コロナ禍、気候変動、世界情勢の不安定化など課題が山積する現代。それら社会課題の解決のため日本の教育に貢献したいと意気込むのが、インテル代表取締役社長・鈴木国正さんだ。
インテルはこれまで、小中高大、さらに自治体に対しても、デジタル教育の支援活動をしてきた。その理由と、現場で見えてきた課題とは? 鈴木社長と、国内外の教育現場を見てきたキャスターの長野智子さんが対談。
デジタル化が遅れる日本。インテルが抱く危機感とは
長野智子さん(以下、長野):私は大学教授をやっていたことがあるのですが、その時にキーボードが使えない学生が多いと知ってびっくりしたんです。また、コロナ禍でリモート授業になった時に、家にネット環境がないという学生も少なくなくて。授業格差が生まれるのは問題だと感じました。
鈴木国正社長(以下、鈴木):確かに、若い方はみんなスマホを操作するのは手慣れているのですが、PCにはあまり触れてこなかった、というケースが増えています。職場のデジタル化も遅れていて、OECD(経済協力開発機構)の報告書(*1)の中には、日本が最下位に位置しているデータもあるくらいです。
長野:インテルさんは一般的には半導体のメーカーというイメージがありますが、教育分野に携わるようになったきっかけはなんだったのでしょうか?
鈴木:おっしゃる通り、我々は半導体やCPU(中央演算処理装置)の製造会社です。しかし現在、業務の半分は、そうしたツールをどう使い、未来像を描くか、というソリューションの提案なんです。
今、インテルではDX(デジタルトランスフォーメーション)の中でも、膨大なデータを中心に考えて攻めのビジネスを推進するDcX(データセントリックトランスフォーメーション)に注力しています。ただIT技術を使いこなすだけでなく、データを使ってどう企業経営や改革に活かしていくかが、ますます重要な時代です。
そういった活動の中で、すぐに見えてくる課題があります。それが、日本のデジタル人材不足。教育現場から捉えていかなければならないと、危機意識はずっと抱いてきました。
課題解決の鍵は好奇心の解放
長野:ツールを使いこなすことは大切ですよね。でも日本の教育だと受験勉強で終わってしまうことが多い。英語がわかりやすい例で、たくさん勉強してきたのに話せない、という。
鈴木:ただ受験を突破するために勉強するとしんどいし、頭に入ってきませんよね。でも、好奇心が土台にあると、なんでもできてしまうと思うんです。
好奇心は、子どもの頃には誰しも自然に備わっていますが、大人になるにつれ失われてしまう、というのが現状です。小中高大、そして社会人になってからの教育でも、「好奇心の解放を意識しながらツールを提供していきたい」。これが我々の考えです。
長野:好奇心をどう持ち続けていくか、というのは難しいテーマですね……。よいロールモデルを見せられていない、大人の責任を感じます。
現場に新たな風をもたらした、インテルの教育プログラム
鈴木:ロールモデル及びモデルケースは非常に大切です。例えば、私たちの取り組みの中に戸田市立戸田東小学校・中学校の成功例があります。
日本政府は2019年にGIGAスクール構想を打ち出しました。全国の小中学生に1人1台、PCが配られることになったんです。インテルもPCの心臓部分であるCPUの流通の一端を担ってきました。
戸田東小中学校での取り組みは、PCの配布にとどまりません。PCの活用方法として、動画制作やプレゼンテーションを体験できる「STEAM Lab」といった、STEAM教育(*2)の実践に特化したインテルの教育プログラムを提供しました。
学んでいる子どもたちは本当に楽しそうで、まさに好奇心の塊。理解できた子は隣の子に教えてあげたりして、どんどん相乗効果が生まれていくんです。
戸田東のような学校はまだ少数派ですが、どんどんいいモデルケースを作って、発信していきたいと思っています。教育関係者の中で今は仲間を増やしていければ、という段階です。
過去の成功に捉われず、次世代に橋渡しを
長野:教育現場に切り込むというのは、かなり大変な挑戦をされていると思います。
日本って、昭和の巨大な成功体験にとらわれた「軍団」が変化を拒み続けてきたから、これだけデジタル化に遅れてしまったと思うんです。ジェンダーギャップやダイバーシティ&インクルージョンの遅れもそうです。
最近、若い世代の人たちに、こんな話を聞きました。ある政府機関に「ファックスを送ってほしい」と言われたと。みんな、ファックスがなんだかわからなくてググったそうです(笑)。
鈴木:私も過去の成功に捉われず、好奇心を持ち続けなければならないと、日々感じています。次の世代に橋渡しをして、社会によい遺産を残していく。そして、日本をもっと元気にしていく手助けができればと考えています。
「コンピューターの民主化」から次の未来へ
長野:デジタル化を、日本全体で一気に押し進めようとすると時間がかかってしまいますよね。まずは「デジタル特区」の推進からでしょうか。
鈴木:今、香川県三豊市と提携しているところです。先ほどお話しした「STEAM Lab」に加え、「Media Lab」「DX/DcX Lab」「AI Lab」の4つの柱で構成される「インテル・デジタルラボ」を提供します。
例えば、自治体や地域の民間企業を対象にしたDX研修やワークショップ、高校生・高専生を対象にしたAI教育も計画しています。カリキュラムと機材、両方向で支援ができるのは、インテルならではだと思っています。自治体へのDX研修は、すでに千葉市でも実績があります。
長野:そういう先進的な取り組みの中で、いずれオードリー・タンのようなデジタル人材が出てきたら、子どもたちは憧れるんじゃないでしょうか。
鈴木:本当にそうですね。その憧れから、好奇心を呼び覚ますことにつなげていきたいですね。
一企業でできることには限りがありますので、パートナー企業との連携は不可欠です。これまでインテルは、「コンピューターの民主化」の実現に貢献してきた実績があります。ですから、コンピューターのメーカーも、ソフトウェアのベンダーも、みんな仲間なんです。
パートナー企業、政府と密に連携し、いくつものプロジェクトを同時に動かしていく。そんなスケールで、未来を提示していきたいと思っています。
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「インテルのテクノロジーと未来のための教育改革」詳細はこちら。
(取材・文:清藤千秋/撮影:西田香織/編集:磯村かおり)
*1:OECD Skills Outlook 2019
*2:STEAM教育:Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学・ものづくり)、Art(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の頭文字を組み合わせた言葉。 子どもたちをIT社会に順応させる教育方針として知られる。