ベイルート -- 2014年9月、私はこう書いた。「ダーイシュ(イスラム国)の行動は、行き当たりばったりではない。むしろ、すべて綿密な計画と意図にのっとったものだ。ダーイシュが作成した地図には、征服をもくろむ領域を示したすべての油井が入念に記されている。その地図は2006年に作られたものだ。イラク第2の都市モスルを奪う戦略は2年以上かけて練りあげられていた」。ヨルダン人パイロットのモアズ・カサースベ中尉は、檻に入れられたまま焼殺されるという残忍な方法で犠牲となったが、これもまた、彼の殺害方法がヨルダン人や西欧諸国に対し心理面でどのような影響を与えるか、ダーイシュは完全に理解した上で実行したのだろう。これは非常に意図的な行動であり、その残酷な行為は衝動的なものではない。事件自体の背後にあるもの、またその背景を超えたところにあるのは何なのか、それを理解することが重要だ。
2014年、レバノンの「アル・アクバル」紙に掲載されたダーイシュに関する記事を引用した時にも説明したが、ハディース(預言者ムハンマドの言行録)によると、ビザンチウム(現在のイスタンブール。かつての東ローマ帝国の首都)の住民がアマク(トルコ南部)またはダビク(アレッポの北に位置するシリアの村落)に到着しなければ、信者に「長く待たれた(復活の)時」は訪れない。実際に今日、現代の世界で起きていることを見ても明らかなように、救済の到来を予感させる前兆がみられるという信念が、中東の異なる宗派間(キリスト教も含む)で広い範囲にわたり存在する。ダーイシュの支持者は、預言者が発したダビクに関する言葉を、「西の十字軍」とイスラムとの間で聖戦(ジハード)が起こるという意味にとらえている。そしてこの聖戦は、ダーイシュによるヒラーファ(カリフ)の宣言によって目前に迫っているとされている。
ダーイシュにとって、「ビザンチウム」は今日の「西の十字軍」とその信奉者を意味する。ダーイシュの戦闘員は、この偉大な「十字架の戦い」がシリア国内で「十字軍」が彼らを襲来することをきっかけに展開すると主張する。そして最終的には、イスラムの軍隊は予言通り聖戦に勝利し、救世主の到来がそれに続くとしている。
ダーイシュの行動は常に意図的である
イスラム国は、このハディースをそっくりそのまま受け入れる。つまり、これはコーランの予言であり、彼らはその通りのことが実現することを望んでいる。そして仮にその通りのことが起これば、ダーイシュが世界の終わりに立つ真のカリフであること、また長く待ち望まれた世界の救済を、ハディースが世界に示すことになるだろうと彼らは考えている。しかしこの予言が実現するには、ダーイシュにとって十字軍(つまりアメリカ軍や連合軍)が地上戦に応じ、またダーイシュの宗教的な指導書が正しいという「証拠」として彼らが明らかに敗北することが必要となる。そのため後者の実現には、それほど打撃をうけることなく連合軍による空からの攻撃を切り抜けなくてはならない(まずは空襲は効果がないことを示すためだ)。そして次に、西側諸国が地上戦に踏み切るしかないような状況を作り出す必要がある。(2006年、レバノン南部に対するイスラエルの空爆では、ヒズボラも同様に地下40メートルにもおよぶ深さに陣地を構えた。ヒズボラが地下から出てきたのはイスラエルへのロケット弾攻撃を継続する時のみであり、とうとうイスラエルは軍をレバノン南部に侵攻させて攻撃を抑えるしかないと判断した。しかし地上戦に踏み切ったことで、必然的にイスラエル人は深刻な被害を受けた)。
オバマ大統領は議会で、アメリカの地上部隊をイラクやシリアに限定的に展開させるという内容の要求を行っている。これはダーイシュの戦略が少なくとも部分的に成功したことを意味する
オバマ大統領は議会で、アメリカの地上部隊をイラクやシリアに限定的に展開させるという内容の要求を行っている。これはダーイシュの戦略が少なくとも部分的に成功したことを意味する。慎重に、劇的効果を狙って撮影されたヨルダン人パイロットを殺害した恐怖の映像も、まさにこのような反応を導きだすためであった。
ダーイシュはこのような計画的な挑発を行う当初から、アメリカ軍による空襲はダーイシュの敗北にはつながらないと一貫して主張してきた(またこれまでのところ間違ってはいない)。彼らはむしろその逆だと主張している。アル・アクバル紙とのインタビューでダーイシュ側の情報筋は、「十字軍がどうすることもできないレジスタンスの戦略について語り、ダーイシュがほんの一握りでも存続し、[空からの]攻撃後も生き残るということが明らかな勝利を意味する[としている]」。アル・アクバル紙によると、この見解は「ダーイシュの戦闘員の大半に共有されている」という。アル・アクバル紙は「彼らは、『40か国もの同盟に抵抗し、[ダーイシュが]徹底的に打ち負かされることはない。それは残りの世界にとって、神聖な力が彼らを支持していることを意味する』と信じている」と伝えている。
なぜヨルダンが標的に?
