2019年10月4日、香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が「緊急法」を発動した。これにより、翌5日から政府への抗議デモで、参加者が顔を隠すために着用しているマスクを禁じる「覆面禁止法」が施行された。
緊急法の発動の翌日には、政府の思い通りの法案が施行される。この緊急法とは一体どういうものか。それによって成立した「覆面禁止法」とは。解説する。
■返還後、初
「緊急法」の正式名称は「緊急状況規則条例」。詳しい内容が電子版香港法例にある。それによると、行政長官と行政会議(日本の閣議に相当)が「緊急的な状況、および公共の安全に危害がある」と判断した場合発動できる。
発動されると、行政長官に権限が集中され、「公衆の利益に合致する」範囲ならば、いかなる規則も制定可能になる。通常必要な立法会(日本の国会に相当)の承認は経ずに制定・施行できる。
発動されるのは1967年の英国植民地時代以来、約50年ぶり。1997年の中国返還以降では初となる。民主的な普通選挙などを求めるデモに対し、民主主義的なプロセスを無視して対抗する形となり、デモ参加者や民主派からの反発は必至だ。
「緊急法」の持つ力は強い。条例によれば、出版物や市民の交通・通信、それに写真などに対し検査を実施し、制限を加えることができるほか、財産没収なども想定される。
■覆面禁止法とは
この緊急法の元で10月5日から施行されたのが「覆面禁止法」だ。その内容を政府資料から読み解こう。
まず、適用されるのは「非合法な集会」や「政府の許可を経ていない集会」などだ。ここで「身分の識別を妨げるため顔を覆うものを着用」した場合対象となる。罰則は、最高2万5000香港ドルの罰金とおよび1年以内の禁固刑。
宗教や健康上の理由などで着用していた場合は、罪に問われることはない。
なぜ政府はこの法律の施行に踏み切ったのか。政府の広報文に林鄭行政長官の説明がある。
林鄭行政長官は、施行の背景として、デモ参加者による「暴力」がここ数ヶ月エスカレートし、更に多くの学生が参加していることを「非常に危険なサインだ」とした。
その上で、デモ参加者のほとんどがマスクで身分を分からないようにし、刑事責任を逃れようとしていると指摘。現行の規則では十分に対応しきれなかったと釈明している。
■反発必至
デモ参加者や民主派たちからはすでに多くの反対の声が上がっている。
民主派団体・デモシストのメンバーで、日本語を使って情報発信を続けている周庭(アグネス・チョウ)氏は「政府のやりたい放題になる」と警鐘を鳴らしている。
そもそも、林鄭行政長官は、デモの火種となった「逃亡犯条例」改正案の撤回を発表した際、自ら、市民と積極的に対話する方針を示していた。
しかし、警官がデモに参加していた高校生の胸めがけて発砲するなど、参加者に向けた実弾の使用が続く。緊急法の発動も加わり、反政府ムードが高まるのは必至だ。