「存在しない」とされていた自衛隊イラク派遣の日報が防衛省内で見つかった問題で、防衛省は4月16日に435日分(2004年1月20日~2006年9月6日)の日報を公表した。
ページ数にして計1万4929ページ。陸上自衛隊が作成した膨大な記録には、「銃撃戦」「英軍に武装勢力が射撃し、戦闘が拡大」などの記述をはじめ、陸自の車列が爆弾で被害に遭った様子など、派遣地サマワ周辺の厳しい治安情勢が記されていた。
政府はこれまで、自衛隊の活動範囲を「非戦闘地域」としてきた。ところが、その説明が現実と乖離していたのではないか――。そんな疑問が浮かび上がってきた。
一方で、日報の中には「バグダッド日誌」などと題して、現地の隊員が日々の生活を綴ったエッセイのような記述も含まれていた。そこには、自衛隊員の「日常」が描かれていた。
相容れない温度感の記述内容が混在したイラク日報、そこから見えてくる「現実」とは――。
<2005年>
■6月23日
●陸自車列付近における爆発事案について
・状況:復興支援現場に向かう途中の陸自車列(4両:軽装甲機動車・高機動車・高機動車・軽装甲機動車)が西から東へ走行中、3両目右前方付近で爆発
・被害:人員・武器:異常なし
車両:3両目フロントガラス(2重ガラスの外側)に日々、キズ、及び右ドアノブ付近に凹み 警務隊の見分により被害は3両目のみ。
●現地情報
・現地情報ー1
- 多国籍軍に対する攻撃の一貫ではないか
- IRセンサーは、多国籍軍のECMに対応するためのものであり、その場合、日本のみならず他の多国籍軍も対象となる
- メイサン県での一連の攻撃が西方に移行しつつある可能性
- いずれにせよ、起爆装置の判定(解明・分析)を待つ必要あり
・現地情報ー2
- 一部のサドル派による米軍に対する攻撃の一貫
⇒22日、ナジャフにおいてサドル派に対する拘束作戦実施
⇒サドル師は静観するよう指示したが、一部過激分子が反発- 日本隊の活動に不満を持つ一部の勢力
・現地情報ー3
- ほとんどの市民が「(日本隊への攻撃は)許せない」と非難
- 実行犯については、「サドル派民兵の一部だろう」との声多数⇒外部から流入したテロリストの仕業との声はほとんど聞かれない
●本事案の評価
【※全面黒塗り】
●ムサンナ県の全般情勢評価
・陸自車両最近傍で爆発事案発生
⇒実行犯、目的及び目標が焦点(現段階では治安の悪化とは判定できず)
■7月1日
●ムサンナ県の全般情勢評価
・市内で2日連続(29・30)のRPG射撃発生
⇒28日のデモにおける死傷者発生との関連性あり
■7月5日
●全般
・昨夜の「飛翔音、弾着音事案」対応として、0600より宿営地一斉検索実施
●ムサンナ県の全般情勢評価
・サマワ宿営地に付近にロケット弾着弾
⇒連続発生の可能性を否定できず(実行勢力不明)
■8月24日
●サドル派及びシーア派政党の動向
・サドル派、SCIRIとも公式には多国籍軍との戦闘は停止しているが、秘密の指示による戦闘の継続も考えられる。また、それぞれのグループの活動、グループ間のトラブル等の発生の可能性もある。
<2006年>
■1月22日
●最近のサマーワ情勢ー3
【英軍と武装勢力の銃撃戦】(21日)
・1622、ポリス通りで英軍に対し小火器射撃、爆発。1630、小火器射撃継続。イラク警察との共同パトロールを実施、小火器射撃を受け応射(死亡2、負傷5)。
・関連情報(1)・関連情報(2)
- 1630頃、サドル派事務所付近に英軍車両が停車し、周囲をパトロールし始めたことに反感を持ったJAM(サドル派民兵)が射撃し始めたことに端を発して、戦闘が拡大、イラク警察及びイラク陸軍が治安回復のために介入。
- 死亡したのはタクシードライバー。英軍に誤射され死亡した模様。
- 1320、PJOC(県統合作戦センター)に対し小火器射撃。1620、ハイダリア地区のイラク警察検問所に対し小火器射撃。 1627、同検問所200m付近でIED爆発。数分後、英豪軍とイラク警察が共同パトロールを行ったところ、消火器およびRPGを持った武装勢力と公選、死亡3、負傷5。1711、PJOCに対する小火器攻撃。2315、PJOCに対する小火器攻撃。
計1万4929ページにわたるイラク日報には、現地の生々しくも過酷な様子が記されていた。その一方、「バグダッド日誌」などと題して、自衛隊員の日常生活を軽い筆致で綴ったエッセイのような記述もあった。
その一部を紹介する。
■2005年7月2日 バグダッド日誌
●食べ物のうらみは恐ろしい?
