多様性への理解で遅れを取る日本。子どもには何を残すか?
新型コロナで世界中が対策に追われる中、時をほとんど同じくして活性化したのが、「ブラック・ライブズ・マター」だ。以前より存在するこの運動だが、コロナ禍で過熱化した理由の一つに、「新型コロナ」を前に人種間の経済格差、教育・健康の格差がさらに拡大し、それが「命の格差」としてくっきりと浮き彫りになってしまったことが挙げられるだろう。
こうした情勢を受け、教育コンテンツを表彰する国際的なアワード「日本賞」には、人種差別、ジェンダーステレオタイプ、ルッキズムなど、多様性の大切さを訴える作品が多く集まった。
多様性において、日本では、2019年の「ジェンダーギャップ指数」で先進国最下位を記録したり、LGBTについての議論が政治や教育などの場でまだまだ避けられる傾向にあったりするなど、世界のスタンダードから大きく遅れをとっている感が否めない。
世界では、子どもたちに多様性をどう伝えているのだろうか。教育コンテンツから、日本は何を学ぶべきなのか。イギリス、オーストラリア、コロンビア、オランダの作品から、そのヒントが見つかるかもしれない。
差別意識はない、と言い切ることの危うさ(イギリス)
自分では「差別意識をもっていない」と思っていても、無意識のうちに自分とは異なるものや人に、抵抗感を示すことがある。それを「無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)」と呼ぶ。
イギリスからは、多種多様な生徒たちが集うロンドン南部の中学校を舞台に、子どもたちに潜在する「アンコンシャスバイアス」に踏み込むドキュメンタリー『The School That Tried To End Racism』を紹介する。
アジア系にアフリカ系、ヒスパニックに白人と、多種多様な人種が肩を並べるだけに、子どもたちは、「私たちの間に人種差別はない」と自負する。しかし、あるテストによって、「なんとなく白人のほうが好き」という「アンコンシャスバイアス」が存在することがわかった。生徒たちは戸惑いを隠せない。
このバイアスが彼らの成長にどう影響するのか、また、取り去ることはできるのか。専門家の指導の下、生徒たちは3週間のプログラムに挑戦する。
この取り組みの素晴らしい点は、「アイデンティティ」を科学的データで検証することだ。番組の中の授業で先生が子どもたちに伝えたのは、私たち人間のDNAはなんと、99.9%が一致するのだということ。たった0.1%の違いで、こんなにも多人種間の問題が生じていることに、子どもたち自身も驚いていた。
日本の教育機関では、このイギリスの学校ほど多様な民族が顔を揃えることは少ないかもしれない。それでも、人間は「人種」というトピック以外でも自分と違うことにおびえる傾向があると自覚するために、このプログラムは意義があるはずだ。日本においても、実は親のルーツが外国にある子ども、セクシュアリティの悩みを抱える子ども、容姿にコンプレックスを持つ子どもなど、さまざまだ。
99.9%はみんな同じなのだから、0.1%ぐらい、人と違ってもいい。このことに子ども時代から気が付けたら、他者だけでなく、自分をも理解できるのではないか。
“みんな違ってみんないい”なんて口先のセリフでごまかすのではなく、科学的データと行動療法をもって子どもたちの心に介入する取り組みに、今後の可能性を感じた。
同性愛は「悪い」こと?子どもたちが自ら考え、答えを紡ぐ(コロンビア)
コロンビアからは、セクシュアリティをテーマに、子どもたちに考えさせ、意見を述べてもらう番組『What would you do?』を紹介。
コロンビアの子どもたちがそれぞれタブレットでアニメーションを視聴。そこには、主人公のダミアンと、ダミアンの親友マーチンが登場する。ダミアンの両親は、親友マーチンの両親が同性カップルと知り、怒って友達づきあいをやめるよう忠告。ダミアンが画面の向こう側に向かって「そんな時、君ならどうする?」と問いかける。
「まず両親と話をして、マーチンは悪くないことを伝えるべき」という子がいれば、「世界には多様な人が存在するのだから、そのことをダミアンの両親も理解すべき」と回答する子がいたり、受け取り方や解決方法はそれぞれ。
中には、宗教的な理由から「両親の意見を尊重すべき」という子も。コロンビアでは国民の多くがカトリック教徒であるため、そのあたりも教育や意思決定に影響する。
このようにさまざまな意見がある中で、番組を見た子どもたちが自分の頭で考え、それぞれの答えを導き出せるような構成になっている。大人は一切介入せず、台本も存在しない。自分自身の言葉を紡ぐ子どもたちの様子が印象的だ。
「本当の自分」を貫くことはこんなにも難しい。トランスジェンダー俳優が示す(オーストラリア)
オーストラリアからは、心の性である「女性」として生きる道を選んだ子どもの葛藤と勇気を描くドラマ『First Day』を紹介する。
中学への進学を期に、トランスジェンダーのハナーは、「女性」として新たな一歩を踏み出すことを決める。強い決意で女子の制服を身にまとうものの、女子トイレを使わせてくれない学校や、男の子だったころをからかういじめっこなど、「本当の自分」を貫こうとするハナーに、世間は容赦ない。
ハナーを演じる俳優Evie Mcdonaldもトランスジェンダーで、脚本には彼女の経験も盛り込まれる。だからこそ、すべてのシーンにリアルさが立ち込める。悩み、苦しみ、もがきながらも「自分を貫きたい」と強く思う、ハナーの息吹が胸を揺さぶるのだ。
「私には関係ない」──そう感じる人もいるかもしれない。でも考えてみてほしい。わが子がセクシュアリティに悩む日が来るかもしれないこと、そして、子どもたち自身が様々なセクシュアリティをもつ人々に接する日がいつか必ず来ることを。
ハナーを通じて描かれるトランスジェンダーの日常、そして彼女の勇気が、私たちの未来にきっと役立つはずだ。
「子どもの幸福度」首位の国は日本と何が違うのか(オランダ)
ユニセフが発表する「子どもの幸福度」の首位の常連・オランダ(*)から、子どもたちとカリスマ美容師の本音トークが見どころな『Talking Heads』を紹介する。美容師に髪を切ってもらう間、子どもたちは、自分だけの “マイストーリー” を展開する。
精子提供者である父親に16歳になったら会えること、自分がトゥレット症であること、夢中になっているゲームのこと、大切な父親が病で倒れてしまったこと。とてもプライベートなことを抵抗なく語っていく。
学校や親だけでなく、社会全体が子どもたちを見守るオランダだからこそ、子どもたちはのびのびと秘密の話ができる。さらに、様々な家族の形を国が認め、応援しているからこそ、子どもたちは、「人と自分が違うこと」への理解が深い。学ぶというより、自然と身についた感覚があるように見て取れる。
国の教育方針を根っこから覆すのは難しくても、子どもたちと対話することは今からできる。「人とは違う、自分だけのストーリー」を、彼らから学んでみてはいかがだろうか。
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誰もが自分のアイデンティティを大事に、安心して暮らせる社会が、いつかやってくるのだろうか。子どもたちに新しい明日を示すためにも、海外の教育コンテンツから日本が、そして私たち大人が学ぶことは多いはずだ。
「日本賞」は世界中から優秀な教育コンテンツがエントリーされ、2020年10月1日に、ノミネート作品が発表された。11月5日に執り行われる授賞式で最優秀作品が発表される。
(執筆:伊藤ハルカ 編集:清藤千秋)
▼11/1〜11/5に日本賞で開催されたセッション、授賞式の様子はこちらから