ジャニーズ事務所の創業者・ジャニー喜多川氏が7月9日、亡くなった。
光GENJI、SMAPや嵐などの人気アイドルグループを数多く生み出し、戦後日本のアイドル文化の礎を築いてきたジャニー氏。所属タレントに慕われ、ファンからも愛されてきた。そのカリスマを失った影響はあまりにも大きい。
「ジャニーさんがいなくなった今後は、そのカリスマ性が機能しなくなるとも考えられます。ジャニーズ事務所の今後がどうなるかは、とても不透明です」。芸能取材が豊富なライター、リサーチャーの松谷創一郎氏は指摘する。
ジャニー氏亡き後、ジャニーズ事務所や日本の芸能界はどう変化していくだろうか。松谷氏に聞いた。
ジャニーズは「家族」のような組織
「タレントは我が子同然」ーー。ジャニー氏は自社のタレントについて言及する時、度々このように表現していた。
この言葉が表すように、ジャニーズ事務所は所属タレントと経営側である会社との関係性が極めて強い。日本の芸能界をリードする巨大なプロダクションだが、良くも悪くも「義理と人情」を重視し、まるで「家族」のような組織だと松谷氏は話す。
「先月、ジャニーさんが緊急搬送されたとき、病院に多くの所属タレントが駆けつけたことが、それをよく表しています。ビジネスライクな関係ではなく、感情的なつながりを大切にする家族のような関係です。それはひと昔前の日本ではよく見られた組織体制で、創業者のカリスマ性によって成立していた会社では珍しくありません」
「近年は元SMAPの3人のように離れる人も増えていますが、中居正広さんのように上の世代ではジャニーさんに対して強い恩義を感じている人も少なくありません。退所したタレントでも、彼への嫌悪が理由の人は少ないのではないでしょうか。しかも、ファンにも愛されていました。あそこまで巨大な会社のトップにも関わらず、同時にそのカリスマ性によって組織のガバナンスを維持してきました」
それぞれの芸能人生を考え直すきっかけになるのでは
1962年のジャニーズ事務所創業以降、ジャニー氏は数多くのトップアイドルグループを結成し、日本の芸能文化の発展に大きく貢献した。「最も多くのNo.1シングルをプロデュースした人物」として、ギネス世界記録にも認定された。
一方で、近年はグループの解散やメンバー脱退、不祥事などの問題が多発。ジャニーズ事務所の影響力の低下も囁かれている。
「長くジャニーズで仕事をしてきた40代近いタレントは、年齢的にも人生の折り返し時期。個々人がこれからの芸能人生を考え直すきっかけにもなると思います」と松谷さんは話す。
Kis-My-Ft2以前にデビューしたTOKIOやV6、KinKi Kids、嵐、関ジャニ♾などのグループは、活動期間は10年を超える。これらの長寿グループに属するメンバーの平均年齢は30代後半〜40代だ。
2016年末には、国民的人気グループだったSMAPが解散した。解散後は稲垣吾郎氏、草彅剛氏、香取慎吾氏の3人がジャニーズ事務所を退所し、現在は「新しい地図」として活動している。
2018年末には関ジャニ♾のメインボーカル・渋谷すばる氏が事務所を退所。同年5月には、TOKIOの山口達也氏が不祥事により事務所との契約を解除された。
さらに、ジャニーズ事務所の代表的な存在だった嵐も、2020年いっぱいで活動休止することを発表した。
「ジャニーズ事務所のような『身内』と『外部』を明確に区分する組織は、身内にはものすごく厚い待遇の一方、いちど外に出ていくととても冷たいという一面もあります。メディアなど周囲との関係性も変化する。ジャニーさんとのつながりだけではなく、それらも(退所の)抑止力になっていたと考えられます。実際、退所後に地上波テレビをはじめとするジャニーズ在籍時の仕事を多く失うことは、新しい地図の3人が身をもって示しました」
「今後もそのリスクはあると思いますが、ジャニーさんへの恩義というハードルはなくなるのではないでしょうか。一段落してから何らかの決断をするタレントさんは出てくると予想されます。ジャニーさんと距離がある若い世代だと、もっと動きやすいでしょう。ジャニーズJr.のユニットLove-tuneの7人はデビュー前に全員退所し、5月から7ORDER projectとして活動を再開させました」
ジャニー氏亡き後、事務所や芸能界はどう変わるか
