「もう、断崖絶壁に追い詰められているという思いです」
多くの人たちに、100年以上愛されてきた明治神宮外苑の4列いちょう並木。
中央大学研究開発機構の石川幹子教授(都市環境計画専門)は、このいちょう並木が再開発で危機的な状況にあると訴えている。
石川氏は8月15日、東京都庁で記者会見を開き、過去の保全事例の調査をもとに、このままではいちょう並木が取り返しのつかないダメージを被る可能性があると指摘した。
8メートルでは足りない。新宿御苑の調査からわかったこと
再開発では、現在の秩父宮ラグビー場の場所に、新しい神宮球場が建設される予定だ。
しかし新球場の外壁が、いちょうから8メートル弱と間近に迫る計画になっていて、地下構造部がいちょうの根を傷つける可能性があると指摘されてきた。
神宮外苑は、日本初の風致地区に指定された場所で、特に樹齢100年を超えるいちょう並木は、文化庁が2012年にまとめた「近代の庭園・公園等に関する調査研究報告書」で「重要事例」として特記されている。
これは「名勝としての指定または登録記念物としての登録の候補」であり、「重要事例」はその中でも、文化的景観など「名勝地以外の視点からの評価に基づき、保護措置を講ずることが適切な場合もあることを考慮する必要がある」とされている。
この外苑再開発では「いちょう並木を絶対に守る」ということが大前提になっている。構造物の建設により樹木がどのような影響を受けるかは、データがなく「不確実性」を検証することが困難だ。しかし石川氏は先行事例として、新宿御苑トンネルの建設時に保全された樹木を調査した。
新宿御苑の地下を走るこのトンネルは、御苑の森を守るため、1980年代に着工し1991年に開通。この時、トンネル上部近くに生えていた樹木の多くを移植した一方で、歴史的に重要な巨樹で移植が困難な樹木は、そのままの場所で保全したものもあった。
自身もこの保全活動に携わった石川氏は、過去の記録を参考に、トンネルからの距離と樹木の残存率を調査。
トンネルの壁面から15メートル以内で移植せずに保存した樹木のうち、残っていたのは33%にあたる31本。うち10メートル以内にあった樹木は、ほぼ残っていなかった。
その一方で、外苑にあるいちょうの母樹にあたる御苑の大いちょう並木(樹齢300年)については、トンネルから7メートルの位置にあったものは、生存が困難と判断し移植(2本)。およそ15メートルの位置にあった13本はトンネル建設後も順調に成長し、15メートル以遠のいちょうも含めて21本、すべて守られた。
石川氏は「この事例から少なくとも15メートル離す必要があることがわかった」と話す。
ただし、御苑の場合はトンネル上に深さ3.5メートルほどの表土があるが、外苑いちょう並木の場合は野球場の外野スタンドとなり、表土がない。降った雨の受け皿がないことを考えれば、いちょうの生育環境としては、現在よりも、遥かに劣悪になると指摘する。
こういった結果から、石川氏は、今の計画のままでは新球場の壁面から8メートルしか離れていない外苑いちょう並木は、樹勢が確実に衰えていくだろうと話す。
「(いちょう並木は)4列平等に成長するから美しいのですが、その本来の美しさは、今後、確実に維持できなくなると思います。歴史に責任を持つ必要があります」
環境影響評価審議会は「約束守らず」
このいちょう並木の保全をめぐり、8月16日には東京都の環境影響評価審議会が開かれた。
5月に開催された審議会では、事業者側がいちょう並木を確実に守れると保障するデータなどを提示できず、専門家の委員から計画の不確実性に対する疑念の声が相次いだ。
そのため、今回の審議会では、この疑念に対して具体的データを提示し、100年の歴史があるいちょう並木を100年後も守れるという確実な証拠を示すことが求められていた。
しかし石川氏は「その目的が、果たされなかった」と厳しく批判する。
16日の審議会で、事業者側は樹木医による根の調査の実施や、新球場の地下構造部の見直し、外壁の後退などを検討すると説明。改めていちょう並木を守ると強調した。さらに、樹木の伐採数を当初の約1000本から約550本に減らす新しい計画も提示した。
しかし石川氏は「伐採樹木の数、新植樹木、伐採した樹木をどう処分するか等は、論点ではなかった」と述べる。
「今回の審議会では、なんら新しいデータは提示されませんでした。樹木医の処方などは、どこでも行っていることで、今回は並木全体が問われています」
「(いちょう並木を守れるかどうかの)不確実性については、事業者が頑張りますと決意を述べるだけでは、答えにはなりません。審議会委員も『立派な決意で、評価できる』と述べていましたが、これでは審議会委員としての責務が果たされていません」
さらに、石川氏は、新宿御苑での調査結果は「100年を超える樹木をどうやったら守れるかについての歴史的事例」だ、と話す。
「この先例から事業者と委員の双方が学ばず、『不確実性』に対する担保がないまま計画を決定すれば、民主的判断の原則に反し、審議会が恣意的決定を行なったと批判されても言い訳はできません」
「不確実性をどうやってなくせるかを考えてもらうため、新宿御苑の事例を提示しましたが、もう一度審議会を開催し、明確な責任を果たすことを求めます」
石川氏は、外苑いちょう並木は文化庁が名勝候補としている場所であり、その重要性を認識すべきだとも強調する。
15日の会見では「文化庁が記念物にしなさいと10年前から認定している並木であり、保護されないのであれば、国レベルでの要請も検討する必要があるのではないか」とも訴えた。