2011年9月、2ヶ月の入院を終えて女子医大病院退院時
僕は現在43歳のIT企業経営者です。2001年、30歳のときに、「つかえるITを、世界から。」をミッションとする株式会社オーシャンブリッジを設立しました。そのちょうど10年後、2011年に悪性脳腫瘍を発病しました。さらに2年後の2013年には白血病・悪性リンパ腫を発病しました。
僕はこの2回のがん闘病の経験を、闘病記として詳細にブログ(オーシャンブリッジ高山のブログ)に記録しています。(その理由は前回の1回目の記事をご参照ください)
今回の記事では、自分が悪性脳腫瘍と白血病にかかったときに直面した、がんの病院選びの難しさと大切さ、そして経験して初めて気づいた選び方のポイントについて書いてみます。外科系(脳腫瘍)と内科系(白血病・悪性リンパ腫)でも
そのポイントは異なります。
■脳腫瘍(脳神経外科) の病院選びの実際
僕は2011年6月、ヨーロッパ出張中に空港で意識を失って倒れました。帰国後に脳神経外科の専門病院で検査をしたところ、脳腫瘍が見つかりました。
その日家に帰ってから、ネットで病気のことや病院のことを調べました。脳腫瘍がどんな病気で、悪性と良性の比率はどれくらいで、治療内容はどうで、予後はどうで、どの病院で治療するのがいいのか、などを調べました。
この段階で、もし悪性の脳腫瘍だった場合は、予後はかなり厳しいなと感じていました。だからこそベストな治療を受けなければと思い、病院に関する情報を収集しました。
しかし出てくるのはいわゆる「病気別病院ランキング」ばかり。病気の種類ごとに、患者数や手術件数で病院をランク付けしたものです。最初はそれを参考に病院を選ぼうと考え、脳腫瘍の手術件数が多いランキング上位の病院をいくつかリストアップしました。でも決め手がありません。
僕はネットで調べるのと同時に、幼稚園から高校まで一緒だった幼なじみのT君にメールを送りました。彼は都内の大学病院で放射線腫瘍医をしています。つまりがんの放射線治療と画像診断の専門家です。
T君によると、「脳腫瘍は病院選びが非常に重要。特に、もし悪性であれば、脳腫瘍手術をしっかり経験している病院がよい。自分の勤める大学病院でもいいが、兄の勤める東京女子医科大学病院も紹介できる。女子医大は手術室にMRIがあり、手術件数も日本一。兄にも相談してみる」とのこと。T君のお兄さんは、女子医大でやはり放射線腫瘍医をされています。
さらにT君は「脳腫瘍の治療においては、手術でどこまで腫瘍を切除できるかが非常に重要。できるだけ正常な脳の機能を維持しながら、腫瘍を最大限に切除し、摘出率を高めるには、手術室にMRIの設備があることが重要」と言いました。つまり女子医大がよいということです。T君とお兄さんは、すぐに女子医大での診察の予約を入れてくれました。彼のメールには、
「自分が高山と同じように脳腫瘍になったら、女子医大で手術を受ける」
とありました。長年の友人であり腫瘍の専門家である彼がそこまで言うなら間違いない、彼を信じよう、と思いました。
数日後、初めて東京女子医科大学病院に行きました。脳神経外科の村垣善浩教授の外来診察です。事前に検査画像を見てくれていた村垣先生は、すぐに「これは神経膠腫、グリオーマという悪性脳腫瘍ですね。グレード、つまり悪性度は、画像で見る限り、おそらく3〜4だと思います。でも、実際には手術をして組織を取って病理検査をしてみないと確定できません」とのこと。
先生から渡された説明資料を見ると、グリオーマの5年生存率の全国平均は、グレード3の場合は25%、グレード4の場合は7%とあります。大きなショックを受けました。
しかし、女子医大の治療成績は、全国平均を大きく上回ります。女子医大のホームページの脳腫瘍・神経膠腫治療に関するページには、このようにあります。
2005年の手術症例数は99例と国内第1位(週刊朝日臨時増刊2007.3.5号)であり、2000年から2006年6月までの治療成績として、初発神経膠腫(グリオーマ)149例の5年生存率はグレード2が90%、グレード3が78%、グレード4が13%でありました。直接比較することはできませんが、参考資料として日本脳腫瘍統計における5年生存率はグレード2が69%、3が25%、4が7%です(Neurologia
Medico-Chirurgica(Tokyo) 40(supplement):1-106, 2000)。
このように、女子医大のグリオーマの治療成績は、全国平均を大きく上回ります。グレード3の場合の5年生存率は、全国平均の25%に対し、女子医大では78%と、3倍以上です。それでも、グレード4の場合は、全国平均の7%に対し、女子医大では13%です。依然厳しい数字ではありますが、全国平均と比べると約2倍です。
最終的に、手術後の病理検査の結果、僕のグリオーマのグレードは3で確定しました。腫瘍はほぼ取り切れ、摘出率は98%でした。5年生存率78%に入れそうなこの結果を聞いた時には、本当に安堵しました。その後、現在も定期的に女子医大を受診してMRI検査を受けていますが、今のところ再発の兆候は全くありません。
■脳腫瘍の治療成績の違いはどこから来るのか?