芸能界を取り巻く状況も、ここ20年で大きく変化した。インターネットが普及し、グローバル化も急速に進み、スマートフォン一つで世界中の音楽を楽しむことができるようになった。
日本で大きな帝国を築いたジャニーズ事務所は、アジアでも一定程度の人気を得た。しかし、インターネット戦略に消極的で、時代の変化に対応しきれていない側面もある。
SNSやウェブ媒体でジャニーズタレントの写真が”解禁”されたのは、たった1年半前だ。その後、ジャニーズJr.の公式YouTubeチャンネル開設、SHOWROOMとのバーチャルアイドルプロジェクトなどに乗り出したが、松谷氏は「今も恐る恐るやっている印象は否めない」と指摘する。
今はApple MusicやSpotifyなどのサブスクリプション(定額制)型音楽配信サイトが主流だ。しかし、楽曲のデジタル配信にも未だ舵を切っていない。
「ジャニーズとAKB48は2010年代の最大のプレーヤーでしたが、ともにパッケージ(CDと音楽DVD)中心の20世紀型ビジネスモデルに依存してきました。ジャニーズはファンを徹底的に囲い込んでCDを買わせ続け、AKBは握手券を付属させるかたちで無理にCDを延命させてきた。アメリカではパッケージの売上が全体の15%しかないのに、いまだに日本では70%を超えます。次にその割合が多いのはドイツの40%ほどで、明らかにいびつな状況です」
「音楽に限って言えば、今はまだジャニーズのCDは売れています。ただ、これが今後もずっと続くかというと、やはり難しいでしょう。今も続いているのは、すでにデビューしたグループのファンたちにCDを買う経験があるからです。これからデビューするグループのファンたちが、CDをちゃんと買ってくれるかはわからない」
「その当たり前の状況を理解しているから、滝沢秀明さんが手がけるSixTONESはYouTubeでミュージックビデオを発表しているのでしょう」。松谷氏はそう話す。
ジャニー氏「みんな、それぞれのやり方で考えていけばいい」
滝沢秀明氏は2018年にタッキー&翼を解散し、プロデュース業に専念するため芸能界を引退した。
2019年1月にはジャニーズJr.の育成を担う新会社「ジャニーズアイランド」の社長に就任。ジャニー氏の”後継者”として、SixTONESやSnow ManなどJr.の育成、舞台プロデュースに力を注いでいる。
「これから日本の国内マーケットはどんどん縮小し、グローバル展開をしなければ立ち行かなくなります。すでにそのシビアな現実に直面しつつありますが、(アメリカなどでも人気を獲得した)K-POPはここにくるまで10年以上かかった。一方で、ジャニーズは10年遅れている。滝沢さんがSixTONESのMVを公開したのは、彼自身に強い危機感があるからだと思います」
若手だけではなく、ベテラン世代にも変化の潮流は見えつつある。木村拓哉、山下智久の2人は2018年に中国版SNSの「Weibo(微博/ウェイボー)」を開始。山下は2019年5月に公式Instagramアカウントも開設した。
「既存のグループもどこかのタイミングでインターネットに適応することが求められてくるでしょう。いつストリーミングで配信するか、その決断がそう遠くない未来に求められてきます。グローバルに行われているビジネスモデルに、いつかは必ずジャニーズも適応しなければならない」
昭和と平成の時代を走り抜けてきたジャニーズは、絶対的なカリスマを失った今、大きな岐路に立たされたと言えるだろう。ジャニー喜多川氏という指針なしに、新しい時代を作っていかなければならない。
ジャニー氏は生前のインタビューで、ジャニーズ事務所の未来像についてこう述べていた。
「自分のやり方を代々続けさせようとは思わない。親の気持ちで教育することは大切だけど、そんな愚直なやり方は、僕らの年代だからできること。みんな、それぞれのやり方で考えていけばいい。ただ、楽しいことが大切なんですよ」(朝日新聞2017年1月24日朝刊)
メッセージを受け継いだ彼らはどう生きていくだろうか。その活躍に期待を込めるとともに、稀代のプロデューサーの冥福を祈りたい。
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《松谷創一郎氏プロフィール》