2023年上半期に反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:4月3日)
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男性従業員の育児休暇取得率の公表義務化が、4月から始まった。
女性に偏っている育児負担の解消が期待されるほか、企業としては優秀な人材を獲得するためのアピール材料にもなる。
しかし、専門家は「何となくの育休では意味がない」「育休の取得率だけでは企業も振り向いてもらえない。実際に取れた長さも重要だ」と指摘する。
男性が育休を取得する意義と重要性は。そして企業は、社員の育休とどう向き合えばいいのか。
商社社員の男性「会社の風土を考えると…」
都内の商社に勤める30歳代男性は、2年前に第一子が生まれた。
会社に報告すると、人事部から「育休は取れる」と言われたため、妻と子どもが病院から自宅に戻ったタイミングで取得した。
しかし、これは勇気のいる行為でもあった。
上司から直接的に「取るな」と言われたわけではないが、会社の風土を考えた時に、1か月も休むことはありえなかった。
人員は豊富にいるが、周囲で育休を取った上司や同僚はいない。
唯一、人事部の男性社員が数か月の育休を取ったことを聞いたが、あちこちから「人事は暇だ」「俺らは忙しいから取れない」といった不満が出ていた。
「あとでグチグチ言われるのは嫌だな……。取ったとしても1週間が限度か」
男性のいる営業部では仕事が「属人化」していた。これまで関係を深めてきた取引先を、別の同僚に任せることに心理的な抵抗があった。
もし任せたとしても、膨大な引き継ぎが必要になるほか、任された同僚はこれまでと同じ給料で自分の分まで働かなければならない。
このようなことをしていたら、育休から復帰した際に「お前がいなくてもなんとかなった」と“戦力外”を通告されるような気がした。
男性が「1週間」という短い育休を選んだのは、こういう会社の風土や働き方を考え合わせたうえでのことだった。
1か月の育休を取った上司や同僚がいれば、自分も迷うことなく、もっと長い育休を取ったに違いない。
寝る暇がない。周囲に危険がないか目を離せない。泣き止むまであやさなければならない。短い育休でも育児の大変さが身にしみてわかった。
男性は、こう話した。
「後輩が育休を取りやすい環境に今後なってほしいという思いもあったので、取得できたこと自体は前進です。でも、周囲の目を気にして短い育休を取っても会社の風土は変わらない。肩身の狭い思いで育休期間を過ごすことになります」
育休取得率は男女間で大きな差
厚生労働省によると、男性の育休取得率の公表義務化は、従業員1000人以上の大企業が対象だ。
公表は年1回で、自社のホームページや厚労省のサイト「両立支援のひろば」など、誰もが閲覧できる場所に記載しなければならない。
改正育児・介護休業法の中身の一つで、ほかの取り組みは22年4月から順次施行している。
- 育休が取得できる従業員に対する個別周知と意向確認
- 生後8週間以内に最長4週間の育休が取れる「産後パパ育休」
- 育休の分割取得
- 育休・介護休業の取得要件の緩和
- 育休給付の規定整備
厚労省の「令和3年度雇用均等基本調査」によると、企業の育休取得率は、女性が85.1%だったのに対し、男性は13.97%にとどまった。
男女で71.13%の開きがあるが、公表義務化によってこの差が縮まっていくかが焦点となる。
一方、取得率の公表は求められているが、育休の取得日数については触れられていない。
前述の基本調査によると、女性の取得日数は「1年から1年半未満」が34%、「10か月〜1年未満」が30%だったが、男性は「5日から2週間未満」が26.5%、「5日未満」が25%だった。
つまり、女性は「10か月〜1年半」で育休を取っている人が多いが、男性は「2週間未満」が半数以上を占めているということになる。
男性の育休取得率の底上げを図る「厚生労働省イクメンプロジェクト」が最近行った調査でも、育休の平均取得率は100%だったにもかかわらず、平均取得期間は数日だった企業も確認された。
専門家はどう見る?
では、男性が長期で育休を取得する意義や重要性は何だろうか。
厚労省イクメンプロジェクト座長で、認定NPO法人フローレンスの駒崎弘樹会長は、今回の公表義務化について、「非常に大きな一歩」と評価する。
公にされることで、学生や投資家が見ているというプレッシャーが企業にかかり、従業員にとっては育休を取得しやすい環境になるとみている。
実際、人材大手「マイナビ」が大学生らを対象に実施した調査(3106人が回答)で、「育休をとって子育てしたい」という項目で男女差がなくなったことがわかった。
2015年卒業の代は、男性40.5%、女性69.2%と、28.7ポイントも開いていたが、24年卒では、男性61.3%、女性63.2と、1.9ポイントの差に縮まった。
「育休を取りたい」という男子学生が増えており、就職活動で企業を選ぶ際に重要な項目となっていることがうかがえる。
駒崎会長も「この流れに対応できない企業は選ばれなくなり、自然と淘汰される」と話した。
育休日数の公表は求められていない
ただ、今回は育休の「取得日数」の公表は求められていない。例えば、1日でも従業員に育休を取得させれば、育休取得率“100%”を実現できることになる。
この点について、駒崎会長は「育休は会社のポーズではなく、あくまで自発的であるべきだ。そして、最低でも2週間から1か月は取得してほしい」と指摘する。
女性は産後、体に大きな負担がかかる一方、生まれたばかりの子どもが数時間おきに泣いたりするため、睡眠不足になりやすい。
特に産後2週間〜1か月に「産後うつ」が起きやすく、男性が少なくともこの期間に育休を取ることができれば、妻の負担軽減につながるとした。
駒崎会長も2人の子どもが生まれた際、2か月ずつ育休を取得している。その経験から次のように話した。
「保育士でもあるので知識はあった。でも、実際にやってみると想像以上だった。2時間に1回は泣くし、命を守るために片時も目を離せない。体感しなければわからなかった。この2か月で『パパ脳』に切り替えることもできた」
育休は突然始まるものではない
また、岸田首相は3月17日、「産後パパ育休」に関して新たな方針を示した。
男女で一定期間に育休を取得した場合、国から支払われる給付金の水準が、休業前賃金の67%から80%台まで引き上げられるというものだ。
この間は社会保険料が免除されるため、実質的に手取り額の100%が確保できることになる。
これについて、駒崎会長は「公表義務化と合わせて、男性育休のムーブメントを起こす上でかなり重要なもの」と見解を示した。
100%を確保するには、女性だけでなく男性も育休を取得しなければならない。2人で取得すれば、金銭的な不安も解消されることになる。
そして、企業が考えるべき育休に対する姿勢についてはこのように語った。
「育休は突然始まるものではない。少なくとも数か月前から把握でき、突発的な病気や事故と違って会社側も十分準備する時間がある。代わりがいない、引き継ぎができない、といった言い訳は通用しない」