T君も説明してくれたように、グリオーマの予後に関しては、腫瘍の悪性度(グレード)とともに、手術でどこまできれいに腫瘍を取れたか、つまり腫瘍の摘出率も重要になります。取り残しがあれば、数年のうちに再発してしまう可能性が高くなります。でも、同じ固形がんでも、他の臓器のがん(胃がん、乳がん等)と異なり、脳腫瘍の場合、腫瘍の周囲の、がん細胞が散らばっている可能性のある組織も含めて、臓器をまるごと摘出してしまう、ということができません。脳を丸ごと摘出したら、生命を保つことができません。だから、生きていくのに必要な脳の機能を損なわずに、ギリギリのところまで腫瘍を取る必要があります。
しかしこれが非常に難しく、従来は、手術前に撮影したMRIやCT等の検査画像をもとに、脳外科医の勘と腕と経験に頼って腫瘍が摘出されていました。その結果、手術中はきれいに取れたと思っていたけれど、術後にMRIを撮ってみたら実際は取り残しがあって、その後再発してしまった、ということになり、5年生存率の低さ、予後の悪さにつながっていました。
女子医大の脳神経外科は、手術中に腫瘍組織の有無や位置を画像で確認できる「術中MRI(オープンMRI)」を開発することで、この問題を解決しました。術中MRIにより、手術で腫瘍を摘出した上で、開頭したまま、手術室内のMRIで取り残しがないかを確認して、取り残しがあればその位置や大きさを確認した上でさらに摘出する、ということが可能になったのです。他にも多くの関連する機器や設備を開発し、それが腫瘍摘出率の大幅な向上、そして5年生存率を含めた治療成績の飛躍的な向上につながっています。
この女子医大が開発した術中MRIは、その後少しずつ他の病院にも広がりつつあると聞いています。女子医大の村垣先生たちは、そうした他の病院にまで手術指導に赴き、女子医大に留まらない全国的なグリオーマの治療成績向上を目指しているようです。
■脳腫瘍(脳神経外科) の病院選びの難しさ
グリオーマ治療に関するこうした術中MRIなどの情報は、僕の脳腫瘍が見つかった当時は、ネットで検索してもなかなか見つけることができませんでした。
ネットで見つかる病院ランキングなどでは、患者数や手術件数などの一見分かりやすい定量的なデータしか分かりません。でも、手術設備や治療方法などの定性的な情報も、特に外科系の病院選びでは非常に大切です。そしてもちろん、それらの結果得られる治療成績(5年生存率)の情報も重要です。
女子医大は病院ランキングを見ても脳腫瘍の手術件数が全国1位ですが、それはこうした最新設備と技術に基づく高い治療成績の裏付けがあってのことです。でもその治療成績や設備については、ランキングでは見えてきません。単にランキングだけを見た患者さんが「女子医大の予約がすぐに取れなかったから、次の病院に電話してみよう」と考えてもおかしくありません。
僕自身、T君に相談していなければ、何も知らずに、ランキング上位に掲載されている他の病院で手術を受けていた可能性もあります。その場合、すでに僕はこの世にいないかもしれません。
僕は、放射線腫瘍医としてがん治療の最前線にいるT君のお陰で、脳腫瘍治療における術中MRIの重要性を知り、女子医大の治療成績が他の病院とは違うということを知ることができました。
■脳腫瘍(脳神経外科) の病院選びのポイント
このように、脳腫瘍のような外科系の治療(手術)が中心となる固形がんの場合は、手術件数だけではなく、設備や治療内容も非常に重要となります。具体的には、グリオーマの場合は、術中MRIの有無が非常に重要となります。
しかしそうした情報をどうやって入手するかは非常に難しい問題です。病院ランキングだけではなかなか十分な情報が得られないのは前述の通りです。
