F1などでおなじみのフォーミュラカーレースは、最高時速が300キロを超える。そんな“世界最速”のモータースポーツの舞台で戦う中学生がいる。13歳のプロレーサー、野田樹潤(Juju)さんだ。
元F1レーサーの父の元で、4歳でカートデビューすると、わずか10歳でフォーミュラカーの舞台に登りつめた。
あまりに若すぎて、公式レースに参加できる年齢に達していない。特例として参加を許された国内レースや海外サーキットで経験を積むなど、前例のない道を自ら切り開いてきた。
「誰も到達したことのない世界を見てみたい」
F1という、日本人女性が誰も到達したことのない舞台を目指している。
3歳で初カート、10歳でF4デビュー 前例のない道ばかりを歩んできた
わずか3歳。父親がプロレーサーだったJujuさんは、レーサーになるための小さな一歩を踏み出した。誕生日に買ってもらったカートに乗った時の楽しかった感覚を、かすかに覚えている。
始めは遊びだったカートは、みるみるうちに上達し、4歳のクリスマスに出場したキッズカートレースで初優勝。
「いつもは3位とか低い順位だったのですが、そのとき1位になったのがすごく嬉しくて、また勝ちたいと思いました」
楽しかったカートが、レーサーを目指すための武器へと変わった瞬間だった。さらにキッズカートのチャンピオンとなった5歳、プロレーサーになることを決意した。
「自分もお父さんみたいにレーサーになって、お父さんを超えたい」
プロレーサーの父の背中を見て育ったJujuさんがそう思うのは、当然の成り行きだったのかもしれない。 そこからは、前例のない道ばかりを歩んできたと、父親の野田英樹さんは語る。
「子供が出られるレースは限られています。Jujuの場合は、本人がプロを目指していたので、子供用ではなくて大人用の速いカートに乗せたりしていました」
「ゴルフでいえば、子供にプロが持つようなクラブを持たせてラウンドさせているようなものですね」
大人用のカートレースは、15歳までは出ることができない。そのため、主催者から特例として出場を認められたレースに“飛び級”で参加し、スキルを磨いてきたという。
そして10歳。F1をトップとするフォーミュラカーの世界に飛び込んだ。小学生でのフォーミュラ4(F4)デビューは、世界でも例がないことだった。
F4デビュー「ちょっと夢に近づけた」
フォーミュラの世界は、4輪自動車レースの最高峰の一つフォーミュラ1(F1)をトップに、エンジンの排気量や車両に関するルールに応じてフォーミュラ2(F2)、フォーミュラ3(F3)とピラミッド構造になっている。
Jujuさんは、10歳で初めてフォーミュラカーに乗った時のことを、こう振り返る。
「新しいステージ。どんどん速いカートには乗ってきたけれど、カートということには変わりがなかった。そこからF4のフォーミュラカーになったのがすごく大きな変化でした」
「やっぱり、F1を目指しているので、フォーミュラに入れたことはすごく嬉しかったですね」
喜びを隠さなかったが、それでもJujuさんにとっては大きな夢への通過点の一つだ。
「私が行きたいところは、まだ全然ここじゃない。やっと、ちょっと夢に近づけたなという感じです」
F1「誰も到達したことがない世界を見てみたい」
Jujuさんの夢は、世界最高峰の4輪自動車レースで活躍すること。そのひとつがF1の舞台だ。
「やっぱり大きいレースに勝てたときは、小さいレースに勝てたときよりも何倍も嬉しい。だからやっぱりF1で勝って、その嬉しさを味わいたい」
だが、これまでに女性レーサーでF1の舞台に立った日本人はいない。世界でも数えるほどで、グランプリを制覇した女性レーサーは存在しない。
そんな高い壁にも、「日本人で誰も到達したことがない世界を見てみたい」とひるむことはない。
日本ではF1が浸透しているが、海外には他にも、インディカー・シリーズ(アメリカ)やルマンの自動車耐久レース(フランス)など、世界三大カーレースを開催する名だたるカテゴリーが存在している。
「F1の他にも、いろいろな車に乗って、いろんなレースに出て優勝したい」と、他のカテゴリーにも興味を示している。
父・英樹さんがこう付け加える。
