「まだ、世の中には多くの悲劇があります。安全な世界へ。一緒に成し遂げようじゃありませんか!」
児童虐待への対応をAIで支援するサービス「AiCAN」。事業を手がける髙岡昂太さんが熱をこめて訴えると、会場から大きな拍手が沸き起こった──。
アメリカ・サンフランシスコ。社会起業家・インパクト投資家らが集まる世界最大級の国際カンファレンス「SOCAP23」(10月23〜25日)では、連日熱い議論が交わされていた。
セッションの一つのテーマは、日本。公益と経済性を両立させ、社会的・環境的課題を解決しようとする「インパクトスタートアップ」企業5社も、投資家や事業の連携相手を見つけようと、短時間で自社を紹介する「ピッチ」を行った。冒頭はその一幕だ。
経済産業省は、世界を舞台に活躍する起業家の育成を支援するため、派遣プログラム「J-StarX」を2023年に開始した。10月22日から26日には社会起業家コースとしてインパクトスタートアップ企業とその支援者20人がSOCAPに派遣された。
この記事ではその模様や現地の反応をリポートする。
インパクト投資市場は5年で10倍に。日本でも
気候変動や格差の拡大など、地球規模の複雑な問題を抱える現在。
社会的・環境的課題の解決や新たなビジョンの実現と、持続的な経済成長の両立を目指すインパクトスタートアップには、世界的に注目が集まり、投資額も増えている。
インパクト投資は、ESG投資と一部似た概念だが、特定の社会課題解決を目的とするという明確な意図があるのが特徴だ。そのため、リスクを排除して投資リターンを得るだけでなく、社会に対してどれだけのポジティブなインパクトを生み出せるのかが重視されている。
グローバルインパクト投資ネットワーク(GIIN)のレポートで、世界でのインパクト投資の2022年の市場規模は、世界で1.2兆米ドル近く(運用額ベース)と推計されており、2017年から10倍と急増している。
日本でも、2022年6月に発表された「新しい資本主義グランドデザイン」と「骨太方針2022」で「インパクト投資の推進」が明記されるなど、政府主導の動きも活発化してきた。
運用額の増加に加えて大手の保険会社や銀行などからも参入が相次ぎ、2022年3月末時点のインパクト投資残高は5兆8480億円、前年比約4.4倍と、急速に広がり始めている(GSG国内諮問委員会事務局/社会変革推進財団(SIIF)のアンケート調査による)。
経団連は22年6月に「“インパクト指標”を活用し、パーパス起点の対話を促進する」報告書を公表。10月には「インパクトスタートアップ協会」が発足した。
そして、23年6月発表の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2023改訂版」では、「インパクトスタートアップに対する総合的な支援策」が明記された。
経産省は「J-StarX」での海外派遣に加え、スタートアップ育成支援プログラム「J-Startup」においてインパクト分野に特化した「J-Startup Impact」を設立。ロールモデルとなることが期待される30社を10月に選定し、選定企業への集中支援も行うことになった。
まさに「インパクトスタートアップ元年」となった2023年。
J-Startup Impact設立に際して、西村康稔・前経産大臣は「インパクトスタートアップこそが新しい資本主義の考え方を体現する存在」とのコメントを寄せている。
存在感発揮、日本のインパクト各社
日本勢のピッチが行われたのは2日目のことだった。
まず最初に、一般社団法人社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブの今田克司代表理事より、日本のインパクト投資額の伸びなど現状に加えて、政府による「スタートアップ育成5か年計画」や、派遣事業「J-StarX」のように政府全体での育成支援が始まっていることなど、日本の現状が紹介された。
その後、AiCANのほか、以下の4つの企業が登壇。それぞれユニークな事業内容についてのピッチを行った。
・石灰石を主原料とする新素材の普及と資源循環で環境問題を解決する「TBM」
・自然由来の超吸収性ポリマーで農地の干ばつ問題を解決する「EF Polymer」
・デジタル化でアフリカの地方農村部を変える「Dots for」
・視覚障がいのある人の単独歩行を支援するナビゲーションシステム「Ashirase」
ピッチ後には日本のインパクトスタートアップ企業、インパクト投資市場に興味をもち集まったオーディエンスを交えてのディスカッションも行われた。
「政府による支援、貴重な取り組み」
今回の派遣をどう受け止めたのか。カンファレンスを運営したSOCAP Globalの起業家部門担当、エグゼクティブ・ディレクターのサラ・スターリンさんに聞くと、まずは日本政府の「スタートアップ育成5か年計画」や「J-StarX」について高く評価していた。
「政府による認定や資金援助、税額控除やベネフィットの提供などは、新興企業の存続や拡大を後押しする、とても必要性の高いものだと私は考えています。また、『J-StarX』社会起業家コースのようなインパクトスタートアップや支援機関に対するプログラムは大変貴重なものですね。一方で、各企業が自社のインパクト測定をしているように、政府支援においても、各企業と政府とのパートナーシップが、社会にどんなインパクトを生み出したのかを政府側も測定していくことが重要です。また、一過性の取り組みでは企業にとっての利益は薄いので、こうした取り組みが5年のように長い期間続くことが非常に大切だと思います」
また、5つの企業のピッチに関する感想も聞いた。
