耳に褥瘡ができてしまう子どもたちを救う「クールまくら」。全国のこども病院に贈りたい。

世界一の出荷量をほこる保冷剤メーカーが、ある子どものために立ち上がった。
クールまくらの開発に尽力したトライ・カンパニーの市川智博さん(右)と山本被服の山本陵さん
A-port
クールまくらの開発に尽力したトライ・カンパニーの市川智博さん(右)と山本被服の山本陵さん

 毎朝起きると、まくらに血がついている子どもたちがいる。自ら身体を自由に動かせないことが原因で、耳に床ずれによる褥瘡(じょくそう)ができて出血してしまうのだ。そんな子どもたちがぐっすり眠れるように静岡県の2つの企業が「耳が痛くならないクール枕」を共同開発した。全国のこども病院にプレゼントして使ってもらおうと、クラウドファンディングで支援を募っている。

■11歳の母親からの電話

 開発したのは、保冷剤メーカーのトライ・カンパニー(静岡県沼津市)と山本被服(静岡県清水町)。

 きっかけは、トライ・カンパニーへの1本の電話だった。

「2017 年11月に静岡市に住む当時11歳の男の子のお母さんから、保冷剤入りの穴あき枕を作ってくれないか、というお問い合わせでした」というのは、トライ・カンパニーで開発企画を担当した市川智博さんだ。

小学1年生のときの事故がきっかけで、低酸素脳症を患うH・Tくん。体温が37〜38℃と常に高いので、頭を冷やす保冷剤が欠かせない。しかし、身体が自由に動かせないため、普通の保冷剤入り枕では、耳に床ずれの症状である褥瘡ができてしまうという。耳に枕が当たらないよう、中央に穴の空いた保冷剤枕を作ってくれないか、というのが最初の相談だった。

H・Tくん
A-port
H・Tくん

■かゆみ、痛み、ときには発熱も引き起こす褥瘡

トライ・カンパニーは保冷剤では世界一の出荷量を誇る会社だ。保冷剤入り枕も生産している。しかし、保冷剤入り枕は採算を取るのが難しく、同社にとって決して主力商品ではない。
「正直、最初に話を聞いたときは、お引き受けするのは難しいかな、と。それでも、とりあえず直接、話を聞いてみようと静岡市まで出かけることにしたんです」と市川さん。

低酸素脳症のため、日常をほとんどベッドで過ごすH・Tくん。それまでは、別のメーカーがテスト品として製作した保冷剤入りの穴あき枕を使い続けていた。しかし、時間の経過とともに、その枕もボロボロに。新たな枕を購入しようと思っても、市販品はもちろん、オーダーメイドでつくってくれるところが見つからず困っていたのだ。

そんな中、同じ静岡県内に保冷剤メーカーがあるということを知ったH・Tくんの両親は、トライ・カンパニーに相談を持ちかけた。

「ご自宅に伺って、実際にH・Tくんにも会いました。耳の傷の写真を見せてもらうと、血だらけでとても痛々しい。これは、なんとか力になれないかと感じました」

耳の褥瘡はかゆみや痛みだけでなく、深刻な症状を引き起こすこともある。H・Tくんの場合、普段から全身に褥瘡を防止するかゆみ止めのクリームをぬっている。あるとき、耳の後ろにクリームを塗るのを忘れたのが原因で、発熱。褥瘡によるかゆみで全身がこわばり、高熱につながったのだ。

子どもの褥瘡をなんとかしてやりたいと奔走する両親の思いに、市川さんは「採算的に量産は難しくても、せめてサンプル商品だけでもつくることを会社に掛け合ってみよう」と決意する。

耳の褥瘡の症状
A-port
耳の褥瘡の症状

■症状に合わせて「除圧」できるような工夫を

トライ・カンパニーは社会貢献に熱心なカルチャーを持つ会社だ。市川さんの熱心なプレゼンに、社長は「ぜひ、力になろう」と快諾。枕のカバーは取引先の山本被服が引き受けてくれた。