その中で信頼できる情報源の一つは、病院のホームページです。術中MRIなど、先進的な設備や治療法を採用している病院は、そうした取り組みも診療科(この場合は脳神経外科)のホームページで紹介していることが多いようです(例:名古屋大学医学部附属病院
脳神経外科)。治療成績までは公開されていなくても、設備や治療法についての情報が見つかれば、病院選びの参考になります。
そして、友人や知人に信頼できる医師や医療関係者がいれば、そうした人に相談することも有効です。医療業界の外からは見えない情報を持っているかもしれません。ただ、その医師の専門外の病気の場合は、最新情報を持っていない可能性があります。そうしたときにも、周囲の医師にまで相談してくれるような信頼関係をその医師と構築しておけば、病院選びの大きな助けになるものと思います。
僕も白血病・悪性リンパ腫の病院選びでは、そんな信頼関係の重要性を再認識しました。
■白血病・悪性リンパ腫(血液内科)の病院選びの実際
2013年4月、2回目のがんが見つかりました。その頃、時折、左足にものすごい激痛が走るようになっていました。ちょうど数日後に脳の定期検査のために女子医大を受診したため、先生に相談しました。腰のMRI検査をしたところ、仙骨(背骨の一番下のお尻の骨)から左側に大きく広がった腫瘍が写っていました。
女子医大の先生から国立がん研究センター中央病院を紹介され、生検のために一泊二日の検査入院をしました。2週間後、病理検査の結果を聞きに行きました。すると「悪性リンパ腫です。B細胞性リンパ芽球性リンパ腫という種類で、急性リンパ性白血病と同じ病気です」と言われました。
僕は先生に「5年生存率は何%ですか」と質問しました。先生は「5年生存率の平均は40%です。」と言いました。再び大きなショックを受けました。半分以上の患者は治らないということです。
さらに先生は「この病気は標準治療があるので、どこの病院で治療を受けても変わりませんよ」と言いました。つまりどこで治療を受けても、60%の確率で5年以内に死んでしまうということです。
「そんなはずはない、どこかに治してくれる先生がいるはずだ」と思った僕は、帰宅後、どこの病院で治療を受ければ生き残れる可能性が高いか、幼なじみのT君や女子医大の先生たちに相談すると同時に、自分でもインターネットで調べました。標準治療で治る確率が半分以下ならば、標準治療以上の治療をしてくれる病院を探さねばなりません。
僕はネットで「B細胞性リンパ芽球性リンパ腫」という病気について、そしてそれに強い病院について調べました。しかし、「B細胞性リンパ芽球性リンパ腫」で検索しても、そもそも患者数が非常に少ない病気のためか、なかなか情報が出てきません。
そのため「急性リンパ性白血病」「急性白血病」「白血病」に検索キーワードを広げ、それらの患者数の多い病院を調べました。「B細胞性リンパ芽球性リンパ腫」は、「急性リンパ性白血病」と同じ病気で、標準治療も同じためです。
ある病院ランキングサイトの「東京都の急性白血病の治療実績・手術件数ランキング」によると、1位は虎ノ門病院で132人、3位は東大病院で95人・・・という順位でした。病理検査を受けた国立がん研究センター中央病院は17人で37位(都内)でした。(順位や患者数は当時の掲載情報)
こうした状況を踏まえ、「治療は急性リンパ性白血病の患者数の多い病院で受けたほうがよいのでは」と考えるようになりました。標準治療があるとは言え、その5年生存率が4割ということを知ってしまうと、やはり少しでも経験値の高い、つまり、標準治療以上に治療成績を上げるための暗黙知の蓄積された病院で、少しでもよい治療を受けるべきなのではと考えたのです。
