乾癬(かんせん)という皮膚疾患患者さんの声から生まれたアパレルブランドがあります。
【乾癬とは】
乾癬は、いまだに根治療法が見つかっていない、慢性の皮膚疾患です。世界で約1億2,500万人、日本では約40〜60万人(※1、※2) の患者さんがいるとされ、日本では近年増加傾向にあります(※3)。
症状が見た目に現れることから、他人からの視線が気になるなど、患者さんにとって精神的な負荷が大きい疾患です。
症状によっていくつかの種類に分類されますが、特徴的な症状として皮膚が赤くなる「紅斑(こうはん)」、盛り上がる「浸潤(しんじゅん)」、細かいかさぶたのような「鱗屑(りんせつ)」、フケのようにボロボロとはがれ落ちる「落屑(らくせつ)」が見られます。また、関節が腫れたり痛んだりすることもあります。外敵から体を守る免疫作用の過剰な働きが主な原因で、感染する病気ではありません。遺伝や生活習慣など様々な理由によって発症すると考えられています。
乾癬の認知向上と患者さんの精神的負担を軽減するため、製薬会社のヤンセンファーマ株式会社は2019年、アパレル開発プロジェクト「FACT FASHION(ファクトファッション)」を立ち上げました。
プロジェクトの調査によると、乾癬の患者さんの約7割が衣服について悩みを抱えていることがわかりました(※4)。皮膚がフケのようにはがれ落ちる「落屑」が目立つので黒や紺といった濃い色の服を着られなかったり、皮膚と生地の接触による摩擦が刺激になり、皮膚に赤みやかゆみが起きたりなどの辛さを感じていたのです。
患者さんが快適に、そして着ていて楽しくなる服を作りたい。服作りに協力したのが、サザビーリーググループの株式会社MAISON SPECIAL(メゾンスペシャル)でした。MAISON SPECIALは原色を使ったデザインや特徴的なシルエットで、20~30代のファッション好きを中心に支持されているブランドです。
エッジの立った個性的なブランドがどんな服作りをしたのか、MAISON SPECIALのデザイナー頃安祐示氏と、PRを担当する玉井秀樹氏に聞きました。
乾癬患者さんの声に寄り添いながら、ファッションの楽しさを届けたい
━━非常に印象的なデザインのアイテムです。制作のポイントは?
頃安祐示さん(以下、頃安) 2020年のFACT FASHIONアイテムは機能性を重視したベーシックな服でしたが、今年はMAISON SPECIALらしさを強く出して、振り切りました。
例えば、ジャケットのバイカラーの切り替え部分には滑りの良いナイロン素材を使っています。これは乾癬の患者さんの悩みの一つである、皮膚がフケのようにはがれ落ちる鱗屑を服から落としやすくするためです。
一方で、切り替え部分を機能性だけではなく、「デザイン」として昇華させたかったんです。患者さんが求める機能があることはもちろん、デザインとしてもMAISON SPECIALらしいものを作ることで、乾癬を知らない、接点のない人にもこの服を「おしゃれだな」と思って手に取ってもらう。結果、衣服から乾癬を知る、認知を広げるのが狙いです。
玉井秀樹さん(以下、玉井) 服には乾癬について説明したタグもつけました。乾癬の患者さんだけではなく、ファッションが好きでたまらないという人にも着てほしいです。この服をきっかけに乾癬のことを知り、正しく理解するきっかけも作りたいと考えています。
━━「FACT FASHION」のオファーを受け、何を考えましたか?
玉井 我々は「格好いい」だけではなく、想いや意味のある服作りをしたいと考えています。以前から自閉症の方が描いたアートをプリントした服や、古着をリメイクした服などを発表してきました。
私には障がいのある姉がおり、靴の紐を結ぶのに苦労していたのを見てきたので、プロジェクトのミッションにはすごく共感しました。MAISON SPECIALらしさを大事にしたうえで、疾患の有無に関係なくファッションを楽しめる世界観を作りたいと思いました。
頃安 2022年2月発売の春夏のアイテムは「インサイドアウト」が一つのキーワードでした。例えば、ポケットの内側を外に出したり、裏地を外に出したり。滑りの良い生地を使うことで鱗屑が落ちやすくなり、デザインのポイントにもなっています。
━━デザインを追求した服作りと患者さんの声を両立させる。難しい部分もあったのでは?
玉井 患者さんたちにヒアリングをしながら服を作っていきましたが、症状に個人差もあり、気になる・気にならないという感覚も人それぞれで難しかったですね。ただ、一人でも気になる人がいたら、みんなが楽しめる服ではなくなるので、一つひとつ声を聞きながら工夫を重ねました。
例えばボタンです。乾癬は関節炎を発症しやすいと聞き、ヒアリングした声から「関節炎があっても留めやすいのでは」と、サンプルではドットボタン(ホック)を使用しました。でも、実際に患者さんに触ってもらうと「ドットボタンは力がいるので留めにくい」という声があり、穴に掛けて留める形のボタンに変えました。他にも患者さんとのコミュニケーションを通して、大きなポケットも中に鱗屑が溜まらないよう、下を開けるなどアップデートしました。
頃安 乾癬の患者さんのなかには、頭皮から白くかさぶたのように落ちる鱗屑が目立つから濃い色の服は避けるという人もいます。ですが、濃い色でも気にせずに着られるアイテムを作ろうという発想で、あえて黒のシャツを作りました。避けてきた色・形でも、ファッションを楽しんでほしいというメッセージを込めた、一歩前に進むことを後押しするような、チャレンジした要素もある服作りです。肌に触れる部分は柔らかい生地、素材は鱗屑が落ちやすいナイロン素材を使うなど、もちろん工夫もしています。
いわゆる誰にでも受け入れられるデザインではないので、当然、評価は分かれるだろうと思っていました。患者さんの反応がいいと言われた時はほっとしましたね。
━━どのように「FACT FASHION」を伝えていきますか?
玉井 まずは2022年2月4日から実店舗及びオンラインで販売を開始しています。店舗は乾癬を知らない人とのタッチポイントにもなるので、スタッフが乾癬や「FACT FASHION」のコンセプトについて説明できるようしっかりレクチャーしています。
今回の取り組みを知った同業者が「メゾン(MAISON SPECIAL )ってそこがおもしろいよね」と言ってくれるなど、反響はあります。これからもファッションの枠を超えることに挑戦し続けたいですね。
頃安 人が喜んでくれる服を作ることを、まず一番に考えています。機能だけではなく、患者さんにデザインも評価していただいたことは僕たちの自信になりました。患者さんからも「こういう服にもチャレンジしたいな」と思ってもらえたら嬉しいです。
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MAISON SPECIALによる商品開発で、新しい領域に挑戦した2年目の「FACT FASHION」。
乾癬患者さん、皮膚科医やアパレルメーカーと、関わるメンバーを広げながら、より多くの方に届けるべく、活動が続きます。
次回は、FACT FASHIONプロジェクトやその背景にある想いを、皮膚科医の立場からSNSで“優しい・易しい”医療の情報発信に取り組む近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授の大塚篤司先生、患者さんの立場から一般社団法人INSPIRE JAPAN WPD 乾癬啓発普及協会の山下織江氏、そしてMAISON SPECIALの玉井秀樹氏、それぞれの視点からお話いただく対談をお届けします。
(文:国分瑠衣子)