「多様性」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。
ジェンダーや人種に基づく社会問題への取り組みが進む現代。しかし、身近な人間関係の中で生じる心のすれ違いや衝突、モヤモヤの裏には、それとは異なる「みえない多様性」も隠れているのかもしれない。
「アルバイト仲間で、度々『シフトを変わって』と当日に言ってくる人がいる。そんな経験はありませんか?」
10月末、そんな問いから始まるワークショップが、慶應義塾大学三田キャンパスで行われた。
こういった身近な“あるある”が、一体どのように「みえない多様性」と紐づいているのだろうか。
大学生たちの体験を追った。
“自己中心的”とみなされる振る舞いの裏に…
このワークショップは「みえない多様性PROJECT」の一環として行われた。製薬企業の日本イーライリリーが、アシックスなど他の企業、自治体、専門家との共同で発足させ、これまで職場などで活動してきたプロジェクト。今回は慶應義塾大学の学生23人が参加した。
日本イーライリリーの社員で、医学博士でもある小森美華さんが、はじめに「みえない多様性」の例として上げたのが片頭痛だ。
悪心・嘔吐や感覚過敏などの症状を伴うこともある片頭痛だが、分かりやすく目に見えるものではないため、周囲から十分な理解を得られていない現状があるという。
片頭痛持ちの参加者のひとりは、食欲の低下や吐き気などの症状を伴う場合があることや、運動時の振動や気温の変化に伴う痛みもあると語った。
アルバイトのエピソードのように、一見、自己中心的な振る舞いに思われたり、誤解されたりしてしまいそうな行動の裏には、片頭痛のほかにも、生理痛や腰痛など、その人ならではの周囲には見えづらい理由(病気や体の不調・つらさ)があるのかもしれない。ワークショップでは、健康課題に関係した、多様な背景を想像するアクティビティ「ストーリーカード」が行われた。
カードゲームで「不機嫌」の背景を想像する
「ストーリーカード」は、赤色のReason Card(理由カード)と青色のScene Card(場面カード)を使った簡単なゲームだ。
参加者たちが座る全6グループの机上には、それぞれ36枚のReason Card(理由カード)が置かれており、それぞれに「香水」「雨」「音楽」「エアコン」「スマートフォン」などの単語がランダムに書かれている。
一方、全10種類のScene Card(場面カード)には「誤解されそうな日々の“あるある”場面」が書かれている。この「誤解」の背景にあるストーリーを、Reason Card に書かれた単語を使いながら想像するというものだ。
教室前方のスクリーンに映し出されたScene Cardに書かれていたのは、「サークル or ゼミでいつも話を盛り上げてくれる人が今日は不機嫌そうな顔をして話し合いに参加してくれない」という場面。
「あるある」という学生の頷きと共に、背景ストーリーを想像する時間が始まった。
想像力を手助けするのが、Reason Cardの役目だ。
普段なら「何か嫌なことがあったんじゃない?」くらいで片付けてしまいそうなところだが、カードに書かれた言葉を眺めるうちに「もしかしたらこれが関係しているかも」と、思いもよらぬ想像が広がっていく。
カードゲームが始まるやいなや、色々な声が聞こえてきた。
「雨や低気圧と生理痛のダブルパンチで...」「寝不足だったから通学の電車で寝たかったのに、隣の人の音楽がうるさくて...」「大切に育てていた観葉植物が枯れてしまって...」
それぞれに想像した背景ストーリーに「確かにそれはキツそう」「その気持ち、すごく分かる」と頷き合ったり、発表者がストーリーを練るのをじっと待ったりする場面、和気藹々と笑い声が上がるグループもあった。
「自分がされて嬉しいこと」は、その人にとっても嬉しいこと?
ディスカッションが終わると、各班の代表が、それぞれに想像した背景ストーリーや感じたことを参加者全員と共有した。
「『実は私…』と(背景ストーリーから派生して)周囲に話していなかったことを共有してみると、『僕も』『私も』という声が返ってきたのが印象的でした」「(自分が)当事者の場合は『~で不機嫌そうな顔しちゃうかも』と事前に伝えることも大切だと思いました」
色々な発見が語られていく中で、共通していたのが「プライバシー」や「個人的」という言葉だ。
体調が悪そうな人や不機嫌な人がいたら、「どうしたの?」と理由を直接聞いてみるのが手っ取り早く感じてしまうが、発表者たちが「『こうしてほしい』は、人によって違う」「聞いていいのか否かの難しさがある」と語ったように、そこに隠れている問題が極めて個人的なことである可能性や、個人の性格も加味すると「そっとしておく」が最適解の場合もあるだろう。
「自分がされて嬉しいことをしましょう」とよく教わったものだが、自分にとっての嬉しいことが、その人にとってのそれとは限らないのだ。
プライバシーにどの程度まで足を踏み入れていいのか。多様性を重んじて考えたからこそ生じる、「寄り添う優しさ」と「距離感というリスペクト」の塩梅に、参加者たちは難しさを感じていた。
目に見えない苦痛は、心でしか見えない
各グループの発表では、当事者が周囲に不調の原因を伝えたいと感じたときに、気兼ねなくそれができる環境をつくることも重要だという声が上がった。
例えば、学生なら、サークルや部活などの合宿で「オール」で遊ぶことを楽しみにしているかもしれない。しかし、一方で人によっては睡眠を優先したい人がいるかもしれない。そして、バイト先で先輩や上司に不調を伝えられずに無理をしている人もいるかもしれない。
そんな時に「ごめん。ちょっと寝るね」「体調が優れないのでお休みをいただけませんか?」と言いやすい雰囲気づくりを社会の中で共に作っていくことが、みえない多様性に寄り添う鍵になりそうだ。
そして、それは必ずしも直接的なアクションに限らない。自分が経験したことのない不調やつらさを知る、理解することも大きな意味を持つだろう。
最後に、学生たちが感じたことをそれぞれに紙に書いて、ワークショップを振り返った。
「先に言っておくのも大事」「決めつけない」「寄り添う社会へ」「目に見えない苦痛は心でしか見えない」「理解したい。聞いてもいい?から生まれるありがとう」
多様性を尊重するために、相手とのコミュニケーションのとり方について考えを深めていった今回のワークショップ。この時間を通して、自身の優しい心がいっそう育まれたことに気付いたのではないだろうか。