乾癬(かんせん)という皮膚疾患を伝えるために生まれたアパレルブランドがあります。乾癬の認知向上と患者さんの精神的負担を軽減するため、製薬会社のヤンセンファーマ株式会社は2019年、アパレルブランド「FACT FASHION(ファクトファッション)」を立ち上げました。乾癬患者さんの衣服に関する悩みを起点に、新しい衣服を作ることで、肌に悩みや疾患がある人も含めて、だれもが好きなファッションを楽しめる世の中を目指しています。
【乾癬とは】
乾癬は、いまだに根治療法が見つかっていない、慢性の皮膚疾患です。世界で約1億2,500万人、日本では約40〜60万人(※1、※2) の患者さんがいるとされ、日本では近年増加傾向にあります(※3)。
症状が見た目に現れることから、他人からの視線が気になるなど、患者さんにとって精神的な負荷が大きい疾患です。
症状によっていくつかの種類に分類されますが、特徴的な症状としては、皮膚が赤くなる「紅斑(こうはん)」、盛り上がる「浸潤(しんじゅん)」、細かいかさぶたのような「鱗屑(りんせつ)」、フケのようにボロボロとはがれ落ちる「落屑(らくせつ)」が見られます。
また、関節が腫れたり痛んだりすることもあります。外敵から体を守る免疫作用の過剰な働きが主な原因で、感染する病気ではありません。遺伝や生活習慣など様々な理由によって発症すると考えられています。
アパレル業界全体でも多様性のある服作りが少しずつ広がっています。『VOGUE GIRL』『Numéro TOKYO』などの雑誌編集者として、ファッションビジネスの最先端を見つめてきたファッションディレクターの軍地彩弓氏に業界の変化について聞きました。
「外より内側満たしたい」。Z世代の消費行動
━━コロナ禍で、ファッションを取り巻く環境が激変していると聞きます。
総務省の家計調査では2人以上の世帯のうち勤労者世帯で見ても、1世帯あたりの食料費や通信費といった支出は伸びている一方、衣料品は長期的に減少しています。2020年は前年比で約17%減っています(※4)。外出する機会の減少や、在宅勤務の拡大などが背景にあると考えられます。
新型コロナウイルス感染症の影響だけではなく、消費社会が飽和状態になったことも関係しています。私たちバブル世代は消費によって自己肯定してきた。でも『Z世代』といわれる15~24歳の若い世代は、モノが充足した時代に生まれたので消費にそれほど積極的ではありません。外側を飾るより、内側を満たすことに意識が向いていると感じます。
━━大手アパレルの店舗縮小や、ブランドの廃止が加速。ファッション業界に必要な変化は?
アパレルメーカーすべての業績が悪いわけではありません。商品管理やSNSを介した販売といったDXを進めてきたメーカーの業績は堅調で、コロナ禍前の2019年比で増収増益という企業もあります。
一方で、環境の変化に気付かず「沈みかけている船」に乗ったままの企業もある。アパレルメーカーは前のシーズンに売れた数をベースに次のシーズンの供給量を決めるケースが一般的ですが、今は気候変動や感染症など不確定要素が多い時代。こうした不確定要素を考えながらモノづくりをする必要があります。供給過多で余剰在庫を出してセールを乱発し、売れ残った服は廃棄処分にするという大きな課題を解決しなければなりません。
知られることの少なかった、乾癬患者さんが抱く「衣服への悩み」を起点に作った服
━━「FACT FASHION」は乾癬患者さんの声を起点に衣服を開発することで、多くの人にもストレスのない衣服になると考えています。ファッションビジネスの専門家としてどうご覧になりますか?
乾癬の患者さんは皮膚がフケのように剥がれ落ちる悩みを抱えている。開発した服は素材や色、フィジカルな部分への配慮はもちろんですが、患者さんの内面を癒やす力があると思います。服を着ることで楽しくなったり気分が上がったりといった気持ちです。外と中の両面からアプローチしている点が素晴らしいと思っています。
また、乾癬という、一般的にはまだ認知度が高くない疾患を抱える方の声に耳を傾けて作った服が、肌触りへの配慮や皮膚片が落ちやすい工夫など、結果として乾癬患者さん以外の多くの人にとって快適なものになるということもありますよね。
以前、筋ジストロフィーを発症し車いす生活を送る、山形バリアフリー観光ツアーセンター代表の加藤健一さんと対談したことがあります。加藤さんは東京のニットメーカーと共同で、脱ぎ着しやすく穿き心地の良いジーンズを開発しました。
完成したジーンズは股上の深さや縫い代の位置を考え、縫い目が肌にあたらず、軽くてストレッチを効かせるなど工夫しました。私も実際に穿いたのですが車いすユーザーのために作ったものが、結果としてハンデのない人たちも含めた誰にでも快適な良い製品になったのです。
人間らしい個性、ファッションで大事にしてほしい
━━ファッション業界で多様性がある服作りは進んでいる?
大量に作れば作るほど原価は下がります。具体的に挙げるとすればサイズの問題です。日本ではワンサイズやあってもS・M・Lの3つのサイズ展開が中心です。サイズが入らないからダイエットしたという経験はありませんか? 一方、米国はサイズが多様で0から20号以上まであります。人種や体型が多様なことを認める社会の表れでしょう。
でも最近は日本でも少しずつ多様性のある服作りが広がってきています。タレントの渡辺直美さんが立ち上げた「PUNYUS(プニュズ)」というブランドは、1から4そしてフリーまで揃え、体型に関係なく着ることができます。
身長155センチ以下の小柄な女性向けの服を揃える「COHINA(コヒナ)」というブランドもあります。インスタグラムのフォロワーは22万人を超えます。
メーカーはこれまで効率よく大量にリアル店舗で販売するために最大公約数のサイズやデザインしか作れなかった。でもデジタル化が広がり、企業が個人個人のニーズに合う服を小ロットでも売ることができるようになっています。
━━ファッションがもつ力は大きいと思います。その楽しさや魅力は?
台湾でファッションイベントを開いた時に、会場に来てくれた若い子たち200人ぐらいの一人一人に日本ブランドのアイテムをスタイリングしてあげる企画をしたんです。SHIBUYA109系のファッションが大好きだけど、着こなし方がわからないという子たちが多かった。私がコーディネートすると彼女たちの表情が一瞬で明るくなりました。内面を変えることは時間がかかるけれど、外見を変えることは一瞬ででき、それだけで気持ちが明るくなることもあります。それこそがファッションのもつ魅力だと思っています。
おしゃれはお金がかかるという人もいますが、今はメルカリなどリユース市場が拡大し、低価格でもかわいい服を見付けることができます。
私は女性誌の編集者として、女の子たちがファッションを楽しんで、可愛くなることを楽しんで欲しいという思いで仕事を続けてきました。AI(人工知能)と生身の人間との境界が曖昧になっている時代だからこそファッションで人間らしい個性を大切にしてほしいと思っています。
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乾癬患者さんのなかには、症状によって思うように好きな服を着られない、おしゃれをしても「皮膚片が落ちていないか、血が滲んでいないか」と落ち着かない気持ちで過ごす方も少なくありません。こういった患者さんの声から生まれた「FACT FASHION」を通して、衣服に対する課題が少しでも軽減され、ファッション、引いては日常への前向きな気持ちへと繋がっていくことを目指しています。
次回は、2022年2月に発売を開始する新たな「FACT FASHION」のアイテムを手掛けたアパレルブランド MAISON SPECIALにお話を伺います。患者さんとのやり取りを通して作っていく「FACT FASHION」ならではの課題や、衣服に込めた想いをお話いただきます。
(文:国分瑠衣子)