こうしてダーイシュは、アメリカ人が地上戦に踏み切るようオバマ大統領を駆り立てただけでなく、パイロットを殺害することでヨルダンも刺激しダーイシュを攻撃するよう仕向けた。後者に視点を置くと、ダーイシュはこのことにより、ヨルダンは十字軍の枠でいう前線をやや超えた存在であり、事実上の十字軍国家であるという証拠を手に入れた。さらに、サウジアラビアの記者の中でも著名な評論家たちは、「非公開で協議された[らしい]内容、つまりシリア領域内でヨルダン軍によるダーイシュへの[地上]作戦」を強く求めている。これが実行に移された場合、多くのイスラム教徒の目には、ダビクの予言がさらなる信憑性をもって映るだろう。しかしヨルダン人に対する挑発の2番目の理由は、ヨルダン国内の対立と市民の騒動という潜在的な弱みにある。ダーイシュはまさにその名称(大シリアのイスラム国(Islamic State In As-Sham)または「大シリア(Greater Syria)」)が示す通り、ヨルダンがカリフの一部であると明らかに主張している(ヨルダンはもともとは大シリアの一部であった)。
カサースベ中尉の残酷な死は、典型的な革命的対立戦略である。「当局」を怒りに追い込み、ダーイシュ支持者に対する高圧的な過剰反応を誘発することで、単なる支持者であった消極的な人たちを徹底した反乱者へと一変させる」。
ダーイシュの構成員の中でもヨルダン人は3番目に多く、現在では3000人を超えると推定されている。イラク戦争が起きるかなり前から、ダーイシュに加わる人間は、主に困窮するアンマンの効外工業地出身であった。「イラクのアルカイダ」(AQI)の最高指導者だったアブ・ムサブ・アル・ザルカウィもここの出身だが、彼の名前はまさにアンマンのこの苦境地帯からくる(すべてを失った地方の貧困者はザルカーに集まった)。ヨルダン人はまた、スンニ派過激組織「ヌスラ戦線」の大半も占めている。ダーイシュの広報誌「ダビク」の初版では、ダーイシュの道を切り開いたのはザルカウィであることが強く主張されている。アブ・バクル・アル・バグダディ(現在カリフ[指導者]を自称している)は、「イスラム国」(Islamic State)の建設にあたり、ザルカウィやアブ・ウマル・アル・バグダディ(アブ・バクルの前任者)の影響を受けている。
カサースベ中尉の残酷な死はもちろん、典型的な革命的対立戦略である。「当局」を怒りに追い込み、ヨルダンに多数いるダーイシュ支持者に対する高圧的な過剰反応を誘発する。これにより単なる支持者であった消極的な人たちを徹底した反乱者へと一変させる。こうしてダーイシュはヨルダン内部を刺激したことになる。
しかし、他にもう1つ重要な側面もある。それはダーイシュが現在の戦闘地帯の付属的な領地としてヨルダンを刺激することよりも重要なことだ。これは以前から常にダーイシュの戦略に含まれてきた。
ダーイシュは、多くの点でアルカイダとは異なるが、特に戦闘の優先順位に違いがある。ダーイシュの兵士が従う掟によると、「近くの『背信者』との戦いは、[イスラエルや西側諸国といった]遠くの異教徒を倒すことよりも重要である」。つまり、ヨルダンの「背信者」を打ち負かすことで、ダーイシュは「遠くの異教徒」に立ち向かうことになるかもしれない段階へと一歩近づくことになる。