バグダッドでの楽しみの一つは食事であり、日本やサマーワから送っていただいた日本食は我々の心の支えになっている。
ところが最近、日本食のストックが底をつき寂しい思いをしている。カップ・ラーメンを消費し尽くし、サマーワから送っていただいた缶詰等も底をつき始めている。レンジで暖めるだけで食べることのできるご飯は、あっという間になくなった。ところが消費しつくしたと思ったにも拘わらず、ゴミ袋に「シーフード・ヌードル」のカップ麺が捨ててあったのを確認すると、「誰かがストックしているな?」と言葉では表せない「微妙な緊張感」が漂っている。
このような微妙な緊張感から「たくさんあったゼリーはどこ行った?」「パック赤飯は一個もたべていない!」「イカの缶詰はもうないの?」等々の声も聞こえてくる。先日素麺を5人で一気に24人前を消費したが、あと一回分は十分にあると思われた素麺つゆが自然消滅?してきて、思わず「素麺つゆを隠せ!」と指示を出してしまう自分が情けない。日本食等をすべて配給制にして管理する程でもないし、そこには班員が5人しかいないこともあって自由に食べている。
昨日は、残りの素麺つゆを使用して、バグダッド連絡班全員で腹一杯素麺を味わった。今回も20人前を軽く超える素麺を一気に食べ、腹一杯に食べ物のストックに対する緊張感も霧散してしまった。皆、かなり単純である。
食べ物ぐらいで我々バグダッド連絡班の「鉄の団結」にヒビが入ることはないが、「食べ物の恨み(執着?)は恐ろしい。」ことも事実である。
この他にも、
- 多国籍軍の司令官、米軍の派遣期間延長を受けて「聞いてないよ...!俺はいつ帰れるんだ?」とジョークを飛ばした
- ナイトシフト(夜勤)について「外に出ると静寂が広がる宮殿前の鏡のような湖面には、下弦の月が映り」「アラビアンナイトの世界を独り占めできるナイトシフトに小さな楽しみを見出している自分を発見する」と表現
- ジムに行ったら、隣のマシンの「『中年の小太り』の米兵が挑発してきた」
- 豪快なイギリス軍女性将校。話の途中で2回爆発音が聞こえると「うるさいわね!私のジャマしないで!」
など、国際交流的な内容やユニークな記述が目立つ。
Twitter上では「まるで枕草子のような随筆」「のほほんとする」「日誌書くのがちょっとした楽しみになってるんだな」と好意的な意見がでている。「こんな面白いものを廃棄したと言い張っていた政府には抗議すべき」と、皮肉交じりの意見もあった。
一方で「たとえ人が日々死ぬ危険な戦地であっても、日々の生活そのものは和やかに過ぎるんだってのをよく伝えている」という声もある。
これらは全て「イラク戦争」という一つの戦争の最中、緊張が続いた現地で自衛隊員が残した「記録」なのだ。
今回の日報公開が、公文書の管理をめぐる問題に端を発したことは忘れてはいけない。その上で、日報の言葉尻だけを捉えず、また、朗らかな表現だけに目を奪われず、まずは冷静に記録と向き合うことが大切だ。
【※防衛省が公表した全文書は⇒こちら】