第100代の総理大臣に、自民党の岸田文雄総裁が選出されました。岸田内閣は、今後どのように世界各国と付き合っていくのでしょうか。「外交と人権」の視点から、考えてみたいと思います。
岸田氏は、人権侵害に関与した諸外国を制裁する「日本版マグニツキー法」には賛成の立場
まずは、「人権外交」の視点で、岸田さんがどのような考えを示していたかを見ていきたいと思います。
参考になるのは、自民党総裁選の期間中に、4候補者に対して行われたアンケートです。
このアンケートは、「人権外交をどう進めていきますか」といった内容などを問うもので、実施したのは、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ、一般社団法人ユースデモクラシー推進機構、対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)と4個人です。
具体的に、質問は2つありました。
1つは、「日本版マグニツキー法」に賛成しますか?という内容。
もう1つは、具体的な人権外交推進策として、どのようなことをやりますか?というものです。
「日本版マグニツキー法」とは?
「人権侵害制裁法(マグニツキー法)」は、政府高官の汚職を告発した直後に拘束され、2009年に獄中死したロシア人弁護士、セルゲイ・マグニツキー氏の名前を冠した法律です。
人権侵害が行われた場合に、それに関与した人物や団体などに対して、制裁を課しますよというような内容です。アメリカで2012年に制定されたのをきっかけに、カナダやイギリス、EUなどで類似の法律が作られています。G7(主要7カ国)の中で、このマグニツキー法がないのは、今、日本だけです。
同じマグニツキー法といっても、EUで定められているものと、アメリカが定めているものなどとでは、少しずつ内容が異なります。
日本の場合は、「人権外交を超党派で考える議員連盟」という、全ての主要政党の議員が所属している議員連盟があるのですが、そこの会合で素案が示されてます。
その内容は、
まず人権侵害の疑いが生じた場合、国会が政府に対して調査してくださいと要求することができます。
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政府はその要求を受けて調査を始めます。
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政府はその調査結果を開示します。
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そして、必要であれば、政府が制裁措置を講じる、というような設計になっています。
どんな制裁を講じられるかといいますと、資産凍結、輸出入規制、それに入国拒否などです。
例えば、何かで人権侵害に加担していた政治家が、日本国内の銀行とかに資産を持っていた場合それを凍結するとか、日本に来られなくするとか、そういうことができるわけです。
人権を理由に制裁を科すというのは、政府にとっては重い決定です。その国との関係に影響しかねません。外交戦略上、大きなイシューとなります。
そうなったときに、政府ではなくて立法府、つまり国会が政府に対して、人権の問題として、「きちんと動くべき」と背中を押す機能と期待されているのです。
この日本版マグニツキー法(人権侵害制裁法)を制定するべきだという声は、多くの国会議員の中で上がっていて、そして超党派の議連の中で議論されているのは確かなのですが、成立に向けた具体的な日程が固まっているとはまだ言い難い状況です。
この法律に新しい首相の岸田氏は賛成するのか。
「はい。人権侵害に対して厳格に対応することは重要です」
と、岸田氏は支持の姿勢を明らかにしています。
一方で「超党派の幅広い理解が重要との観点から、既に超党派での議論が進んでいるものと承知しており、具体的な法案の中身を含めた議論をしっかりと見守っていきます」と、先程紹介した議員連盟での議論を発展させるべきだという立場をとっています。
岸田氏の、具体的な「人権外交」推進策は?
そして、二つ目の質問。具体的な人権外交推進策については「人権問題担当官ポストの総理補佐官を新設して、人権問題への対応強化を進めます」と回答しています。
これは、岸田氏が総裁選の途中から、ずっとアピールしてきた政策の一つでもあります。
岸田氏の公式サイトで発表されている内容を見ますと、
「ウイグルの人権問題に毅然と対応」
と
「人権問題補佐官新設」
が並べて書いてあり、中国の新疆ウイグル自治区やあるいは少数民族に対する強制労働疑惑などを意識した政策であるということが、読み取ることができると思います。
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香港問題が日本でも非常に話題になったときから、国会の中でも、日本版マグニツキー法を作るべきだということで、具体的な議論が進められてきています。
岸田新首相のもとで、どのようにこの議論が進んでいくのでしょうか。
成立に向けた新たな課題にぶち当たるかもしれませんし、もしかしたら法案の修正を迫られるかもしれません。今後も注目です。
(ちなみに) 他の候補は「日本版マグニツキー法」の賛否」に、何と答えた?
補足ですが、自民党総裁選で、岸田さん以外の3候補は、この日本版マグニツキー法の賛否について、次のように答えていました。
河野太郎さんは賛否については明確な答えをしていません。「人権侵害を許すべきではない」というものの、「国会において審議されるものについての評価を差し控えたい」と回答しています。
野田聖子さんは、「支持します」と回答しました。一方で、「私は原則として力による解決より、話し合いによる解決を優先していきます。既に人権侵害制裁法を持つG7各国と協調し、人権に関する理念や価値観を共有するよう強く求めます」と回答しています。
高市早苗さんは、「はい」と答えました。それ以上の回答はありませんでした。