一方、アルカイダでは戦闘の優先順位がこれとは逆である。ダーイシュの指導層は、カリフであるアブ・バクル主導の「棄教の戦い」(CE 632-3)によりこれを正当化している(預言者ムハンマドの死を受けて教えを放棄したイスラム教徒、またカリフを批判する者や反対する者が対象だ)。
端的にいうと、ダーイシュを含むワッハーブ派の大半は、「シーア派の方がユダヤ教徒よりも危険である』と信じている。聖戦士のなかには、その行為が一時的な都合に合わせたものであるにも関わらず、イスラエルとの協力を望む者もいる。そしてイスラエルが聖戦を実行する者との協力を望む口実にもなる。
また、ダーイシュからすると、一時的に好都合である。アル・アクバル紙のラドワン・モルタダ氏は「実際に、パレスチナの解放は、周囲の国家にカリフを擁立しない限り無意味であると彼らは信じています。イスラム国との関係がある情報筋がアル・アクバル紙に対し、『パレスチナを解放する最後の戦いはカリフが主導し、それに先立ち、[大シリア]にこの国家が樹立される』と語っていますが、これは預言者ムハンマドの言行録に基づきます。またこの情報筋は『アッラーのみが、カリフの兵士が必要な段階をとばしてパレスチナのユダヤ教徒と戦うことをどれだけ切望しているかを知っている。その時期が来る前に何かを成そうと急ぐ者は、それを否定されることで罰を受けるだろう』と付け加えています」と伝えている。
モルタダ氏は同じ記事で、別の聖戦士の主張として次のような言葉を引用している。
「イスラエルとの戦いは、[直接]国境を超えることでのみ開始される」。この聖戦士は皮肉を込めて次のようにつけ加えた。「確かに、ムジャヒディンがイスラエルを空爆することはできない。ダーイシュはまだイスラエルにたどり着かない。ヨルダンやシリア南部(ゴランやクネイトラ)に達すれば話は別だ。
イスラエルとより大きな地域的関係
ヨルダン人パイロットが犠牲になった2つ目の側面として、ヨルダンをカリフに抱き込むための戦略的意図がある。
あるレベルでは、怒りにまかせた行為を通じてヨルダンが不安定になった。しかしダーイシュの行為は政治的なレベルでも、ヨルダンの政治情勢に固有の政治的矛盾を悪化させることになった。
一方では(特に発生当初)、ヨルダンはつとめてシリアの紛争からは距離をおいたと主張している。隣接する大国シリアとの間には長い歴史があり、シリアはこの紛争で受けた打撃を忘れることも許すこともないだろう。ヨルダンの指導者らもまた、自国が勢いづいたイスラム過激派による影響を受けたこと過去に認めている。
しかしもう一方では、ヨルダンは財政面で苦しんできており(そして現在も苦しんでいる)、サウジアラビアやアメリカの支援を求めなければならなかった。そのような圧力の中、ヨルダンはサウジアラビア・イスラエル・アメリカの同盟に巻き込まれ、有志連合に参加することとなった。例えば、シリアの聖戦士に対抗する勢力が現在シリア南部に「侵攻」している。彼らは表向き(イスラエルが後押しする)ジャバト・アル=ヌスラ( Jabhat An-Nusra、シリアで展開するアルカイダの公式部隊)と緊密に協力するイスラム軍(Jaish al-Islam、いわゆる「穏健派」とされているサウジアラビアのサラフィー・ジハード主義者)が先導している。しかし、ヨルダンのアブドラ国王がこういった圧力に抵抗した様子はほとんどなく、どちらかというとその逆である。そしてカサースベ中尉に対する残虐的な殺害があった今、「Slate」のジョシュア・キーティング氏の記述にあるように、イラクやシリアのダーイシュに対し、「パイロットの殺害を受け、アメリカはヨルダンにさらなる復讐を企ててほしいと強く望んでおり」、また「新たに10億ドルの援助計画」を「さらなる誘引材料」として申し出ているという。
