人間ほどの大きさをしたインドの巨大ナマズから、アマゾン川流域に住むピラルクーまで……。イギリス人の生物学者・ジェレミー・ウェイドさん(63)は、世界中で怪物のように大きな魚たちを釣ってきた。
ウェイドさんが出演するテレビ番組「怪物魚を追え!」は、2009年から8年以上に渡ってディスカバリーチャンネルで放送。世界中で人気を集めていたが、今回、同局の新番組「ダーク・ウォーターズ」が8月15日から日本でスタートする。
なぜ巨大魚を釣るのか。ハフポスト日本版は、6月下旬に来日したウェイドさんにインタビューした。
■インドで受けたカルチャーショック
――釣りの魅力にはまった最初のきっかけは何ですか?
登山家が「なぜ山を登るのか?」と聞かれて、「そこに山があるから」と答える話がありますが、私の場合も全く同じです。「すぐ家のそばに川があったから、魚釣りを始めた」ということです。
私が生まれ育ったイギリス南東部のサフォーク州の村では基本的に、ある程度の年齢の男の子たちは誰もが釣り竿が渡されて「勝手に遊んできなさい」と言われるような環境でした。
とはいえ、私の家族には誰も釣りをする人がいなかったので、最初のうちは何も釣れなかったのですが、同級生が良い道具を貸してくれてから急に釣れるようになって、釣りの楽しさにハマっていきました。
――なぜ巨大で危険な魚に挑みたいと思うようになったのでしょう?
私自身、釣りをするときには孤独で静かな場所を好んでいました。しかし、どうしてもイギリスという小さな国では、そのような場所が限られています。実は20代前半の頃には、少し釣りに飽きてきていたんです。
そんなとき、インドの川に生息する魚についての記事が目に留まりました。そして、数年後にインドに釣りをするために訪れたんです。1982年、まだ私が20代中盤だったころです。
イギリスの魚とは、もちろん大きさも違いましたし、何よりも川の環境が全く違いましたね。やはり山からの水が多かったし、流れもイギリスより圧倒的に速かったです。
全く違う国で、全く違う環境の中に身を置くと心身ともに新しい方法を模索しなければいけません。そういう意味でも、より釣った後の充実感や気持ちの高まりを感じました。
――インドでの釣りでカルチャーショックを受けたことが、その後、世界中で釣りをするきっかけに?
それまでヨーロッパを数カ国旅行したことはありましたが、インドのような全く違う国に行ったのは初めてでした。「自分がこのような環境の中でも生き延びられる」という自信がついたんです。
その後、イギリスに戻った際に、インドでの釣り体験を寄稿して、雑誌の署名記事になりました。そのとき、自分が何をしたいかというのが全く分からなくて模索中でしたが、「もしかしたらこれが、自分の職業になる可能性もあるかも」という予感もありました。
当時は、世界各国の魚や釣りに関する情報がほとんど皆無だったので、そういう情報を届ければ需要があるかなと思ったのです。
――それで、トラベルライターを始めた?
すぐにトラベルライターになったわけではありません。海外遠征に行くためのお金が必要だったので、さまざまな職業をしながら1年に1回、もしくは2年に1回、世界のさまざまな国に行っていました。
■シーズン9で「これで、もう本当に限界」と感じた
――2009年からはディスカバリー・チャンネルでレギュラー番組「怪物魚を追え!」が始まりましたね。その経緯は?
ディスカバリー・チャンネルのイギリス版で、似たような番組を担当したのが、最初ですね。
まず1本目がアマゾン川。2本目がインドでの撮影でした。そのとき、インドで「川の中に棲む伝説的な生き物」の噂を聞きました。伝説的な人喰い魚が川に生息するというのは、全く釣りに興味がない方々にとっても関心を引く内容だと感じたんです。似たような題材が世界中にあるはずだと直感しました。
それでイギリスのさまざまな制作会社に売り込む中で、話に乗ってくれたアイコニックという制作会社と番組を続けてきました。
単発の1年間番組ということでスタートしましたが、すごく反響が大きくて、「似たような物語性の高いもの、秘境的なものはないか」とオファーがありました。
「もうこのようなものはない」というのが私の答えでした。でも、なんとか毎回、新しい題材を見つけて、長年支持される番組に成長しました。
――最終回が2017年の第9シーズンですね。終了した理由は?
実際の「怪物魚を追え!」のストーリーの展開は、サスペンスドラマ調になっています。まずは犯罪のシーンから始まり、そこから、どのようなことがあったのか、物語をひも解いていくというものです。
最後に、事件の原因をテレビカメラに納めます。「これが多分その要因です」と結論めいたものを出すわけです。しかし、そのような題材は徐々に少なくなってきました。
実際4年目のシーズン4で「もうそろそろ限界ではないか」と感じていたのが、さらに5年ほど続いたんです。それで、シーズン9になった時には「これで、もう本当に限界」ということで終わりにしました。
■釣りは「メンタルの勝負」
――新しく始まる「ダーク・ウォーターズ」は、「怪物魚を追え!」とは、また違った形になるのですか?