ネットで調べたこうした情報をメールにまとめ、女子医大の村垣先生たちやT君にメールで相談しました。T君は、早速職場の先生に相談してくれていました。その結果、白血病・悪性リンパ腫なら、やはりがんセンター、がん研究所、虎の門病院、東大病院が候補になるのではとのこと。さらに、「虎の門病院は東大系だから、東大病院のノウハウは共有されているはず。東大出身で研究よりも臨床をやりたい先生が虎の門病院に来ている様子。虎の門病院は泥臭い治療をする。それが白血病には必要。」との貴重な追加情報を教えてくれました。
引き続きネットでいろいろと病気や病院について調べているうちに、あるページを見つけました。白血病患者数が都内1位の虎の門病院の血液内科部長の谷口修一先生が、NHKの「プロフェッショナル
仕事の流儀」に出演した際の内容をまとめた番組ホームページです。そこにはこう書かれていました。
「谷口のもとに来る患者は、重篤な患者がほとんど。教科書や文献を探しても、答えは書かれていない。最善の治療法を、自ら見い出さなければならない。まさに考え抜く「根性」が必要なのだ。」
これを見た僕は、「この先生なら治してくれるかもしれない。標準治療に留まらずに、生存率40%を超える治療をしてくれるかもしれない」と思いました。
女子医大の村垣先生にその旨を電話で連絡すると、「虎の門病院の谷口先生とは、たまたま一年半ほど前にある会でお会いして、メールも交換していました」とのこと。すぐに谷口先生に僕のことを連絡してくださいました。谷口先生からもすぐに受け入れの返事が来ました。
翌々日、僕は虎の門病院で谷口先生の診察を受けました。僕は、ひと通りこれまでの経緯や病状を説明した後、
「17年後の娘の20歳の誕生日を、娘と家内と僕の3人でおいしいお酒で乾杯してお祝いするのが、僕の人生の目標なんです」とお話ししました。
すると谷口先生はこう言ってくれました。「じゃあ、治しにいきましょう!」
非常に力強い一言でした。これを聞いて、本当にうれしく、勇気づけられたのを覚えています。「この先生なら僕の病気を治してくれる。虎の門病院を選んだのは間違いではなかった」と感じました。
この時の病院選びでは、一時は、がんセンター、女子医大、がん研、虎の門病院、東大病院等と迷い、なかなかこれといった決め手がなく、決められない状況にありました。
でも、ネットで見つけたNHKの番組での谷口先生の言葉に加え、谷口先生と村垣先生の不思議なご縁、そしてT君が調べてくれた貴重な情報により、「虎の門病院で治療を受けよう」と決断することができました。そして実際に谷口先生にお会いして、「この病院なら大丈夫」と確信が持てました。
■白血病・悪性リンパ腫(血液内科) の病院選びの難しさ
前述の脳腫瘍のような固形がんの場合は、多くの場合(転移がなければ)、外科手術が治療のメインとなります。すると、設備や経験により、治療成績(5年生存率)が大きく異なることがあります(女子医大の脳腫瘍治療のように)。
しかし白血病や悪性リンパ腫といった血液がんは全身がんであり、化学療法(抗がん剤治療)がメインとなります。特定の部位に限局した腫瘍を手術で取り除くのではなく、全身に散らばった腫瘍細胞を抗がん剤で全体的に叩いていくという考え方です。
その場合、学会で標準とされている同じレジメン(抗がん剤の使用量や投与スケジュールなどのガイドライン)を採用していれば、どこの病院で治療を受けても、原則としては治療成績には差が出ないはずです。そのため、外科系のがんに比べて、より一層、病院ごとの治療の中身や治療成績の違いが分かりにくいのです。
しかし、入院後に気づいた「違い」がいくつかあります。
一つは、化学療法の副作用への対応です。血液腫瘍の治療においては、レジメンは同じでも、経験症例数により、副作用への適切な対応ができるかどうかが変わってくる可能性があります。血液腫瘍の抗がん剤治療では、吐き気、便秘、下痢、口内炎、味覚障害、手足のしびれ、疼痛などの様々な副作用が出ます。その副作用にいかに適切にタイムリーに対処できるかで、病院の経験が問われます。
