スマホのライブ配信を通じて、詩人の谷川俊太郎さん、news zeroなどで知られるクリエイティブディレクターの辻愛沙子さん、19歳で起業し、東大に通いながらホテル経営をする龍崎翔子さんなど、ユニークな人生を切り拓いてきたゲスト講師陣に出会える10代向けオンライン学習サービス『Inspire High(インスパイア・ハイ)』が2月、スタートした。
ライブ配信の特性を生かして、ゲスト講師が出した課題にリアルタイムで取り組んだり、参加者同士でフィードバックし合えるのが特徴だ。
13歳〜19歳限定で月額1500円のサービスを手がけるのは、アートやカルチャーの最新ニュースを伝えるメディア「CINRA.NET」を運営するCINRA代表・杉浦太一さん。
受験をサポートするための「教育」ではなく、感性や人間性を養うための「教育」を掲げ、「偏差値だけでは測れない人間のポテンシャルを最大限引き出したい」と意気込む。
1年半前から準備を進め、北欧や欧米のクリエイティブスクールなどを見て回り、世界から5人の顧問の協力を取り付けた。各都道府県の教育委員会へのヒアリングも続けてきた。
でも、杉浦さん……これって本当に日本の若者のためになります?
話を聞きに行った。
感性を養う”オンライン塾”。綺麗ごとにも聞こえるが…。
——10代の感性や人間性を養う、というサービスの思想は素晴らしいと思いつつも、少し”綺麗ごと”に聞こえる面もあります。どんな思いで立ち上げたのでしょうか。
そうですね、“綺麗ごと”に聞こえるのはわかります。僕も子を持つ親なので「色々思うところもあるけど、とりあえずいい大学に…」「偏差値は低いより高い方が…」って思う瞬間も全くないといえば嘘になります。
でも、今後本格的なAI時代がやってきたら、「優秀さ」の定義は本当に変わってくると思うんです。パターン化された仕事や統計的な業務は、AIがやってくれて、人間はより多様な能力を発揮しなくちゃいけなくなる。その時、「優秀さ」というのは、「自分で自分なりの正解を見つけられる能力」になっていくでしょう。
それなのに今は、まだまだ「右にならえ」が当たり前。小学校のテストでも「筆算に定規を使わなかったから」という理由一つで、減点されたりしている状況です。
このままではダメですよね。
今の10代が大人になる頃…、「優秀さ」の定義が変わった時代に、彼ら彼女らが「幸福」に生きるために何をすべきか。一人ひとりの素晴らしい能力や個性を発揮しながら生きていける世界に備えて、何ができるか。
まずは、「やりたいことを見つけられるなんて、ひと握りの特別な人だけ」という思い込みをぶち壊したい。そう思ったんです。
10代をどんどん「混乱」させたい。
——新しい時代の「”優秀な”人たち」を育てるサービスにするために、どんな工夫をしましたか。
年齢も、キャリアも、キャラも、とにかく多種多様な大人(ゲスト講師)を揃えることにはこだわっています。世の中には想像もしていない色んな生き方があるんだよ、ということを10代の若者に伝えて「ポジティブな混乱」を起こしたかった。
登場する大人のことは「先生」や「講師」と呼ばずに、新たな世界を案内してくれる人という意味で「ガイド」と呼んでいます。決して上から下に何かを詰め込むのではない、むしろ10代と一緒に、この世界の楽しさを発見していくことを目指しています。
——世界の楽しさを発見していくというのは、どんなイメージでしょう。
サービスの実験段階で「ジェンダー」をテーマにセッションを行ったんですね。そしたら、体験した長野県の県立高校に通う生徒が、終わった瞬間、「こんな世界知らなかった」といって、周囲の大人に言葉にならない言葉をずっと投げかけたんだそうです。疑問や感情が一気に吹き出したのでしょう。
こんな風に今まで知らなかった世界を知る若者がひとりでも増えてほしい。どんどん混乱してもらいたいんですよね。
サービスを広く使ってもらうためには、学校現場との連携も鍵になると思っています。長野県や広島県など一部の教育委員会にかけあって、私立や公立中高の「総合的な学習の時間」で『Inspire High』を導入していただく話も進めています。学校での導入となると、ガイドがリアルタイムで質問に答えてくれる部分などは別の仕掛けを考えなくてはいけませんが。うーん、次々課題が出てきますね(笑)。
世界を視察して気づいた、日本の可能性
―― サービスをつくるにあたっては、杉浦さん自らが、世界中の教育現場を視察して回ったそうですね。どんな気づきがありましたか。
たとえばデンマークの「Kaospilot(カオスパイロット)」という起業家育成スクールでビックリしたのは、講師が学生に「今、フィードバックしてもいいですか?」と聞くことがルールになっていたことでした。言われてみれば確かに、体調や精神状態によって、フィードバックを受け入れる心の準備が整っていないことってありますよね。「今言われたくないよ…」というあの感じ。あくまでも学ぶ主体である本人の状態を尊重する、という姿勢が面白いと思いました。
サンフランシスコで神経科学と発達心理学を融合させたアプローチをしている「Millennium School(ミレニアムスクール)」では、毎朝かならず、マインドフルネスをするんです。精神を統一して、呼吸を整えて自分に向き合う。あるいは、先生が「How many percent are you here?」(あなたは今ここに、何%存在していますか?)と聞いたりします。
すると彼らは、自分の内面に向き合う時間をたくさん持つようになるので、自分にはもっと可能性があるんじゃないかとか、いろんなことができるんじゃないかって、常識の枠をはずして発想するようになるんです。これはすごく刺激になりました。
―― こういう世界の状況を見て、日本の教育は遅れていると感じましたか?
