インドの「パッドマン」が映画化。生理のタブーに苦しむ妻を救うため、社会を変えた男性に話を聞いた

動物の血で「生理」を疑似体験、孤立しても開発研究を続けたムルガナンダムさん
自転車に乗る主人公のラクシュミ。ラクシュミのモデルはムルガナンダムさん。
自転車に乗る主人公のラクシュミ。ラクシュミのモデルはムルガナンダムさん。
HuffPost Japan

あきれるくらいに純粋に妻を愛し続けた男性が、インドにいる。

現代のインドで、タブー視されていた「生理用品」の普及に人生を捧げた男、アルナチャラム・ムルガナンダム(Arunachalam Muruganantham)さん(56)だ。

ムルガナンダムさんがモデルになったインド映画「パッドマン」が、日本でも12月7日から全国公開される。

偏見や資金難で何度も壁にぶち当たりながら、安価なナプキンの製造機を造り上げ、女性の雇用機会も生み出したムルガナンダムさん。

なぜタブーに挑戦したのか、電話インタビューで話を聞いた。

生理用ナプキンを安価で開発する技術を広めるムルガナンダムさん
生理用ナプキンを安価で開発する技術を広めるムルガナンダムさん
HuffPost Japan

すべては妻への思いから

日本では、当たり前の生理用品。ナプキンやタンポンが無ければ、毎月の憂鬱な1週間を過ごすなんて不可能に等しい。

だが、インド郊外の町村ではではいまだに、高級品だという理由で手が出せない人が多い。

インドの公的な数字では、ナプキンの使用率が10%程度。様々な場所で、この数字を見せると、よく怒られる。インドは高層ビルも建ち、ロケットも打ち上げられている。そんな力のある国で、なぜこんな状況なんだと。7人のうち1人以下しかナプキンが使えない」とムルガナンダムさんは声を落とす。

ナプキンの代わりに、洗濯物の下で隠して干した生乾きのぼろ布で月経の出血をしのぐ。

出血が止まるまでは家にも入れず、外出もできず、家のベランダに備え付けられた専用の小屋で過ごさなければならない。

結婚して初めて、女性が月経になるとどうなるかを知ったというムルガナンダムさん。

不衛生な布で、多くの女性が感染症にかかり、時には命を落とすこともある。だが、高いお金を出してナプキンを買ってきても、妻は家計を心配して返品してほしいと訴える。

「妻が苦しんでいる。どうにかできないだろうか」

そしてムルガナンダムさんは、自分で「作る」ことを思いついた。

生理用ナプキン製造機の開発を続けるムルガナンダムさん
生理用ナプキン製造機の開発を続けるムルガナンダムさん
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント提供

すべては、妻への思いから始まったんです。妻が苦しんでいるのを目にして、タブーによってそうなっていると思いました。インドにはタブーがたくさんある。それを変えたい。それがそもそもの動機だった

例えばタブーの一つには、次のような北インドの迷信がある。

生理用の布が道に出てしまい、それを犬が持っていったらその娘は結婚できない、なんて言われる。そんなものが信じられている。インドは色んな神様がいるが、生理中の女性は寺院には入れない。'穢れ'だと言われてしまう。バングラデシュやネパールにもある習慣だが、生理中の女性は隔離される

ムルガナンダムさんは、なぜこうなるのかを考えた。

足りないのは何か。それは認知度でした。生理用品があるんだ、それを使えば清潔なんだと知らないからこそ、女性たちは使わない。でもそれは、妻にすら理解してもらえなかった」という。

映画でも「女性の秘め事に口出ししないで」と拒絶される場面がたくさん出てくる。

自分で「生理」になってみた。そこで知った秘密

女性の体に毎月訪れる月経を、男性が想像するのは難しいかもしれない。

ムルガナンダムさんも初めは、出血なんて布と綿で抑えられるだろうと考えていた。

ナプキンの試作品は失敗続き。妻から「漏れた血がサリーについて恥だ。もうやめて」と拒否されてしまう。

そうした試行錯誤の中で、ムルガナンダムさんが思いついたのは、自分も月経を体験してみることだった。

ゴムボールに動物の血を入れ、チューブでズボンに通す。自分のサイズの女性用の下着を買い、試作品のナプキンを着けて自転車に乗った。

自転車に乗る主人公のラクシュミ。ラクシュミのモデルはムルガナンダムさん。
自転車に乗る主人公のラクシュミ。ラクシュミのモデルはムルガナンダムさん。
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント提供

時々ゴムボールを押し、血を送り出す。

ぬるい感覚に気が付くと、ズボンは血まみれ。町中から奇異の目で見られた。

実際に2~3週間マシーンをつけて、生理になってみた。そこで、いかに妻や女性たちが大変だったかということに気が付きました」とムルガナンダムさんは言う。

ムルガナンダムさんをモデルにした映画「パッドマン」では、ラクシュミ(主人公)が生理用ナプキンをつくりあげるまでの経緯を紹介した
ムルガナンダムさんをモデルにした映画「パッドマン」では、ラクシュミ(主人公)が生理用ナプキンをつくりあげるまでの経緯を紹介した
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント提供

その時に、秘密を一つ知りました。神様がつくった地上で一番強い強い存在は、象でも虎でもなく、女性なんだと。だからこそ、僕は女性たちの役に立つために絶対にギブアップしてはいけないと、気持ちを持ち続けることができた

ナプキンがあれば、安心して外出できるはずだ。インドでは、月経になると女性は学校を休まざるを得ない人も多かった。職場にも行けない場合がある。

性差別をなくし、男女が均等になるためには、この問題を解決しないといけない。学校を休むことで、そのまま学校に行けなくなってしまうこともある。卒業するまで休まずに教育を受けられれば、雇用にもつながる。職場も休まずに行けるようになる」と訴える。

