むすめが歩き始めたのは、1歳2カ月を過ぎたころだった。ついこの間まで、お腹の中にいたはずの我が子が、たったひとりで支えもなく歩いている姿に唖然とした。
もっとゆっくり育ってくれていいのに。そう思った。
ありえないスピード感で時間が過ぎていく
私は、ハフポストで記事広告のディレクションを担当している。企画、営業、制作(取材・執筆・編集)、SNS運用、レポーティングなど仕事の内容はいろいろだ。やればやるほど仕事は増える。
裁量労働制を取り入れているため、子どものお迎えの時間になると退社できるし、リモートワークも認められている。働きやすい職場だといつも感じている。
でも――。
産休、育休を合わせて10カ月ほど仕事を休んでいたためか、復帰直後は仕事のペースを取り戻せずにいた。チームのメンバーに迷惑をかけないように、ペースを乱さないようにと、実際には無理をしていたように思う。
毎日、企画書、原稿、レポートなどの締め切りが迫っている中、新たなタスクも次々と増えていく。
仕事が片付かないまま、保育園のお迎え。家に帰ると、夫と分担しながらタスクをこなす。むすめのご飯、お風呂、寝かしつけ。洗濯を回しながら翌日の保育園の準備......。
適当に食事をとった後、パソコンを開いて仕事の続きをしていたら、深夜にむすめの夜泣きが始まることもある。
なんにも片付かない。
しっかりしなくちゃ。自分に発破をかける。もっと仕事にコミットしなくては。そう思いながら過ごしていると、今まで味わったことがない速さで時間が流れていった。
働きながら子育て。これほど恵まれた環境はない
生後9カ月でむすめを保育園に入れた。区の認可園は全て落ち、このままでは仕事復帰できないと嘆いたが、夫が勤めている企業内の保育施設(認可外保育園にあたる)に運よく入れてもらうことができたのだ。
とってもありがたかった。
子どもを保育園に送り届け、仕事に向かうときは、いつも「この子の将来のためにも、おかあちゃんがんばってはたらくぞーー」そんな気持ちになれる。だから保育園は尊い。
待機児童を受け入れてくれる保育園。
早めの退社、リモートワーク等を認めてくれる会社。
家事も育児もしっかり取り組んでくれる夫。
働く母親にとって、これほど恵まれた環境はない。
それなのに――。
思うように仕事が進まない。子どもと過ごす時間が少ない。それでも子どもはどんどん成長していく。
何もかもが中途半端。
子育てにきちんと向き合えていない自分が、子どもの成長に追いついていないようにも感じていた。
あるとき保育士さんに「〇〇ちゃん、スプーンも上手に使えるようになりましたね」と言われ、絶句した。
スプーンを持たせると、こぼして服も食卓もめちゃめちゃになるのが億劫だったから、家では私が口元にスプーンを持っていき食べさせていた。スプーンを使って食事する保育園での様子を想像して、なんともいえない寂しさが込み上げてくる。
私はいつしか、子どもの成長を素直に喜べない母親、「いつまでも赤ちゃんでいてほしい症候群」になっていた。我が子の成長がなによりのよろこびだとよく聞いていたし、それが当たり前だと思っていたのに。
むすめのペースで歩くことで見えたもの
ある雨上がりの休日だった。
いつもの公園に連れて行く。ベビーカーや抱っこ紐を使えば徒歩3分くらいの距離。
むすめが歩けるようになってからは、時には手をつなぎ、時にはてくてく歩くむすめを見守りながら、公園まで続く小道を一緒に歩く。
むすめは、一歩一歩ゆっくり歩く。立ち止まる。途中で座り込む。
時間に追われているときは、スタスタ歩いてくれないむすめにいらだったり、抱きかかえて移動したりすることもあった。
でも今日は休日だ。(もういいや。)この子のペースに合わせよう。
時間を気にせず見守ってみると、むすめは本当にいい表情で、落ち葉を拾ったり、道端に咲く花をツンツンしたり、虫を追いかけたり、目の前に広がる世界を存分に楽しんでいるようだった。
目をキラキラさせながらいろんなものに手を伸ばす。
なかなか前に進まない。徒歩3分の距離を、20分かけてゆっくり移動する。
まだ子どもが小さいから、なかなか遠出できないとか、出かける場所や時間帯も限られていて不自由であるとか。子育てしていると、どこか閉ざされた狭い世界にいるような気持ちになっていた。
でも、そうではなかった。子どもが、世界を広げてくれる。
身長77センチの目線に合わせて見たら、そこには今まで見えていなかった景色が広がっていた。時間を気にせずむすめのペースでゆっくり歩いてみたら、日々の焦りはどこかに消えていた。
むすめとの散歩は安心できる時間に変わった。
犬の散歩をしている人が、「ママとお出かけいいわねえ」と声をかけてくれたり、近所のご夫婦と挨拶を交わしたりすることも、これまで味わえなかった時間だ。
これからは、むすめの小さな成長を、楽しみながら見守っていきたい。
徒歩3分の道のりも、子どもの歩幅で歩いてみると「アタラシイ時間」に変わりました。見慣れた景色でも、新たな気づきがあることを知りました。
ハフポスト日本版は5月に5周年を迎えました。この5年間で、日本では「働きかた」や「ライフスタイル」の改革が進みました。
人生を豊かにするため、仕事やそのほかの時間をどう使っていくかーー。ハフポスト日本版は「アタラシイ時間」というシリーズでみなさんと一緒に考えていきたいと思います。「 #アタラシイ時間 」でみなさんのアイデアも聞かせてください。