またこうした副作用だけなら、入院中の患者のQOL(生活の質)の話に留まりますが、肺炎等の感染症の管理の巧拙は、患者の命に関わります。実際に化学療法中に免疫力が下がったところで重篤な肺炎を起こして命を落とす患者さんもいらっしゃいます。
その意味で、病院ごとの患者数、症例数が多ければ、治療成績や患者のQOLにもいい影響を及ぼしているものと思われます。治療成績はなかなか外には出てきませんし、QOLはそもそも定量化が困難です。その点でも、やはり患者数は、間接的ですが、治療内容や治療成績を判断する一つの基準になり得ます。虎の門病院の先生方は、この経験値の部分でも内に秘めた自信を持っておられるようでした。
もう一つ、血液腫瘍の病院選びにおいて大切だと思われるのは、その病院が世界の最新の治療に精通しているかどうかです。治療方法や薬は日々進化しています。海外の血液学会誌には、新しい治療法による生存率の改善に関する論文が頻繁に投稿されています。
そうすると、古い治療方法(レジメン)ではなく、海外で高い治療成績を挙げている最新の治療を積極的に取り入れている病院であるかが非常に大切になります。しかしこれも、なかなか外からは分かりにくい情報です。
入院してみて初めて分かったのですが、幸いなことに虎の門病院は、臍帯血移植の患者数が世界一にも関わらず、それに安住せず、谷口先生も若手の先生も常に海外の最先端の治療に目を光らせ、学会誌に目を通したり学会に足を運んだりして、治療に取り入れています。そのため僕の場合も、アメリカでここ数年高い治療成績を挙げている急性リンパ性白血病・B細胞性リンパ芽球性リンパ腫の化学療法のレジメンである「Hyper-CVAD/MA療法」を最初から採用してもらっていました。これは非常に幸運でした。
■白血病・悪性リンパ腫の治療方針を決める難しさ
しかし大きな問題がありました。先生の経験上、「化学療法のみでは3分の1しか治らない」というのです。「3分の2の患者さんは、いずれ再発して、造血幹細胞移植(骨髄移植、さい帯血移植)をしないといけなくなる。でも、本当に移植に持ち込むべきか、持ち込むならどのタイミングがベストなのかは、日米の学会でもまだはっきりとした方針が定まっていない」、とのことでした。
そして先生は、「高山さんの場合、最終的には、抗がん剤治療の後に移植したほうが長く生きられる可能性は高いと思います」と言いました。でも移植治療は、患者にとって、大変な苦労、苦痛を強いる治療です。3ヶ月から1年以上にも及ぶ移植治療は激しい肉体的苦痛との闘いです。移植治療自体が原因で死んでしまう移植関連死も一般的に2〜3割ほどあります。治療後も生活上の制約は多く、普通の生活を取り戻すには3年かかると言われました。
僕は本当に化学療法だけでは治らないのか、移植以外に生き延びる道はないのかを調べ始めました。ベッドの上で、iPad miniを使ってインターネットで海外の最新の論文を調べました。辞書を引きながら、50本ほど英文論文を読みました。その中で、抗がん剤治療だけで3年生存率が75%(40代の場合)というエビデンス(データ)を見つけました。アメリカ最大のがん専門病院、MD Anderson Cancer Centerの最新論文でした。僕が受けていたレジメン(Hyper-CVAD/MA療法)にリツキサンという分子標的薬を加えた治療法に関する論文でした。先生方の経験値である、化学療法のみでの治癒率33%(3分の1)と、この論文にある75%では、倍以上の開きがあります。
この論文を元に、僕は何度も何度も先生と議論しました。同じレジメンなのになぜこれだけ生存率が違うのか。一時は、回診に来る担当医のMY先生を捕まえて、毎朝15分以上も議論していました。時には谷口先生もベッドまで来てくださり、30分以上も話し合いました。僕のようなうるさい素人患者に、先生方は本当に根気強く付き合ってくださいました。
