男性育休の心構え、2児の父である田中俊之先生に聞いてみた。

「状況をコントロールしようとするほど無力感」。そんなとき、どうすれば?
田中俊之さん(大正大学の研究室で撮影)
安藤健二
田中俊之さん(大正大学の研究室で撮影)

数年に渡る婚活期間を経て、43歳の筆者が結婚したのが6月のことだった。翌月になって、妻の体調に変化が……。産婦人科を受診したところ、妊娠だった。

出産予定日は年明けの3月ごろになる。「1〜2カ月取りたい」と上司に申し出たところ「もっと取ってもいいんですよ」と、すんなりとOKが出た。ハフポスト編集部の男性社員ではこれまで、入社中に子供が生まれた人が少なく、男性育休の第1号となりそうだ。

普段から僕も男性育休乳児用液体ミルクの事を書いてきた。しかし、いざ子どもが生まれるとなると、どうしていいか分からない。

2児の父であり、男性学の第一人者として知られる大正大学准教授の田中俊之さんに、相談することにした。

■男性育休を2カ月取った方がいい理由

田中さんは2016年1月に長男、2019年7月に次男が生まれた。いずれも大学の夏休みや春休みといった長期休暇の直前のタイミングだった。産後2カ月ほどは講演会や取材などの予定を入れず、育休を取得したのと同じように、育児や家事で産後の妻をサポートしたという。

「僕は一子目が生まれたときに、日本の男性の多くが育児休業を取らないのは『本当にやばいなぁ』と危機感を覚えました。本来は休んでないといけない人が、夫の手助けが得られない場合、育児だけでなく家事までしないといけないんです」

「本来は休んでないといけない」と田中さんが強調するのには明確な理由がある。「男性育休は2カ月は必要」として、以下のように話した。

「出産後6週間から8週間は、女性は産褥期(さんじょくき)を迎えます。妊娠前の状態に戻すために体を休ませないといけません。実際、働く女性が出産した場合は産後8週間は『産休』を取得できますよね。その後が育休なんで、法律的にも保障されています。ある種、怪我や病気と同じで安静にしないといけない時期なんです」 

産褥期のイメージ画像(19世紀のイラストより)
clu via Getty Images
産褥期のイメージ画像(19世紀のイラストより)

我が家の場合は、妻は産後1カ月ほど、赤ちゃんと共に千葉県の実家に帰る予定だ。妻が都内の自宅に戻ってきてから、僕は育休を1カ月取るつもりだ。計2カ月間は妻を家族の誰かがサポートするという計画だ。

「里帰りできる場合はラッキーですね。なるべく頼れるものは頼った方がいい。理想論でいえば、安藤さんが2カ月休めればいいけど、今の日本では2カ月の男性育休はなかなか現実的ではないから、1カ月でも貴重だと思います」

その上で田中さんは「産褥期が8週間というのは飽くまで目安。個人差があります」と注意を促した。

「長男を出産した時、妻の体調がなかなか戻らなかったんです。僕も出産や育児についての本をたくさん読んで勉強して2カ月で(大変な時期は)終わると思い込んでいて、3カ月後から予定を入れていました。勉強することは大事ですが、妊娠出産が教科書通りに行く…というイメージは持たない方がいいですね」

■事前知識のある男性が陥りがちな罠

想定外の事態に戸惑う父親のイメージ画像
miharayou via Getty Images
想定外の事態に戸惑う父親のイメージ画像

パートナーが妊娠・出産した際には予定外のこともたくさん起きたという。田中さんは「事前知識のある男性が陥りがちな罠」について教えてくれた。

「改めて振り返ってみると、僕は自分の計画に合わせて状況をコントロールしようとする癖があったんです。でも、妊娠出産はコントロールできないことばかり。ある程度知識があるし『産褥期で6〜8週は予定を入れなければバッチリだ!』と理論武装していたけど、実際には妻の体調は良くならず、アタフタしちゃいました。『自分はよく勉強しているから、妊娠・出産・育児をコントロールできる』というマインドで臨むとボロボロになるんです」

ギクリ!とした。僕は家族旅行に行くときなどは事前にきちんと段取りを組んで、予定通り進むようにしている。育児も旅行や仕事のように、計画的にこなすイメージを漠然と抱いていた。

