ウナギの資源と食文化を将来につなぐために
土用の丑の日を中心に、夏バテを防ぐ食材などとして、歴史的に日本人の食卓に欠かせないウナギ。ウナギは国境を越えて、海や川、湖沼などの自然をむすぶ、生態系を代表する生きものの一種でもあります。 しかし、持続可能な資源利用のレベルを超えた過剰な消費が続いたことで、ニホンウナギの生産量は急激に減り、今では絶滅危惧種としても注目を集めるようになっています。さらにこうした背景から近年は、生産量が落ち込むニホンウナギに代わって、インドネシア産の別種のウナギが日本の食卓に登場するようになりました。 しかし、インドネシアのウナギを扱う産業の状況も、資源管理などについて十分な対策が出来ているとは言えず、このままではヨーロッパウナギやニホンウナギと同じように、あっという間に減少してしまう可能性があります。 そこで、WWFジャパンは、日本向けに輸出されるインドネシア産のウナギの持続可能な資源利用と、責任ある養殖体制を確立するため、生産の現場から食卓を一本の鎖で繋ぐ多様なステークホルダーとともにうなぎ保全プロジェクトをインドネシアで開始しました。
セクターを超えた多様な関係者による協働
日本をはじめ、世界的に過剰な漁獲が続いた結果、ウナギの資源は深刻な枯渇に陥り、多くの種が絶滅危惧種となっています。 2007年には、IUCN(国際自然保護連合)の「レッドリスト」でCR(近絶滅種)に指定されていたヨーロッパウナギが、ワシントン条約の附属書Ⅱに掲載。 2014年には日本周辺を生息域とするニホンウナギも同じくレッドリストでEN(絶滅危惧種)に指定されました。 こうした背景から、近年は未開発だったウナギ資源の製品化が活発になっています。中でも、ビカーラ種と呼ばれる、インド洋やインドネシア、フィリピン周辺の海域に生息するウナギは、まだ十分なデータが得られていないものの、ヨーロッパウナギやニホンウナギの代替種として注目され、利用されるようになりました。 しかし、このビカーラ種も、今後20年余りの間に資源が30%以上減少するのではないかとの懸念から、IUCNはレッドリストのNT(準危急種)として評価しています。つまり、現状での資源状況はそれほどの緊急性はないものの、将来ニホンウナギと同じような運命を辿ってしまうのではないかと心配されているのです。
こうした背景から、ウナギ資源枯渇の悪循環を改善し、長期的視点で持続可能なうなぎ養殖業を確立することを目的に、WWFジャパンとWWFインドネシアは、両国の生産者、流通関係者、研究者と協働で取り組む「インドネシア・ジャワ島 うなぎ保全プロジェクト」を立ち上げました。 プロジェクトを検討するきっかけとなったのは、持続可能な水産物調達方針を持つイオン株式会社による「責任あるウナギ製品調達」を何とか実現したい、という思いと、早いスピードで開発が進むウナギ養殖業への懸念を抱き始めていたインドネシアの日本のマーケットからの積極的な働きかけを望む声でした。
インドネシアのウナギが減少の危機に陥る前に
本プロジェクトのフィールドとなるのは、インドネシアのジャワ島。日本市場向けの製品の素となる「シラスウナギ」の採捕から、シラスウナギを池入れ、製品サイズまで育てる養殖場の現場までがここにあります。その後、同島内で日本向けの製品に加工されて、輸出され、イオンの店頭に並びます。 ジャワ島でシラスウナギが採捕される川では、多い時には百人単位で採捕者が水の中に入り、網で小さなシラスウナギを掬います。インドネシアではまだ、シラスウナギ漁業の資源管理体制が整っていませんが、このプロジェクトが行なわれている川では、需要などをみながら採捕量を独自に抑えたり、また自主的に漁を休止することもあります。 集められたシラスウナギは、「コレクター」と言われる中間業者に売られ、ここから同じくジャワ島内の養殖場に売られます。 養殖場では、平均2年、また長い時には3年以上の年月をかけ、生け簀や餌を変えながら育てられます。プロジェクトの対象となる養殖場では、多くの地元の人々が雇用されており、ウナギ養殖が新たな労働機会を地域に提供しています。そのため、今以上に地域や養殖場で働く人たちに配慮した責任ある養殖業への転換はとても重要な意味を持ちます。 そもそも、インドネシアのウナギ養殖は、日本のマーケットの需要から始まりました。 このつながりを活かして、インドネシアの人々と共に、シラスウナギ漁業と養殖業を持続可能なものに転換していくことは、日本人の義務であるとWWFジャパンは考えます。
WWFジャパンはこの活動が、将来的に日本国内でも応用できるモデルとなることを期待しています。
漁業改善プロジェクト(FIP)について
このプロジェクトでは、将来的に店頭に並ぶインドネシア産のウナギ製品を持続可能にすることを目的としています。しかし、ウナギ利用の持続可能性を追求することはとても難しい課題です。また、インドネシアのウナギについては、生態や資源量について、まだまだ分からないこともたくさんあります。これらの科学的情報は、持続可能な資源管理システムを導入するうえで、欠かせないものです。 さらに、ウナギ製品の持続可能性を担保するためには、乱獲の続くシラスウナギ漁業と、それに支えられている養殖業の持続可能性を、同時に突き詰めていかなくてはならないため、漁業の現場と養殖の現場の両方を一度に改善する必要があり、これがまた取り組みを難しくしています。 WWFでは、持続可能な水産物の証としてMSC認証を、また持続可能な養殖水産物の証としてASC認証を推奨していますが、実際には、漁業や養殖業がすぐに認証を取得することは困難なのが実情。特に資源への漁獲圧や養殖の環境負荷が高い種では、その持続可能性はとても注意深く判断される必要があります。 そこで、WWFでは、MSC基準を満たすことを最終的なゴールとして設定し、段階的にその実現を目指す「漁業改善プロジェクト(FIP:Fishery Improvement Project)」を各地で展開しています。漁業改善プロジェクトでは、まずMSC基準に従った予備審査をすることから始まります。厳しい予備審査を受け、課題を具体化、客観化することで、それら一つ一つを合格点にしていく「作業計画」を立案、導入するのです。克服すべき課題の数、またはその難易度によって、プロジェクトの期間は変わってきますが、WWFでは5年以内の完了を原則としています。
プロジェクトの目標
WWFジャパンは、5年間のプロジェクトを通して、ステークホルダーと協働し、以下の目標の達成を目指していきます。
●シラスウナギ漁業については、MSC基準に基づいた改善プロジェクトを導入することで、ウナギの科学的な資源評価に基づく生態系保全型資源管理体制を確立すること
●既存の、または今後新しく発効するASC基準に基づいて、ウナギ養殖業が改善されることにより、プロジェクト現場の養殖池周辺の自然環境や生物多様性が保全されること
●プロジェクトを通じて「より良いウナギ養殖ガイドライン」を作成し、インドネシア内の養殖業者に広く波及効果を生むこと
●プロジェクトの対象となっているサプライチェーンを通じて、ウナギ製品のIUU対策として適切なトレーサビリティシステムのモデルを確立すること
●日本の消費者に「持続可能なウナギ製品」を届けること