こうした議論の結果、もしかすると、初期の入院による抗がん剤治療の後の退院後の維持療法の有無が違うのかもしれない、という話になりました。虎の門病院ではHyper-CVADのような強い抗がん剤治療を行った後には、退院後の患者のQOLを考えて、あまり維持療法はしていない、とのこと。僕が読んだ論文では、退院後も2年半にわたって抗がん剤の服薬などの維持療法が行われていました。
そのため、MY先生に「僕も同じように退院後も維持療法を受けさせてください」、とお願いしました。先生は快く、「もちろんいいですよ」と言ってくださいました。
■医師との信頼関係に基づく議論の大切さ
そして、こうした先生たちとの議論のプロセスを経たお陰で、治療方針が明確になりました。つまり、「骨髄移植をせず、化学療法のみで治す。そして退院後は維持療法を続ける。」という方針です。議論のお陰で、この治療方針に心から納得でき、「この方針でいけばきっと治せるはず」という確信が生まれました。生き延びることに対する不安が減少し、精神的に安定してきました。
治療中の検査で、僕の腫瘍細胞のCD20陽性が判明し、分子標的薬のリツキサンも使うことができました。これで僕が読んだアメリカの論文と初期治療のレジメンは同じ(Hyper-CVAD/MA療法+リツキサン)になりました。
実際、7ヶ月間の抗がん剤治療は奏功し、PET検査の画像診断ではがん細胞が見つからない状態(完全寛解)となりました。そして2013年12月19日に退院しました。その後は定期的に虎の門病院を受診していますが、再発等の兆候は今のところ全くありません。
僕の場合は、この治療方針に関する議論のプロセスが非常に重要でした。グリオーマの時のような「とにかく手術で腫瘍をギリギリまで取り切る」というある意味分かりやすい治療方針は存在しません。「この治療で治せる」という明確な指針がありません。だからこそ、自分で調べて、先生と議論して、心の底から治療方針に納得することが必要でした。
そしてそれに根気強くお付き合いくださったのが、虎の門病院の先生方でした。「患者は医者の言うことを聞いていればいいんだ」という態度ではなく、常に患者の立場に立ち、相互の信頼関係に基いて、議論を受け止めて、治療方針を決めるのに力を貸してくださいました。その背景には、最新の治療に精通しているという自信と、多数の血液腫瘍の治療経験からくる現場の医師としての自負があったように思います。
こうした患者本位のカルチャーが虎の門病院の血液内科に浸透していたことは、非常に幸運でした。そして今考えると、それは血液内科部長の谷口先生がそういう人間性、カルチャーを持った先生だからであり、それが、僕が最初に惹かれたNHKのホームページでの谷口先生の言葉に表れていたのだと思います。
■白血病・悪性リンパ腫(血液内科) の病院選びのポイント
では、病院ランキングにある患者数だけではなく、こうした治療方針やカルチャーをどう把握し、病院選びに活かせばいいのでしょうか。
なかなか難しい問題なのですが、一つ参考になると思われるのが、下記のがん情報サイトです(白血病・悪性リンパ腫だけではなく、脳腫瘍を含めがん全般の参考になります)。
▼がんと生きるすべての人を応援します。|がんサポート(詳細を見るには有料会員登録が必要)
このサイトでは、がんの種類別に、様々な病院のがん専門医が、最新の治療や薬について解説しています。最新の治療法について知るだけでなく、その医師が所属する病院の治療方針や考え方を知ることにもつながります。病院のホームページの診療科のページ(例:虎の門病院血液内科)と合わせて読むと、病院選びの参考になるのではないかと思います。
僕自身、このサイトの下記のページはよく読みました。
また、がんの種類別に、その特徴や標準的な治療法、一般的な生存率などの基本的な情報を得るには、下記のサイトが参考になります。