今回はドラマ仕立てというよりは、物語性を重要視しています。内容もホラーや人喰いというよりは、もう少し視野を広げています。「面白そうだな」「楽しそうだな」という題材を探求していきますね。
というのは、「怪物魚を追え!」の撮影の際に、現地の人々と交流を図り、いろんな情報を得ていましたが、番組のコンセプトに合わなくてボツになったものも多かったんです。そうしたネタを「ダーク・ウォーターズ」では、うまく活用することができました。
――「人魚を探す」という話もあるそうですね。
はい、その通りです。今回「ダーク・ウォーターズ」は、「怪物魚を追え!」と違って、負傷者が出たり、流血するような騒ぎがあったり…ということはなく、より楽しめるものになりました。エンタメ性が高まりましたね。
――何回も聞かれた質問だと思いますけど、これまでにジェレミーさんが釣った魚で最も印象的だった魚は何でしょう?
すごく難しい質問ですが、あえて挙げるならば、コンゴ川に生息するゴライアスタイガーフィッシュです。やはりとてもインパクトのある魚なのは間違いないし、実際釣れるかどうかも、ある種の賭けでした。イチかバチかの勝負に近い状況で行って、実際に魚を目の当たりにできたという点で、すごく印象に残る魚でしたね。
――そうやって巨大な魚や珍しい魚を釣ることは格闘技や、スポーツをする感覚と似ていますか?
もちろん肉体的な面での挑戦もあります。釣りに関して、格闘という言葉を使う人も多いんですが、やはりメンタルの勝負だと思います。
実際に自分の体ほどの大きさの魚もいますが、それよりもお互いどのような形で攻防戦を繰り広げられるかというのが一番大きな要素です。
水中を見ながら釣りをするわけではないので、3Dでチェスの頭脳戦をやっているような雰囲気です。肉体と精神の両面において、やはりある意味、格闘ではありますね。
■怪物魚の探索を通して生態系が見えてくる
――釣った魚は基本的に、リリースで水に放していますが、その理由は?
まず一つ目の理由から話しましょう。人を襲う魚は実在しますが、人間が魚の聖域に入ってしまったのが原因です。多くの場合では、地元の人間が襲われるのではなく、観光客などの人が何の予備知識も情報もなく、そのような所に侵入したことが原因です。
魚の世界に土足で踏み込んでいってしまった人間に責任があるというニュアンスを、最後に魚をリリースするシーンに込めています。ただし、そういったメッセージを前面に出しすぎると、説教臭くなってしまうのでやんわりと伝えている感じですね。
そして、もう一つ、理由があります。私が釣る魚のほとんどは、いわゆる魚の中での1番、生態系のピラミッドの頂点にいるような魚なので、数も大変少ないんです。魚を捕獲すると、生態系が崩れることも考えられるのです。
――生態系のことを意識しながら釣っているんですね。
もちろん私も釣りを始めた頃から、リリースばかりしていたわけではありません。
さまざまな国に行くうちに気付いたのですが、川の水面を見ただけでは、魚がいるかどうかは全く分からないんですね。釣れた魚を見ることで、水の環境を判断することができる。
自分は幸いにも世界各国の川を見ることになりました。川が血管のようなものだと仮定した場合、私は川から採血をして、健康状態を見るような役割を担っています。
私が釣るような怪物魚がいる川の場合は、その生態系のピラミッドの下に、餌となるような中ぐらいの魚、そして小さな魚までの生態系が全てそろっているという証拠になるのです。だから、釣ったあとに怪物魚を川に戻すことは、生態系を守るためには必要不可欠です。
私自身が魚からメッセージをもらって、魚と対話をしていると言っても、過言ではありません。ただ、全く違う言語を話しているので、すぐに意思疎通ができたわけではなく、ちょっと時間がかかってしまいましたけどね。
■ジェレミー・ウェイドさんのプロフィール
イギリス出身の生物学者で、世界各国の怪物魚を捕獲する釣り師。恐竜のような魚が生息するとも言われるアマゾン川流域、殺人魚として恐れられる珍しい淡水ノコギリエイの棲むオーストラリアなど、伝説の怪物魚を追い求めて世界中を渡り歩く。
ディスカバリーチャンネルとアニマルプラネットで9シーズンにわたり放送された人気番組「怪物魚を追え!」のホストを長年務め、2019年開始の新番組「ダーク・ウォーターズ」にもホストとして出演している。