石破 茂 です。
一昨日は終戦記念日、天皇皇后両陛下ご臨席の下、日本武道館で開催された全国戦没者追悼式に出席して参りました。今上陛下の御臨席はこれで最後となります。誠に感慨深いものがありました。
終戦の日、とはいつなのか。8月15日は陛下の玉音放送により「戦闘が終結した日」なのであって、戦争が終わったのは東京湾上の米戦艦ミズーリ号艦上で降伏文書に調印がなされた9月2日であるとする色摩力夫氏の指摘は実に示唆に富んだものです(「日本人はなぜ終戦の日付を間違えたのか 8月15日と9月2日の間の計り知れない断層」黙出版)。
昭和30年、亡父石破二朗が建設事務次官当時、文書課長が挨拶文の決裁を求めた際、「終戦後ここに○○年」とあったのを見た時のことを当時文書課長であった前田光嘉氏(元建設事務次官・故人)は次のように書いておられます。
「文書課長、終戦とはどういうことだね」。私は次官の真意を測りかねて、「戦争が終わったから終戦と言うのではないでしょうか」次官の顔色がさっと変わった。「だから君たちは駄目だと云うんだ。我が国は戦争に敗けたのではなかったのか。ポツダム宣言を受諾して日本は無条件降伏をしたのだ。これを敗戦と云わないで終戦などと分かったような、分からないようなことを云うから、事の本質を見失うんだ」(回想録石破二朗追想篇)
「撤退」を「転進」と言い、「占領軍」を「進駐軍」と言うなど、日本語を微妙に使い分けることによって物事の本質を曖昧にしてきたことは否めません。「第二次世界大戦の戦勝国連合」であるUnited Nationsを「国際連合」と、「交戦国・交戦団体に認められる権利であり、交戦の際のルール」であるBelligerent Rightsを「交戦権」と訳したことによって、どれほど本質が見失われ、日本人の思考を曖昧にしてしまったことか。
本日、総裁選に向けた憲法についての記者会見を行いながら、つくづくとそう思ったことでした。
少し涼しさも感じられた週末の都心でした。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。
(2018年8月17日「石破茂オフィシャルブログ」より転載)