シリアで拘束されたジャーナリストの安田純平さんが2018年10月に解放されてから、インターネット上を中心に「自己責任論」が再燃している。思い返せば、自己責任論が大きな問題として初めて可視化されたのは2004年のイラク日本人人質誘拐事件だった。
イラク戦争終結の1年後、現地で武装勢力に拘束された日本人3人が、バッシングの嵐に晒されたのだ。渦中にいた一人で、現在はNPOの代表として活躍する今井紀明さんが11月8日午後10時「ハフトーク」に生出演する。この社会で噴出する「自己責任論」、今井さんにはどうみえているのか?
「人質」「クソガキ」と罵られた過去
今井さんら3人とその家族は、事件以降「自己責任」という言葉で論じられ、誹謗中傷の対象となっていった。自宅にはバッシングの手紙が段ボール数箱分も届き、外を歩けば「人質」「クソガキ」という声が聞こえてくる。
今井さんは事件後、精神の変調をきたして、しばらくひきこもり生活をおくることになる。現在は、大阪を拠点に定時制、通信制高校の支援活動を展開する認定NPO法人「D×P」(ディーピー)の代表として活躍している。
今はNPOの代表としての活動が忙しくなってしまい、当時の話をすることはほとんどない。
意外と知られていない事実だが、当時今井さんは、自己責任論を展開した人に直接会って「対話」を試みていた。
父親が残していた自分宛のバッシングの手紙を読みふけり、住所が記されていれば手紙を送る。そこには「会って話をしたい」「どうして自己責任だと考えるのか知りたい」という思いがあった。
彼自身の記憶からもすっぽり抜け落ちていたが、過去の手記から、当時の気持ちを辿ることができる。
手紙の差出人、本当の怒りの矛先は?
届いた手紙に返事をしていくうちに、新しい出会いも生まれた。会って話を聞きたいという今井さんの申し出に何人かが応じた。ある工場に勤めているという男性は、仕事を終えてから今井さんと食事に行っている。
男性は、事件に対して批判的なのではなく、頭にきたのはマスコミのおかしさだったと今井さんに明かしている。
「『自衛隊を派遣したことで彼らが捕まったのだから、政府は責任をとり自衛隊を撤退させなければならない』ということを論調に出した新聞」が原動力になり、今井さんに向けて批判の手紙を出したと語った。
男性には当時18歳になる不登校の娘がいた。
「多くの若者が、娘と同じようにニートだといわれているこの時代、何か目標に向かって行動している若者をこんなことで潰す社会があるというならば日本社会は終わってしまうんじゃないか、と危機感があるんです」
そう語り、最後は今井さんがバッシングを受ける社会を憂いた。
時を超えて続く対話
筆者である私が2017年9月、このエピソードを記事に書いたところ、一通のメールが届いた。
「ここに書かれている男性は私の父だと思う。今井さんに会って話したいことがある」というものだった。
私信なので、多くは明かさない。大事なのは、今井さんの行動に、対立やバッシングばかりが過熱する社会を乗り越えるヒントがあるということだ。
対話を通じて、少なくともこの父親は、怒りは今井さん本人ではなく別のところにあったと思い至り、最後には今井さんに共感を示した。
そして、十数年の時を超えて「不登校の娘」本人から連絡が届く。
一つ一つのエピソードは小さくとも、彼らの人生を変えるくらい重要なものではないだろうか。
番組では、単なる自己批判論とそれへの批判だけでは終わらない今井さんの経験をじっくりと聞いていく予定だ。2004年よりもインターネットが発展したいまの社会にとって、大事な対話の可能性を指し示す1時間になるだろう。