「彼女が本当にもっと経験を積んで、いろんなカテゴリーでのぼりつめていったときに、その時代の選択肢がF1なのか、インディーカーなのかは分かりません。レースで勝って、世界のトップレーサーになることを目指しているわけです」
つきまとう年齢の壁
若くして一線で活躍するJujuさんには、年齢の壁が常につきまとう。
日本自動車連盟(JAF)によると、日本では、普通自動車免許が取得できる18歳になるまで、本格的な四輪レースに参加できるA級ライセンスが取得できない。
8歳から参加できるジュニアのレーシングカートで実績を残したドライバーは、16歳で一部の四輪レースに参戦できるライセンスを取得できるが、13歳のJujuさんは、すでにトップクラスに匹敵する実力があるのに、今から約3年は待たなければならない。
現在は特例という形で、拠点としている岡山国際サーキットで練習走行や、一部のレースに参戦していると、父・英樹さんは話す。
「岡山国際サーキットも、普通に『いいよ』と言ってくれたわけではありません。本当にフォーミュラを乗りこなせる体力や能力があるのか、サーキット側にいろんなことを試験され、彼女がそれを乗り越えて許可をもらっていいます」
今では、F4の上位カテゴリーのF3の車両を乗りこなしているが、岡山国際サーキット以外では、年齢を理由に国内では練習場所もままならない。
そのため、より環境の整っている海外に目を向けている。
「今後Jujuが目指すのは、彼女の活動を理解し、受け入れてくれる国のレースに参加する。それが今後の流れになってくると思います」(英樹さん)
2018年末はマレーシア、今年はアメリカに渡り、世界各国から集まった若手トップレーサーに混じって、レース形式の練習走行も経験したという。
海外デビューとなったマレーシアでは、世界のサーキットや走りに戸惑いながらも、トップ3に入る走行もあり、本人も「もっと頑張れば絶対に勝てると思う」と手応えを感じている。
Jujuさんは海外の公式レースに参戦できる年齢にも達していないが、若手レーサーに対する理解が深く、遠征先のサーキットで練習走行が認められたという。
父・英樹さんは言う。
「これだけの実力を身につけて、ようやく海外であればそろそろレースに出られます。14、15歳は海外でも特例ですが、その中に入れてもらえそうな状況にようやくなってきました。もっと台数が多くて、色々なサーキットで開催される海外のレースに出ていく。そこで結果を残して、頂点のカテゴリーに参加できるようになるのが目標です」
「バカにされても、逆に燃える」
3月に岡山国際サーキットの練習走行を見学させてもらうと、Jujuさんの走りは、素人の私から見ても、群を抜いていた。
小さい頃からスピードに慣れているというJujuさんは、「スピードへの恐怖心はない」と小さな笑顔を見せる。
高速コーナーに対する恐怖心は残っているが、「それよりも、勝ちたい、できるようになりたい、というほうが強いです」と臆さない。
まだまだ男性が中心のレーサー界で、Jujuさんの存在は異彩を放っている。
そんなイメージから、『女の人でレースをやっているの?』『危なくない?』と聞かれることもあるという。
「女性だからと、ちょっとバカにされたりとかも。それを言われたら、逆にもっと燃えるというか。勝てばいい話だから、考えていても何もならない。口で言うよりも、勝ったほうが逆に証明できるから、それだけ」
多くのスポーツで男女が直接対戦する機会はないが、カーレース界は原則男女混走で、同じレースに参加する。
一方で、トップレベルで活躍できる女性ドライバーの発掘や、そのための機会を増やそうと、女性レーサーのみの選手権が始まっている。
日本国内では、『競争女子選手権KYOJO CUP』が世界初の試みとして2017年に誕生。海外では今年5月、F1レーサー発掘を目指すフォーミュラ選手権「Wシリーズ」が開幕した。
女性に特化した新しいカテゴリーの発足を、Jujuさんはどう捉えているのか。
「女性レーサーも頑張っているんだと注目されるのでいいと思います。でも、そういうカテゴリーが増えてほしいというよりは、私が目指しているのはもっと上のカテゴリーで、そこに行ったら結局は男女が一緒になる。女性のみのレースカテゴリーを目指すよりも、男女混合の上位カテゴリーに向けてもっと練習、トレーニングするだけです」