ヨルダンはこの連携により、君主政治に対して蜂起する国内の聖戦士を呼び集め、さらにダーイシュとイスラエルを近づけるという道をたどることになるかもしれない。
この情勢には、明らかに矛盾がある。ヨルダンには、シリア政府と和解のない敵対関係となる余裕はない。しかしそれでもなお、ヨルダンはサウジアラビアやイスラエルとの提携をますます深めている。アル=ヌスラに対する支援などがこれにあたる。イスラエルとヨルダンは、両国の境界にある三角地帯で、アル=ヌスラやイスラム軍戦闘員に対して火砲やロケット兵器による援護射撃を提供してきた。サウジアラビアとイスラエルは今もなお、シリア政府に対して強烈な一撃を加えようと狙っている(イスラエルはサウジアラビアとの戦略的提携を第一に考え優先してきた)。
ヨルダンは事実上ダーイシュとの戦いに乗り出したが、その一方、アルカイダ(アル=ヌスラ)を含む多数のサラフィー・ジハード主義者とも行動を共にしてきた。ヨルダンが戦いに加わったことを、他のアラブ諸国が同様の動きをとる潜在的なきっかけとみる者もいる。しかし、ヨルダンのこういった矛盾をダーイシュが効果的に刺激し、内部対立に火をつけたとも言える。ヨルダンはこの連携により、君主政治に対して蜂起する国内の聖戦士を呼び集め、さらにダーイシュとイスラエルを近づけるという道をたどることになるかもしれない。
一歩引くことで、まったく異なる別々の2つの事象の組み合わせが地域全体、つまりレバノン南部のリタニ川の南からゴランやクネイトラ、そして今度はヨルダンから紅海までを、混乱や対立の可能性がある状態におとしいれた様子を目にすることができる。イスラエルがヒズボラの戦闘員と一緒にイラン軍司令官を殺害したことにより、北部では新たな状況が生じた。ヒズボラは、イスラエルとの間で交わした、レバノン南部での限定的な応戦という、戦闘の軍事面での制限を定めた「戦闘に関する規定」はもはや終わったとした。イスラエルによるシリアでの暗殺を受けて、レバノン南部から占領されたゴラン地帯におよぶ事実上の「戦線」が張られた。ヒズボラのサイイド・ハサン・ナスルッラーフ議長は、これを発表した演説で、各地域はそれぞれの問題に追われイスラエルに割く時間がなく長い間活動を休止してきたが、もはやそれも終わり、イスラエルは再び監視の対象となると事実上宣言した。
サウジアラビアとイスラエルは、ヨルダンをダーイシュとの戦いに巻き込んだことに対して相当な責任を負う。両国はヨルダンをシリア問題で追い込み、隣国シリアの政府打倒という目的に王国をますます巻き込んでいった。こういった行為の最終的な予期せぬ結果として、より広範囲におよぶ、そしてイスラエル国境に位置する中東区域は、大シリアのカリフを統合する役目を果たすと同時に、それに続くイスラエルに対する攻撃の基盤を築くこととなる。これはまさに、ダーイシュの指導者層が意図したことだ。
このブログはハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。
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