10月7日、新宿・歌舞伎町のラブホテル街のどまんなかで、ホストが書店をオープンさせる。その名も「歌舞伎町ブックセンター」。「愛」をテーマにした約600タイトルの本を扱うという。お店に行くと書店員ならぬ"ホスト書店員"が、オススメの本を紹介してくれる。
客単価が少なくとも数千円以上のホストクラブの経営者が、何を思って数百円の文庫が並ぶ書店をはじめようと思ったのだろうか。歌舞伎町の人たちは、本当に本など読むのだろうか。
「歌舞伎町ブックセンター」プロジェクトのメンバーである、ホストクラブ経営者の手塚マキさん、編集者の草彅洋平さん、ブックセレクターの柳下恭平さんに話を聞いた。
■夏目漱石『坊っちゃん』の朗読をするホストたち
——歌舞伎町のホストが本屋さんを開くと伺って正直驚きました。本屋を作ろうと思ったきっかけを教えてください。
手塚マキさん(以下「手塚」):僕が歌舞伎町ブックセンターをはじめようと思ったのは、実のところ、お客さんにバンバン本を買っていただくというよりは、歌舞伎町ホストの教育のためなんです。
僕は部下であるホストたちにもっと読書をさせたいと常々思っていてこれまでも色々やってきたんですが、全然ダメでして...。
今回、本屋にしたスペースも、元々ホスト同士の「サロン」のような場所にしたくて用意した場所で、本もたくさん並べていたのですが、いっこうに誰も手に取る気配がなかったんですよね。
そうしたら、草彅さんが「その場所、いっそのこと本屋にしましょうよ」と持ちかけてくださって、歌舞伎町ブックセンターを作ることになりました。
草彅洋平さん(以下、「草彅」):今、普通の書店を新たにはじめるのはすごくハードルが高い時代なので、せっかくやるなら歌舞伎町だからこそ成立する本屋にしましょうという話になって「愛」をテーマにしました。
そしてある日、道を歩いてたら偶然、柳下さんに会ったので、「やりましょう」と誘って(笑)。
柳下恭平さん(以下、「柳下」):そう、道で。やりましょうと(笑)。
草彅:柳下さんに歌舞伎町ブックセンターのアイデアを話したら「この本屋は絶対アタリますよ」って言うので、間違ってないなって確信を持ちましたね。
——ホストに本を読ませたくて実現した本屋さん企画。失礼かもしれないのですが、ホストの皆さんが読書している姿ってあまりイメージが湧きません。
手塚:そうですよね。何せホストって漫画の『ONE PIECE』しか読まないですからね(笑)。
以前、部下のホスト同士で、夏目漱石の『坊っちゃん』の朗読会をさせたことがあるんですが、漢字が読めなくて、ひらがなだけ拾って読むので、暗号みたいでしたよ。
それから、ホストが本を買って読んだら、その本を会社で買い取るというシステムもやってましたけど、あまり使わないんです。
——歌舞伎町ブックセンターをオープンさせたら、少しは歌舞伎町のホストの皆さんも本を読むようになってくれるでしょうか。
手塚:そうなってほしいです。一冊数百円の文庫本には手を出さずに、1杯700円のハイボールは平気で何杯も頼むヤツらなんですけどね。
そういう意味でもこの本屋は本当にチャレンジです。本がお客さんとの「会話のネタ」になって、うちの従業員を含めて歌舞伎町のホストたちが、酒を飲みに来たついでに本を買って帰る、みたいになるといいですね。
柳下:実際は、本を読むことのハードルが最初は高いと思うんですけど、まずは会話のきっかけでもいいと思うんですよね。
お客さんにカクテルをオススメする時みたいに、「今どんな気分なの?どんなのが欲しい?」という会話が生まれれば、最高なんじゃないでしょうか。交流の媒介として本があるという。
ちなみに、ホストの皆さんへの導入編として漫画もちゃんと揃えていますからね(笑)。
■「本を読め。それが品格になる」
——そもそも手塚さんが、そんなに必死にホストの皆さんに読書をさせようとする理由は何でしょうか。
手塚:高校の時の先生から「とにかく本を読め、映画を観ろ。それが品格になるから」と言われ続けていたんですね。それで何となく僕自身は当時から本をよく読んでいたんですが、実際それが僕の人生で身を助けてくれたんです。
知識って、なければ「ない」って言えばいい。「教えてください」で済む。でも、読書を通じて得られる感情の幅みたいなものは、誰かが外から与えられるものではないんですよね。例えば、何か食べた時に、うまいかまずいかしか言えない大人になって欲しくない。全てはグラデーションの中にあるので。幅が大事なんです。
座学の勉強っていうよりも、そういう感情の幅を豊かにするっていうのがうちの(ホストクラブの)教育だってずっと思ってますね。
■歌舞伎町には、大嫌いな「こうあるべき論」が一切ない。
——感情の幅というのは、確かにホストのお仕事に不可欠な気がします。お客さんを喜ばせないといけないですもんね。
手塚:ホストクラブってお客さん一人一人に担当者がいるんですよ。その担当者との人間関係が心地いいと思ってくれるお客さんがリピーターになってくれる。
担当者が、気持ちよくお酒を飲ませてくれる人だったら「楽しくお酒を飲みたい気分だから行こう」ってなるだろうし、仕事で困っている時に相談に応じてくれる担当者だったら「仕事がうまくいかないから行ってみよう」ってなるし、暇なホストなら「いつでも一緒にいてくれるから行こう」かもしれない。(女性側が)恋をしに来ているのかもしれないし、それぞれ理由はある。
みんな自分だけの関係を求めて通ってくれます。そういうお客さんに喜んでもらうには、知識や常識より、感情の幅が不可欠です。
——ご自身のホストクラブの従業員だけでなく、ホストの世界というか、歌舞伎町全体に通じるお話をされているのが印象的です。
手塚:歌舞伎町が好きなんですよ。最近「ダイバーシティ(多様性)」ってよく聞くけど全然ないですよね、日本にダイバーシティ。でも歌舞伎町にはリアルにダイバーシティがあります。
男も女も関係ないし、ゲイだろうがバイだろうが、国籍や育ちも全然関係なくて。僕が大嫌いな「こうあるべき論」が一切ない。
社会の中には「超一流企業にお勤めだからいいですね」、「有名大学を出てればスゴイ人」といった一般論があるじゃないですか。そういうことから解放されている歌舞伎町が僕は大好きで、自分の街だと思っています。
■3人のプロフィール
手塚マキさん:オーナー&ホスト書店員総帥
歌舞伎町にホストクラブ、BAR、飲食、美容など10数軒を構える「Smappa! Group」の会長。 まさに歌舞伎町を代表する人物であり、 歌舞伎町商店街振興組合理事にも就任している。
草彅洋平さん:プロデューサー&カリスマホスト書店員
1976年東京都生まれ。2006年にクリエイティブカンパニーの株式会社 東京ピストルを設立。代表取締役社長として、編集を軸にメディアディレクション、プロデュース、コンサルティング等幅広い業務をこなす。
柳下恭平:ブックセレクト&ホスト書店長
1976年生まれ。さまざまな職種を経験、世界中を放浪したのちに、帰国後に出版社で働くことに。編集者から校閲者に転身する。28歳の時に校正・校閲を専門とする会社、株式会社鴎来堂(おうらいどう)を立ち上げる。元ホストの過去はここだけの話。