開発チームは市川さんと技術者の2名。枕にかかる耳の圧力は、頭の形や重さによって人それぞれ違う。どうすれば、個々のニーズに合わせた保冷剤入の枕が作れるのか、試行錯誤が始まった。H・Tくんら患者とその家族、褥瘡の専門看護師などの声を聞きながら、「耳が痛くならないクール枕」の開発を進めていく。

完成した枕は、2つのパーツからなる。下の部分は固く凍った保冷剤を使用し、その下に発泡スチロールをセット。冷気を保つことで、長時間でもぐっすり眠れるようにした。反対に上の部分は、冷凍庫に入れても凍らない柔らかい保冷剤を使うことで耳への負担を軽減。保冷剤の入る部分を9つに区分けして、枕の当て方によって除圧したい部分を変えられるようにした。

「人によっては、あごが枕に強く当たるケースもあります。それぞれが気になる部分をうまく除圧できるようにこだわりました」

直接肌にあたるカバーは、赤ちゃんのロンパースに使用する素材を使い、肌へのやさしさを追求している。

「耳が痛くならないクール枕」
A-port
「耳が痛くならないクール枕」

■給付金を利用し、1割程度の自己負担での購入を目指す

20個つくったサンプルは、H・Tくんや同じように耳の褥瘡に悩む子どもたちがモニター使用。改良を重ねて、この6月から受注生産をスタートした。車椅子にも対応できるよう、背もたれに固定するための紐も用意した。

完成した枕を使うと、H・Tくんは2カ月ほどで耳の褥瘡が改善。ひと晩中、頭を冷やせるので、ぐっすり眠れるようになったという。

「H・Tくんのように、この枕を本当に必要としている人が確実にいます。一方で、その数は決して多くありません。そのため受注生産で、販売価格も1万5000円になってしまう。洗い替えの予備も含めると、枕に5万円くらいかけることになります。もっと多くの人が安く購入できるようにしたいと、『日常生活用具給付事業』の認定を少しずつ自治体に申請しているところです」

「日常生活用具給付事業」とは、在宅の身体障害(児)者などに対し、障害の種類と程度に応じて一定条件のもと、特殊ベッドなどの日用品が1割程度の自己負担で購入できる給付事業。現在、静岡市に申請中だ。

■全国のこども病院に枕を届け、子どもたちにぐっすりと眠ってもらいたい

「『耳が痛くならないクール枕』は、社会貢献度の高い商品です。まずは、この枕とそれを必要とする子どもたちがいることを、広く知ってもらいたい。クラウドファンディングが、それに一役買ってくれたらと考えています」と市川さん。

トライ・カンパニーでは、クラウドファンディングの目標金額100万円に地域ビジネス応援事業助成金などの資金を利用して102個のまくらを用意する予定。これらを全国34カ所にある小児専門病院に3個ずつ送付するつもりだという。これなら、会社が資金の持ち出しをしなくても社会貢献ができるし、それが今後の継続的な事業につながっていく。

実際にクラウドファンディングに賛同した人たちからは、「こういう枕が必要な子どもがいるということを初めて知りました」「私たちが化粧品やレジャーなど、小さな贅沢を一つ我慢すれば、幸せになれる子どもが増えると思って協力します」というコメントが寄せられている。

「みなさんの善意の協力で、クラウドファンディングを成功させたい。小児専門病院にいる耳や顎の褥瘡に困っている子どもたちに、一人でも多くこの枕を使ってもらうことが目標です」

この2年、市川さんは枕の開発を通して、H・Tくんや両親と交流を深めてきた。
「H・Tくんには“立って歩くようになる”という夢があります。今もリハビリをすごく頑張っていて、先日、支えられて立つことができるようになりました。ご両親からその写真のメールが送られてきたときは、涙が出るほどうれしかったですね。これからもH・Tくんや同じように障害と戦う子どもたちを応援していきたいと思っています」

「耳が痛くならないクール枕」のクラウドファンディングは7月19日まで支援を受け付けている。詳細はこちら

(工藤千秋)