iPS細胞から作製したニューロンをパーキンソン病モデルのサルに移植したところ、2年間にわたって症状の改善が観察され、その間、移植ニューロンは有害な作用を引き起こさなかった。
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京都大学の幹細胞科学者、髙橋淳らは、人工多能性(iPS)幹細胞から作製したニューロンをパーキンソン病モデルのサルの脳に移植するという実験的治療で有望な結果を得たことを、2017年8月31日号のNatureに報告した。彼らは、この治療によってパーキンソン病の症状が改善すること、また、この治療が安全であるらしいことを示している。
移植された細胞が少なくとも2年間、体に有害な影響を及ぼすことなく脳で生存し続けた、という今回の知見は重要なものであり、幹細胞を使ったパーキンソン病治療の臨床試験(治験)の実施を計画する研究者たちを大きく後押しすると考えられる。
髙橋淳らの研究チームは、2018年末までに、iPS細胞から作製したニューロンを移植する治験を始める計画だという。
現在、世界中で複数の研究チームが、幹細胞を使ったパーキンソン病治療法について異なるアプローチで研究しており、いくつもの治験が近く実施される予定だ。髙橋らのこの研究成果は、そうした他の研究チームにも活気を与えるだろう。
Natureはこの最新の研究を分析し、これが幹細胞治療の未来にどのような意味を持つかを検討した。
幹細胞はなぜパーキンソン病の有望な治療法なのか?
パーキンソン病は、中脳の黒質と呼ばれる領域においてドーパミン産生ニューロン(ドーパミンと呼ばれる神経伝達物質を作る)が死ぬことで引き起こされる神経変性疾患である。このニューロンは運動に関わっているので、患者にはこの病気に特徴的な振戦と筋強剛が見られるようになる。現在の治療法はこうした症状に対処するものであり、病気の根本の原因に対する治療法は今のところない。
研究者たちは、パーキンソン病患者の死んでしまったドーパミン産生ニューロンを、多能性幹細胞(体内のあらゆるタイプの細胞を作り出せる)を用いて置換すれば、病気の進行を食い止めたり病気を回復させたりすることができるのではないかと考え、追究してきた。ヒト胚から得られた胚性幹(ES)細胞にはこうした能力があるが、人の生命の萌芽である胚を破壊する必要があるため、倫理的な議論の対象となっている。iPS細胞は同様の多能性を持つが、成体の細胞を誘導してES細胞様の状態にしたものであるため、倫理的な懸念はない。
今回の最新の研究で発見されたことは?
髙橋らのチームはまず、健常者とパーキンソン病患者の両方から作出したiPS細胞からドーパミン産生ニューロンを作製した。そして、カニクイザルのドーパミン産生ニューロンを毒素によって殺してパーキンソン病状態を誘導した後に、iPS細胞から作製したニューロンを移植した。
その結果、移植されたニューロンは少なくとも2年間生存し、サルのニューロンとの神経回路が形成された。細胞治療を受けたサルがケージの中で頻繁に動くようになるのが観察されたのは、こうした神経回路が形成されたことによる可能性がある。
この研究はなぜ重要なのか?
重要なのは、髙橋らのチームの研究では、移植した細胞が腫瘍化したことを示す証拠や、免疫抑制剤によって制御不能な免疫反応が引き起こされた証拠が全く見られなかったことだ。前者は、多能性細胞による治療において、主な懸念事項とされる。
「ヒトに細胞を移植する研究に自信を持って進むためには、事前に調べておかねばならない一連の重要な問題があります。髙橋らの研究はそうした問題に取り組んでいるのです」と、ルンド大学(スウェーデン)の神経科学者Anders Bjorklundは言う。
治験はいつ始まり、どのように行う予定なのか?
「我々は、2018年末までには治験を始めたいと考えています」と髙橋。これは、iPS細胞によるパーキンソン病治療の初めての治験となるだろう。なお、ヒトへのiPS細胞移植が初めて行われたのは2014年で、最初の患者は加齢黄斑変性の70代の日本人女性であった。
iPS細胞は、理論上、自分自身のiPS細胞を用いた移植治療が可能となる。このため、外来組織の移植で懸念される拒絶反応を抑えるための薬は必要ない。
しかし、患者ごとに自己iPS細胞を作るには費用がかかり、また、誘導して培養するには2カ月ほどかかる可能性があると髙橋は述べる。そこで髙橋らはまず、頻度の高いHLA(Human Leukocyte Antigen;ヒト白血球型抗原)型の健常者の細胞からiPS細胞株を樹立し、治療を行うパーキンソン病患者にHLA型が適合するiPS細胞株を移植する計画を立てている。これならば、費用を抑えつつ、拒絶反応(と、拒絶反応を和らげる薬)を最小限に抑えることが期待できる。
髙橋らの研究チームは、2017年8月にNature Communicationsに掲載された関連論文で、カニクイザルのiPS細胞から誘導したニューロンを、別の個体に移植している。その結果、HLA型が適合するサル同士のニューロンの移植で引き起こされる免疫拒絶は弱いことが分かった。
幹細胞を用いたパーキンソン病治療として試験中のものには、他にどのようなものが?
2017年の初めには、中国人研究者たちが別のアプローチによる試験を開始した。この試験では、ES細胞から作製した神経前駆細胞を患者に移植する。脳内で成熟したドーパミン産生ニューロンに分化させることが目的だ。2016年には、オーストラリアの患者が別の試験で、ES細胞由来の神経前駆細胞の移植を受けている。しかし、未成熟の移植細胞は発がん性変異を起こす可能性がある、と懸念を表明した研究者たちもいる。
一方、GForce-PDと呼ばれるパーキンソン病に対する細胞治療コンソーシアムに属する研究者たち(髙橋もその一員)も、また別のアプローチを採用した治験の準備を進めている。米国、スウェーデン、および英国のチームが計画している治験は全て、ES細胞から作製したドーパミン産生ニューロンをヒトに移植するというものだ。既に樹立されたES細胞株には、よく研究されていて大量に培養できるという利点があり、そのため全ての治験参加者が標準化された治療を受けることができると、同じくGForce-PDコンソーシアムのメンバーであるBjorklundは述べる。
スクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の幹細胞科学者Jeanne Loringは、患者自身の細胞から作製したiPS細胞由来のニューロンを移植するという方法を支持している。高価ではあるが、このアプローチなら副作用が問題となる免疫抑制薬を使用しないで済むと彼女は言う。そして、iPS細胞は患者一人一人のために新たに樹立するので、移植に用いられる細胞の分裂回数は比較的少なく、発がん性の変異が生じるリスクを最小限にできる。Loringは、自身のチームの治験を2019年には始めたいと考えている。「これは競うべきものではありません。私たちは全ての研究の成功を応援しています」と彼女は言う。
スローン・ケタリング記念がんセンター(米国ニューヨーク州)の幹細胞研究者Lorenz Studerは、ES細胞から作製したニューロンを使用する治験に取り組んでいるが、1回の移植に必要な細胞数など、解決すべき問題がまだあると述べる。しかし彼は、今回の髙橋らの研究成果について「前へ進む準備ができた、という証です」と話す。
Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 11 | : 10.1038/ndigest.2017.171102
原文:Nature (2017-08-30) | : 10.1038/nature.2017.22531 | Reprogrammed cells relieve Parkinson's symptoms in trials
Ewen Callaway
参考文献
- Kikuchi, T. et al. Nature548, 592–596 (2017).
- Morizane, A. et al. Nature Communications8, 385 (2017).
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