そしてムルガナンダムさんは続けた。

『そんな程度のことで、何を言っているんだ』と言う男性は、生理用ナプキンを使ってみてください。身体の違いも含めて、それで初めて分かることもある

世界中で講演をするムルガナンダムさんの耳には、実際に使ってみた男性の声も届くという。

僕は次の世代についてこんな風に考えています。男性が力を持つ世界ではなく、女性たちがリーダーシップを取る世界を見てみたい。女性を支えて、力を発揮してもらう。そしたら、世界そのものの色が変わり、すごく美しい色を持った世界になるんじゃないかと思っているんです」と話した。

開発を支えた大学の女性教授

映画の中盤、ナプキンに使う綿の性質を突き止め、完成に近い試作品ができる。

それを売るために、主人公を支え、ビジネスとして展開するきっかけを与えた女性が、登場している。

映画では、ムルガナンダムさんの挑戦に耐えきれなくなった妻から離別を言い渡された彼が、その女性と手を取り合って開発に進んでいく。

だがムルガナンダムさんは「確かに、助けてくれた女性はいました。でも恋愛関係ではありません。関係ないです、恋愛感情はないから!フィクションです!」といい"NOT LOVE!"を3回ほど繰り返して笑った。

助けてくれた方は、大学の教授でした。私は彼女の家で使用人として働いていました」という。

生理用品の開発で周囲から偏見の目を向けられ、一度は離れざるをえなかったが、いまは無事妻と共に暮らしている。

誤解が解けて家に戻ったら、妻は『罪深い実験をしているんじゃないかと思っていた。別れたら正気に戻ってくれるかと考えていて』と謝ってくれた。いまは、初潮がきた女性のところへ、バスケットに生理用ナプキンと花を入れて『生理って何?』という説明をしにいく活動をしています

初めての生理用ナプキンと、説明を受けた女性は、現在5000人近くにのぼるという。

どのくらい高いものだったの?

映画は2001年のシーンから始まる。このころ、1ルピーは2.5755円。ナプキン1パックは55ルピーで、日本円なら142円ほど。

安く感じるが、物価の違いを考慮すると、生活用品としてはかなり高価なものだということが分かる。

インド・チェンナイを拠点とするファストフード店「ヌードル・キング」の2001年の価格表示によると、ソフトドリンクやコーヒーは1杯5ルピー。

Paper cup of hot coffee
Paper cup of hot coffee
Valerii kosovskyi via Getty Images

ファストフード大手マクドナルドでは、日本の販売価格がコーヒーSサイズが1杯100円。つまり、55ルピーはコーヒーの11倍なので、日本で言えば1100円ほどになる。

インド国内でも、都市部と地方の格差は激しい。

高給取りであれば、毎月1100円のナプキンを3パックくらい買っても痛くもかゆくもないが、地方の小さな村に住むムルガナンダムさんの家では、妻や一緒に暮らす妹たちがナプキンを使うと、食料品を買う余裕すらなくなってしまうのだ。

そしてインド社会で月経は最大のタブー。

男性がナプキンを買おうものなら、薬局のレジでもまるで違法な薬を扱うかのように隠して渡される。

ムルガナンダムさんが、安価なナプキンの開発に力を注げば注ぐほど、世間からはおぞましいものを見るような冷たい対応をされ、疎外されていく。

妻の家族からは離縁状を突きつけられ、5年半余り妻と離れ離れになりながらも、ムルガナンダムさんは約10万円の軽量で操作が簡単なナプキン製造機を開発。

この製造機を、インドの小さな村に設置していった。

輸入品の製造機だと、約5600万円もかかることを考えれば、画期的な発明だった。

いま、インド国内ではムルガナンダムさんが開発したナプキン製造機が約5200台稼働しているという。

製造機を購入した村では、自分たちのナプキンを作るだけでなく、それを安価で売るビジネスを女性たちが始めた。それは女性の雇用にもつながり、男性主体で家に縛られる生活から解放されていくきっかけにもなっている。

これによって、30万人の女性の人生が変わりました」と話す。

ムルガナンダムさんの安価なナプキンは、2ルピー。55ルピーだったころとは比べ物にならない安さだ。

ガラス張りのビルよりも、樹になりたい

ムルガナンダムさんは「大きなナプキン製造会社ではリーチできない小さな村に、この機械をを広げていきたい」と話している。

2006年、チェンナイのインド工科大学でこの機械をデモンストレーションし、「草の根テクノロジー発明賞」を受賞して12年余り。

世界的にも有名になったムルガナンダムさんだが、自分の会社を大都市に移すことなく、生まれ育った小さな村で工場を構えている。

インドもほかの国のように、大都市へと人が流れていきます。でも、インドという国は15の大都市で出来ているんじゃない。60万の小さな村からできている

ムルガナンダムさんの電話の奥からは、犬の鳴き声や、車が通るような音が聞こえる。

みんな、小さな村なんて気にしないけど、僕はこうした村のためになる仕事をしていきたい。だから、村を離れようとは思わなかったし、変えるつもりもない」と語った。

そして「うちの会社は、大企業ではなく、小さな会社のままだ。僕はガラス張りの高層ビルを建てるよりも、バニャンの樹みたいに枝を伸ばしていきたいんだ」と話した。

Low Angle View Of Banyan Tree In Forest
Low Angle View Of Banyan Tree In Forest
Marius Hepp / EyeEm via Getty Images

【作品情報】

『パッドマン 5億人の女性を救った男』

12 月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開

監督、脚本:R・バールキ

原作:トゥインクル・カンナー(原題:The Sanitary Man of Sacred Land)

出演:アクシャイ・クマール、ソーナム・カプール、ラーディカー・アープテー、アミターブ・バッチャン

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