ビジネスシーンでも耳にすることの増えた「ウェルビーイング(Well-Being)」という言葉。
企業でもウェルビーイングへの取り組みが進んでいるが「何となくしか理解していない」「何から始めたらいいかわからない」と頭を抱えている人もいるのではないだろうか。
「『何か新しいことをしなくては』と思わなくても大丈夫です」
そう語るのは、予防医学者であり、公益財団法人Well-being for Planet Earth代表理事を務める石川善樹さん。
8月31日、カオナビが主催したWEBセミナー「石川善樹氏と考える、ウェルビーイング向上を実現する人事施策とは」にて、石川さんは人事や事業におけるウェルビーイングについて語り、登壇者や視聴者と共にビジネスの未来について考えた。
「ウェルビーイングに貢献する」ってどういう意味?
そもそも、なぜ企業にウェルビーイングの視点が求められるようになったのだろうか。
その背景について、石川さんは「世界経済全体が大きな転機を迎えている」ことが関係していると説明した。
「よく経済と社会は互いに遠いもののように考えられがちですが、そうでもないんです。従来のリスクとリターンという資本主義の時代から、現在はインパクト(社会への影響)も重視する流れに変わりつつあります。
世界経済全体が成長から成熟というフェーズにシフトしたことで、短期的なリターンを求めるよりも、長期的な投資が重要視される『Beyond GDP』という国際動向に突入したんです。長期投資に値するのはやはり、社会へインパクトを与えている企業なので、そこでサステナビリティやウェルビーイングへの取り組みが注目されるようになりました」
実際、現在の世界の1人当たりのGDPは右肩上がりの傾向にあるが、ウェルビーイングを高く実感している人の割合は右肩下がりだという。20世紀まではほとんどの国と地域で、GDPが伸びればウェルビーイングも伸びていた状況を加味すると、GDPだけではない付加価値のある市場を作っていくことの重要性が窺える。
また、日本はウェルビーイング分野において、世界的に取り組みをリードしている国だという。
「例えば、岸田政権は『成長と分配の好循環』を方針に掲げており、成長をモニタリングする指標はGDPに並びウェルビーイングとすることが閣議決定されました。科学技術の分野においてもウェルビーイングを目指して120兆円の研究開発投資を行うことが閣議決定されましたし、メディアの分野では日経新聞の『ウェルビーイングイニシアチブ』や朝日新聞の『ウェルビーイングアワード』をはじめとして、さまざまな取り組みが始まっています。2025年に控えた大阪万博でも、ウェルビーイングが大きなテーマの1つとなっていますよね。
ウェルビーイングにおける取り組みは、地域でも広がっています。例えば福岡市は2022年4月に全国で初めて、ウェルビーイング認証制度を実施しました。現在の登録事業者数は600社以上で、地元の地銀とも連携し認証を受けた企業は融資手数料が下がるなどの仕組みが導入されています」
また、ウェルビーイングの構造の骨格について、石川さんは「何を人々がウェルビーイングと感じるかは様々で時代の影響も受ける」とした上で、しかしその骨格については「働く/生きる上で選択肢があり、自己決定できる」ことが重要な要因であることが世界のコンセンサスとなっていると紹介した。
「つまり『ウェルビーイングに貢献する』とは、国民生活の選択肢を広げ、自己決定を促すモノ・サービス・政策に貢献することだと思います」
ウェルビーイングを、どう人事施策に落とし込む?
セミナーの後半で行われたのは、ウェルビーイング向上のために必要な人事施策についてのトークセッション。
石川さんと共に株式会社フィールドマネージメント・ヒューマンリソース執行役員の野崎洸太郎さんも登壇し、株式会社カオナビアカウント本部長の野田和也さんが進行役を務めた。
はじめに石川さんは、ウェルビーイング向上のための人事施策に悩む人へ「『何か新しいことをしなくては』と思う必要はありません。まずは現状の施策はウェルビーイングの観点であらためて見つめると、あてはまるものがほとんどだと思いますので、それらをしっかりとやり切ることが大切です」と語った。
また、オンラインで寄せられた「企業が従業員のウェルビーイングを知るための客観的な指標はありますか?」という質問には「まだ概念が新しいということもあり、指標はしばらく乱立していると思います。時間と共に『これが指標になるだろう』というものもできてくると思いますが、今はそれがない状況です」と回答し、「健康診断やストレスチェックなど、すでに行っている取り組みをウェルビーイングの観点から見つめて『これは何のウェルビーイングを測るものなのか』を考えることが大切です」と続けた。
また「ウェルビーイングはコンセンサスがない比較的新しい概念なので、抽象的ゆえに包括的なものになりやすいです。ゆえに、個別具体的に『誰の』ウェルビーイングの話をしているのかを明確にし、取り組みを企画・実施していくことが大事になると思います」と語った。
人事コンサルタントとして企業の人事戦略の支援を行っている野崎洸太郎さんも、「一口にウェルビーイングといっても、社会的・精神的・身体的な健康など、それを構成するものは様々です」とコメント。
さらに「例えば1on1もウェルビーイング向上につながるかもしれません。コミュニケーションの総量を増やすことで『従業員がどんな人間で何を求めているのか』を理解し、それに応える施策ができれば良いのだと思います。そういう意味では、社内である程度の雑談も大切なのかもしれません」と続けた。
これに対して石川さんも頷き「肌感ではありますが、ウェルビーイングな組織やチームは他己紹介が上手な印象を受けます。仕事という限られた時間の中で、どうしたら人同士として知り合い、興味を持ち合えるのかがポイントかなと思います」と語った。
ウェルビーイング施策の鍵は「使い分け」
トークセッションでは「使い分け」という言葉も、キーワードとして浮かび上がった。
従業員をひとりの「個人」として捉えて向き合うことにより、適したウェルビーイングの実装に近づく一方で、私生活に干渉してほしくない人たちがいることも忘れてはいけない。
石川さんは、従業員のニーズに応える「ウェルビーイング向上のための施策」がある一方で、既存の仕組みを維持する「すでに実現しているウェルビーイングが悪化しないようにするための施策」も大切だと語り、そのふたつを整理して使い分けていくことも重要だと語った。
また、野田さんは「会社でこの言葉を使っていく上で、何か注意点はありますか?」という質問に対し、「従業員からは『横文字がありすぎてわからない』という声も頻繁に聞こえてきます。ウェルビーイングの概念を身近に感じてもらい浸透させるには、内部(人事)で使う言葉と従業員に伝える言葉を使い分けたり、絞ったりすることも大切なのかなと思います」と回答した。
今後、より存在感を増していくことが予想されるウェルビーイング経営。
すでに行っている施策を見つめ直し、組織内で求められているウェルビーイングの形を鮮明にしていくことで、またひとつ、未来へと歩みを進められそうだ。