「解決が非常に難しいとされてきた課題に対する、革新的なソリューションだと感じました。日本だけではなく世界にもスケールしうるポテンシャルを持っていると思います」
個人的に印象に残った企業を聞くと、AshiraseとAiCANを挙げたサラさん。「自分が妊娠中で、子どもの親だから偏った見方だと思うけれど」と前置きしつつ、児童虐待の問題解決をテクノロジーで支援する点が興味深かったのだという。
「子どもにとって世界をより安全な場所にすることが、私にとって本当に重要なことなのです。また、障がいのある人のモビリティ・テクノロジーも、最近注目が集まっている分野。その外出を支援する装置Ashiraseも本当に革新的だと思います」
SOCAPのセッションには、多くの参加者がいるが、やはり多くは北米からで、さらに財団職員など資金提供側が多いのが実情だ。
各セッションも、インパクトの測定、気候変動、ジェンダー平等、アフリカの開発支援といった、主に北米の資金提供側の関心に基づく話題が、中心的なテーマになっている。
しかし、「J-StarX」の参加なども得たことで、SOCAPには今回初めて「アジア」というアジェンダが設けられることになった。
サラさんには、日本の取り組みが新鮮に映ったそうだ。日本からの参加は、SOCAP参加者に多様性を生み出し、新たな視点を提供する役割も果たしていた。
日本の起業家たちの収穫は
多くの人々がSOCAPに参加する主な理由のひとつは、世界中から新しい投資機会を見つけること、そして、インパクト投資の流れを活性化し、世界をより良くする行動を拡大・成長させることだ。
実際に、参加した日本の起業家たちも投資やパートナーシップを求める人々と接点を持っていた。
環境負荷の少ない農業の普及を目指している「坂ノ途中」の代表取締役、小野邦彦さんは、事業を進めるためのパートナーシップという点で収穫があったという。
小野さんは、コーヒー豆を生産しているコロンビアやペルーなどで山岳地帯の少数民族の支援、環境保全を手掛けている団体から、コーヒー豆のサンプルを受け取った。同社による品質改善などを通じて、スペシャルティコーヒーとして日本での販売も目指せるクオリティだと感じたという。また、米国内での販路拡大のためにも共同で事業を行えそうだった。
「すぐに事業に活かせそうなパートナー連携の相手が見つかり、来てよかったと感じています。また、実はコーヒー生産を通じた環境保全や少数民族の支援に取り組んでいる企業は米国内にもたくさんあるのですが、比較してみて、クオリティ、やり方、生産量、販売実績など、他の企業に引けを取らない実力があると自分たちの事業に自信を持つことができた。それも、大きな収穫でした」
また、「EF Polymer」COOの下地邦拓さんは、ある公益団体のインパクト投資部門の担当者と話をすることができた。
担当者によると、農業や食の分野でその投資先になり得る技術を持ち、インパクトを実現できそうな企業を今回のSOCAPでも探しているのだという。
下地さんは、ポリマーの素材がオレンジの皮など食品廃棄物からのアップサイクルであることや、インドや日本、米国、タイ、EUで事業を拡大していること、農家からのフィードバックが良好であることなどを紹介した。
担当者は「食品廃棄物の利用にも着目している」と耳を傾け、その場でサンプルを受け取った。担当者はこれが最初の会話であり、すぐに投資対象として検討されるわけではないが、同僚らと共に今後、候補になりうるか検討したいと話した。
コミュニティがレジリエンスを高める
世界のインパクトスタートアップがこぞって取得を目指しているのが、高い社会的・環境的責任基準を満たした企業に対して発行される国際的な認証、B Corpだ。
今回の派遣では、B Corpの基準と認証を監督する非営利団体「B Lab」とのミーティングも企画された。
世界では7,400社を超える団体が認証を得て、世界的なムーブメントの牽引役となっているB Corpだが、日本でのこれまでの承認数はわずか31社・団体(2023年10月末時点)。しかし、現在審査中の企業も多数あり、日本でも熱気の高まりを感じるとB Lab Grobalでストラテジック・グロース部門を率いるサラ・シュワイマーさんは話す。
シュワイマーさんによると、認証企業はそれ以外の企業よりも財務的に優れており、従業員のエンゲージメントや定着率などにおいても良い結果が出ているという。また、新型コロナ禍でも、成長が維持されている企業が多かった。
「若い世代は特に、自分自身と会社の価値観が一致する職場で働きたいと考えています。そのため、トップクラスの給与が支払えなくても、競争の激しい市場で優秀な人材を惹きつけることができるのです」とシュワイマーさん。
そして、B Corp認証企業同士がコミュニティを形成し、認証企業の製品を購入するなどでお互いに支え合うなど、困難な状況に立ち向かうレジリエンスを得たことがその理由ではないかという仮説を披露した。
また、企業はサプライチェーンにおける人権侵害や環境汚染などに加担していないかも厳しく問われる時代になっている。認証企業との取引であればそのリスクを減らせることから、サプライヤーからの透明性と責任に対する要求が認証取得インセンティブをさらに高めているという。
今回の派遣は、日本の各インパクトスタートアップ企業やその支援者同士の交流も目的の一つだった。
派遣に参加したインパクトスタートアップ協会事務局長の市川衛さんは「B Corp認証取得のメリットの本質は売り上げの向上ではなく、認証を目指すプロセスやコミュニティの存在だとわかった。今後の日本での社会課題解決を目指す起業家や関係者のコミュニティ作りに生かしていきたい」と話している。
写真=川村直子、グラフィック=高田ゆき