと言えるのだと思います。
◆不便や我慢を前提にした避難所から、安全・安心を担保し再建へのステップとなる居場所づくりへ
誰もが被災者になり得ることを前提に、それぞれが自宅での備蓄を意識して整えていくことはもちろんのこと、避難所に避難せざるを得なくなった時に、避難所での日々が生活再建に向かう力が湧いてくる場となるように、様々な人たちが避難してくることの多様な視点を持って環境を整備することが自治体の責務だと考えます。
肝心なことは、「災害時だから多少の不便は我慢しなければ」という多くの日本人に刷り込まれた考え方を前提にした準備や設計をしないことです。
スフィア基準の正式名称は「人道憲章と人道対応に関する最低基準」であり、避難者はどう扱われるべきであるかを個人の尊厳と人権保障の観点から示しているものです。
個人の尊厳や人権が守られるような環境づくりは、災害関連死を減らし、多くの被災者に生活再建への勇気を与える取組みでもあるのです。
今後建て替えが行われる学校は、避難所としての機能も重視して、設計の段階からスフィア基準も視野に入れていくことが重要です。
避難所での生活の質や個人の尊厳を担保するためにも、複雑化・多様化する被災者ニーズを把握し、想定に取り込むことが不可欠です。そのためには、子ども、妊産婦、障害者、性的マイノリティー、外国人、等々、本人や家族から聞き取りを行うことが必須です。
非常時の避難所であっても、誰もが安心して、安全に生活でき、災害によって生じた苦痛を和らげ、生活再建への活力を蓄えられる居場所となるように、行政が平時からすべき環境整備や備えへの提案を重ねていきます。