いや、意外とそうでもなかったんですよね。信じられないくらい拙い僕の英語で、『Inspire High』のコンセプトを伝えると、みんな同じ反応をするんです。そうそう、それなんだよって。新しい教育の形を模索しているという意味では、みんな同じで。もはや国境の問題ではないと思います。
むしろ、——アメリカや中国、韓国などが顕著ですが——、入った大学でその先の人生が決まってしまうような、受験戦争や就活戦争がもっと熾烈な場所もありますから。
日本はまだゆるい方だと思うし、変化できるチャンスを大いに持っていると感じました。
世界の中でひと足はやく超少子高齢化が到来してしまった課題先進国な日本だからこそ、ティーンエージャーたちがポテンシャルを出し切れるような機会を作らなきゃ、と切実に感じます。それに、課題先進国だからこそ、日本でこれがうまくいけば、他の地域にも横展開していけるのかなと期待しています。
細部にこだわらなければ、10代に伝わらない
――理念はわかってきた気がしますが、10代を「教育」するってすごく重責ですよね。授業をつくる上で、どんな工夫をしていますか。
おっしゃる通り、多感な時期の10代に、「生き方」を伝えるって、とても責任を伴うことです。それに、色々な娯楽に囲まれている彼らに興味を持ってもらうのは至難の技なので、細かいところにも、かなり気を遣っています。
たとえばセッションのスタイルも、今はファシリテーターの清水イアンさんがガイドにツッコミを入れていく『水曜どうでしょう』スタイルですけど、最初はガイドと司会(清水さん)が2人で対談する『徹子の部屋』スタイルだったんです。
でもそれでは「見る人」と「見られる人」の間に境界線ができて、なんだか遠く感じてしまうという話になって。見ている10代自身が講師と対話しているような気分になれるスタイルを模索しました。
ライブ配信する場所も、とにかく臨場感を大事にしたい、ということで、スタジオで撮影せずに、講師の仕事場やご自宅へお伺いすることにしました。
例えば、3月1日にライブ配信した詩人の谷川俊太郎さんの回では、ご自宅にカメラがお邪魔して、年末の『明石家サンタ』みたいに電話番号を掲げておいて、参加者に生電話をかけてもらうという試みもしました。
どれぐらい言葉を補足するか? どんな質問を投げかけるか? 使う言葉の基準を何年生に設定するか? どれも些細でありながら大事なことなので、何度も何度もテストしました。
一般的なライブ番組のセオリーを踏襲するんじゃなくて、10代が「学びたい」と前のめりになれる授業にすること。その目的に、いつも立ち返るようにしています。
納得して生きる若者が増えて欲しい
―― 将来、『InspireHigh』の授業を受けた10代の方たちには、どうなってほしいですか?
とにかく人生に納得している状態が大切だと思っています。ある調査によれば、人間の幸福感は、学歴や年収よりも「自分で自分の人生を決めている」という自己決定感の方が影響するようです。有名か無名か、お金持ちかそうでないかという画一的な基準ではなく、それぞれに納得できる生き方を選べるようにする。
それができたら、自分も、周囲も、社会も、もっと豊かになると信じています。
―― 話を聞いていたら、大人である私たちも授業を受けたくなってきました。
スタートしてみたら、実際そういう声はすごく多くて。今後、セッションを体験したい大人向けに、オブーザーバーとして視聴することができる仕組みを作ろうかとチームで話しています。
また、大人からの支援で、10代が1人、無料で受講できるような仕組みも作れたらいいな、と考え中です。
自分が応援した若者が未来を作るかも? と考えるとワクワクしますよね。課題は、今このインタビュー中にも見つかるくらいまだまだ山積みですが、明るい未来のために労を惜しまずやってみるつもりです。
(文:石川香苗子 /編集:南 麻理江)