国立がん研究センターが運営するサイトです。ここで標準的な治療法などを確認した上で、各病院のホームページの診療科のページにある治療方針などの情報と比較することで、客観的に病院を比較する助けになるかと思います。
以下、このサイトで僕がよく読んだページです。
■病気を治そうという強い意志
最後にもう一つ。病院選びと闘病においては、患者自身が「病気を治そうという強い意志」を持ち、それを医師と共有することも大切なのではと思っています。それが良い医師との出会い、そして信頼関係の構築にもつながっている気がします。
女子医大で村垣先生から手術前の説明を受けた際、どこまで踏み込んで腫瘍を摘出するかという話になったとき、僕は「とにかく娘が20歳になるまで、あと19年生きられるようにしてください。後遺症や麻痺が残っても構いません」とお願いしました。
その結果、腫瘍摘出率98%と、画像検査上見える腫瘍は全て取り切っていただきました。視野左下4分の1に視覚障害が残りましたが、命が助かったことを考えると、全く後悔はありません。退院後、先生方も僕のブログを読んでくださるなど、信頼関係はより深まっています。
また虎の門病院の谷口先生に初めてお会いした時にも、僕は「17年後の娘の20歳の誕生日を、娘と家内と僕の3人でおいしいお酒で乾杯してお祝いするのが、僕の人生の目標なんです」とお話ししました。谷口先生は「じゃあ、治しにいきましょう!」と言ってくださいました。
その時の僕と谷口先生の思いが、主治医、担当医の先生にも伝わり、その後の長い治療や、治療方針に関する議論の基礎になり、現在に至る長期的な信頼関係につながったのではないかと、今となっては思います。
■改めて、僕がブログに闘病記を書く理由
このように、僕は2回のがんを通じて、いろいろな人に助けられました。そして自分で経験して初めて知ることもたくさんありました。術中MRIのこと、白血病のレジメンのこと、病院のカルチャーの重要性、などなど。
そうしたことを、ブログを通じて発信することで、これから病院を選び治療を受ける同病の患者さんやそのご家族のお役に立てれば、と思って闘病記を書いています。
そして、ブログを書き続けることで、治療が奏功して普通に生活している患者が実際にいるんだということを、他の患者さんやそのご家族に知っていただき、少しでも将来に希望を見出す助けになればと思っています。
そしてブログを通じて他の患者さんやそのご家族のお役に立つことが、僕の命を助けてくださったT君や、女子医大の先生方、虎の門病院の先生方、両病院の看護師さん、オーシャンブリッジのスタッフへの間接的な恩返しになるものと信じています。(続く)
・オーシャンブリッジ高山のブログ
1回目の記事はこちら。
※3/9 14:45 追記
なお、FacebookやTwitterでいただくコメントを拝見し、一点、記事の中で誤解されがちな点を補足します。
僕が東京女子医科大学の脳神経外科や虎の門病院の血液内科を受診する際、知り合いの医師のコネクションで紹介してもらい初診予約を取ってもらったのは事実ですが、両病院とも、別にコネクションなどなくても初診で受診できるはずです。紹介状は必要ですが、それは最初に検査を受けた病院で医師に依頼すればすぐに書いてくれます。
特に女子医大の脳神経外科については、私のブログにも下記のように初診予約の取り方を書いています。同科の村垣善浩教授公認の記事です。
虎の門病院の血液内科については、下記ページのように、僕が村垣先生に紹介していただいた谷口修一先生も普通に外来診察を受け持っています。
初診の受付の仕方は下記のページ。血液内科は事前の予約は必要ないようです。
この記事がより多くの方に読まれ、一人でも多くの患者さんが最善の治療を受けるための、そして将来に希望を見出すための助けになればと願っています。