乾癬(かんせん)という疾患を知っていますか。皮膚の一部が赤くカサカサになり、細かいかさぶたのような鱗屑(りんせつ)や落屑(らくせつ)と呼ばれる皮膚片がポロポロ落ちてきます。人にうつる疾患ではありませんが、症状やその見た目から、誤解や偏見に悩む患者さんもいます。
そして乾癬患者さんが抱える大きな悩みの1つが衣服の問題です。濃い色の服を着ると白い鱗屑が目立ってしまう、布地によっては皮膚と擦れると乾癬が悪化し出血してしまう…。着たい服を着られずに、おしゃれすることをあきらめてしまう人たちもいます。
乾癬という疾患を多くの人に知ってもらい、患者さんの悩みに寄り添いたい。ヤンセンファーマ株式会社は、2019年にあるプロジェクトを立ち上げました。それが「FACT FASHION(ファクト ファッション)」です。
乾癬の悩みを少しでも軽減するような機能も備え、安心して服を着ることができ、見た目もおしゃれな服を作る。多くの人がこのプロジェクトに賛同し、完成した洋服には大きな反響がありました。洋服ができるまで、そしてこれからのストーリーを2回に分けて紹介します。
「やっと着られた…」ネイビーのジャケット
ジャケットに袖を通すと柔らかな生地が体を包みました。昨年11月、都内で行われた「FACT FASHION」の完成イベント。乾癬患者さんである山下織江さんはネイビーのジャケットを選び、着てみました。
ジャケットはよく見ると、細かいところに数々の“仕掛け”があることが分かります。肩にはツルツルした滑りの良い生地を使っています。肩に落ちた鱗屑がたまらないようにするためです。
「これまで暗い色は避けていたから嬉しかった。着心地もいいし安心して着られます」
山下さんが乾癬を発症したのは中学生の時です。頭皮に乾癬ができ「山のようになるぐらいの」鱗屑が肩に落ちてきました。ネイビーの制服を着ることがつらく、常に鱗屑が落ちていないか心配で、友達に肩に手を置かれると動揺する日々でした。おしゃれが好きな姉2人と比較し、「私はおしゃれはできないんだ」と、ファッションに対して消極的になっていったと言います。
「どうしたら肌を隠せるのか、負担がかからないかという消去法で服を選んでいたので、こんなにファッションを楽しめる服があるということに驚きました」(山下さん)。
発症したら早期に治療する必要がある
乾癬とはどのような疾患なのでしょうか。NTT東日本関東病院皮膚科の五十嵐敦之先生は「皮膚が一部赤くカサカサになってしまい、鱗屑や落屑と呼ばれる皮膚片がフケのように落ちる。生活の質を阻害する疾患です」と説明します。
「重症の乾癬患者さんには心筋梗塞のリスク因子があることが分かっています。また、糖尿病や高脂血症など生活習慣病ともリンクしています。発症したら早期に治療する必要があるのです」
五十嵐先生はまた、「症状が出て皮膚科に行っても脂漏性湿疹と間違えられるケースはあります。ただ、最初は頭に乾癬ができて、肘や膝に広がり、乾癬という診断がつくことも。定期的な受診が大切です」と話します。
治療方法はあるのでしょうか。「新しい治療薬が出てきて、乾癬の治療は大きく変わりました。近年は治療の選択肢が増えています」(五十嵐先生)。
これまでにない、患者さんの課題解決を目指す
ヤンセンファーマが「FACT FASHIONプロジェクト」を立ち上げたのは2019年。チームの大きなゴールは、「乾癬という疾患について多くの人に知ってもらい、疾患に対する誤解や偏見をなくす」でした。
同社は2018年には乾癬とアートを組み合わせたイベント「ふれられなかったにんげんもよう展」を東京都内で開催。今までにないアプローチでの疾患啓発に、大きな反響がありました。
さらに患者さんが抱える課題について調査したところ、患者さんの約7割が衣服にストレスを抱え、治療意欲にも影響があることが分かったのです。
ただ、製薬会社であるヤンセンファーマが服作りをすることは難しい。アパレル企業に企画を持ち込み、サザビーリーググループの株式会社MAISON SPECIALの協力のもと、乾癬の患者会の皆さんと一緒に衣服ブランド「FACT FASHION」を立ち上げました。
日常で困っていることを徹底的にヒアリング
2020年の服の企画、デザインを担当したのは都内でアパレルの企画会社を経営する大仲正浩氏です。アパレル業界の経験が長い大仲氏は、服の企画からデザインまで幅広く手掛けています。
大仲氏は「声を掛けていただき、最初はプレッシャーを感じました。えらいことになったと」と話します。
大仲氏はまず、乾癬の患者会の皆さんから日常でどんなことに困っているのかをヒアリングしながらデザインを作り込みました。
「シャツの袖口やズボンの裾から鱗屑が落ちてくる」
「ベルトやボタンで肌が擦れて悪化する」
「軟膏をつけた後、生地に油分が残り、洗濯しても落とし切れないことがある」――。
患者さんが洋服について多くの悩みを抱えていることに驚いたといいます。
「機能だけではなくデザインもこだわりたい」。仕事で取引がある国内の縫製工場の協力も得て、1年ほどかけて服を完成させました。
完成したジャケットは、ウール(羊毛)100%に見えますが、綿とポリエステルを混合した起毛素材を使っています。「ウールを着たいけれど、かゆくなるのであきらめている」という患者さんの声を叶えた一着です。
もう1つ、ボタンホールの裏には襟や肩の部分と同じポリエステル素材を使い、ボタンを外す時に滑りやすいようにしました。
乾癬患者さんは、関節炎を患う事もあるからです。「試作品を着てもらった時に、患者さんから『関節炎があり、ボタンの開け閉めに苦労している』という声があり、改良しました」(大仲さん)。
シャツは、首元が擦れないように、衿の高さを一般的なものより低くコンパクトに。袖口から鱗屑が落ちないように袖口の締め具合を2段階で調整できるアジャストボタンも付けました。
こうして2020年秋、「患者さんの悩みに寄り添う服」が完成しました。新作発表後のポップアップストアで、大仲さんは患者さんから直接お礼の言葉をかけられたことが本当に嬉しかったといいます。「患者さんとコミュニケーションをとりながら服作りをすることで、どんな機能を持たせたらよいかが明確になっていった。今後の服作りに生かしたい」
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次回は、「FACT FASHION」の服作りに関わった患者会の方々がそれぞれ抱いていた衣服の課題やプロジェクトへの想い、このプロジェクトが目指す「FACT FASHIONがいらなくなる未来」についてお届します。
(文:国分瑠衣子)