田中さんは長男が生まれたとき、育児や家事をしながら感じたのは「無力感」だったという。

「ある意味、調子に乗っていたところがありました。40代の男で、研究者として大学で教えていて。単行本も出せた。それまで、自分に関してコントロールできることが増えていたんです。ところが、出産・育児はそれとは真逆です。コントロールしようとすればするほど、できないから無力感が募っていきました」

ますますギクリ!とした。自分は田中さんとは1歳違いの43歳。単行本も出しているし、ハフポスト編集部では最古参のメンバーだ。記者として多少なりとも自信が生まれていた。育休の記事もこれだけ書いているのだから「何とかなるだろう」と、軽い気持ちで考えていた。しかし、男性学の研究者である田中さんですら想定外の事態がたくさん起きていたとは……。

そんなとき、どう対処すればいいのだろうか。

「方法は、一つしかありません。『人に頼る』ということです。想定外の事態では、仕事のようなマネジメントの発想でやっても上手く行かないんです。自分の住んでいる町で行政がどのようなサービスを提供しているのか調べましょう。ベビーシッターのチケットがもらえたり、地域のボランティアのサポートが受けられたりと、意外と充実している可能性があります。もし、ご両親が近くに住んでいれば、来てもらうのもいいと思います」

■夜の授乳と夜泣き、どうすれば?

夜泣きする赤ちゃんと、両親のイメージ画像
matsuriri via Getty Images
夜泣きする赤ちゃんと、両親のイメージ画像

田中さんの話では、出産・育児は想定外のことの連続だという。とはいえ、分かる範囲で備えておきたいことがある。授乳と夜泣きだ。子育てをしている同僚から、睡眠時間が取れなくなって大変だという話を聞いたことがある。田中さんの場合は、どうだったのだろうか。

「個人差はありますが、僕の生後5カ月の次男のケースを挙げましょう。昨日は午後7時に寝て午後11時、午前2時、午後5時と3時間おきにおっぱいが欲しくて起きていました。ベビーベッドが私のベッドの横にあるので、まず子供が泣いたら私がオムツを変えて、妻が授乳するようにしています。次男は早産だったので母乳で育てたいという妻の意向から、粉ミルクや液体ミルクは与えてないですね。最近は生活のリズムができてきて、それ自体は喜ばしいことなんですが、毎朝きっちり5時半に起きるんですよ。妻は授乳で疲れているので僕が起きて7時までは世話をしています」

ただし長男が生まれた際は、また別のやり方だったという。

「長男のときには夜泣きもあって寝付きが悪かったので、午後6時からダッコしてあやして8時になってやっと寝たなんてこともありました。長男も夜中に3回起きることが多かったのですが、1回目は妻が母乳を与え、2回目は僕が粉ミルクをあげる。3回目はまた妻がやると分担していました」

夜中の授乳やオムツの交換を1人でやるとなると、相当な重労働だ。田中さんに倣って3回のうち1回はミルクを自分があげるなどして、夫婦2人の睡眠時間を何とか確保できないかと検討することにした。

「それはオススメですね。女性しかやらなかったとしたら、やっぱり不平等感がすごいと思いますよ。僕もさまざまな人に聞きましたが、パートナーと赤ちゃんの部屋と自分の部屋を分けていて、自分はしっかり睡眠を取るという男性もいますよね。同じ部屋にいるけど、起きてこない人もいます。男性で夜中の赤ちゃんのケアをしている人は極めて少なく、重労働を女性に一任していると思います」

しかし親が3時間おきに必ず起きなくてはいけないとは……。授乳期間は1年から2年は続くから大変なことだ。田中さんに「眠くないんですか?」と聞いたところ、こんな返事が返ってきた。

「今も超眠いです!」

■田中俊之さんのプロフィール

田中俊之さん
安藤健二
田中俊之さん

たなか・としゆき。1975年生まれ。大正大学心理社会学部准教授。主な著書に「男がつらいよ」(KADOKAWA)、「男が働かない、いいじゃないか!」 (講談社+α新書)、「男子が10代のうちに考えておきたいこと」 (岩波ジュニア新書)などがある。