世界中に学校をつくりたい。
CINRAという会社をはじめた学生の頃から持っていた夢です。
CINRAは、カルチャーニュースサイト「CINRA.NET」などの自社メディアを運営したり、企業や行政のオウンドメディア制作や、世界から日本への旅行者に向けたインバウンドマーケティングを手がけています。
そんな僕たちが「学校をつくる」というのは、少し突飛に聞こえてしまうかもしれませんが、夢の実現に進むためにできることは十分進めてきたつもりです。
では実際にどういう学校を作るのか? そもそも今、日本や世界ではどんな教育が行われているのか?
インタビューサイト「QONVERSATIONS」を通して、教育フィールドで活躍中の方々を体当たりでインタビューし、新事業のヒントとなり得る事例や考え方を探っていきます。
連載第3回にお迎えしたのは、HLABの代表理事である小林亮介さん。
ハーバード大で培った経験を元に、「レジデンシャルエデュケーション」を日本に根付かせようとしていらっしゃいます。一方通行に教えるだけの教育ではない新たな教育の形とはどのようなものなのかを伺いました。
なぜHLABを始めたのですか?
――今日は、教育の分野の大先輩として、小林さんに色々伺いたいのですが、まずは学生時代にスタートされたHLABの活動についてお話し頂けますか?
小林:我々が目指しているのは、レジデンシャルエデュケーション、つまり居住型の教育を日本において確立することです。例えば、ボーディングスクールと言われる全寮制の寄宿学校がそれにあたりますが、都内にはこうした学校はほとんどなく、日本人の感覚からすると、教育と居住空間は結びつきにくいばかりか、「寮」というと学生運動の時代のネガティブなイメージすらありますよね。一方、世界に目を向けると、教育の質の高いと言われる高校・大学の多くは全寮制なんです。多様な学生が寝食を共にすることで、こうしたお互いからの刺激や学びが生まれるという考え方がベースにあるのですが、こうした教育を日本で再現すること、特に進路選択や人生設計という部分を衣食住を通じてデザインできないかということを追求しています。
――教室で行われる授業とは別に、生活環境の中で自然発生的に学生同士の間で気づきやメンタリングの機会が生まれるというのが、レジデンシャルエデュケーションの考え方なんですね。
小林:はい。僕らはそれを「ピアメンターシップ」と呼んでいます。仲間(=ピア)同士の相互的な教え合いです。自然発生的という言葉がありましたが、多様な人たちが日々の生活の中で接する環境を、人為的にデザインすることが教育機関としての主要な役割だと考えています。日本の大学寮の場合、なかなか人員を割けず、基本的には学生自治に委ねるか、規則で縛り付けるかのどちらかが多いですが、いま世界的に取り組まれているのは、「計画的な偶発性」をいかにデザインするかということです。例えば、学生の99%が寮生活をしている母校のハーバード大では近年、多様な住環境を提供することをミッションのひとつとして掲げるようになりました。本来学びというのは、目的なく偶然出会うもので、多様な人たちが一緒に暮らすことによって、学びの機会が強制的に生じることが、居住型教育の強みなんです。
――ハーバード大など世界の一流大学では、日本の人たちがイメージしているものとはだいぶ異なる教育が進められているのですね。その背景にはどんな要因があるとお考えですか?
小林:やはり教育の世界でも進んでいるデジタル化と深い関わりがあります。かつては同じ寺子屋の中で、一人の先生のもとで10人程度が学んでいたような時代がありましたが、それが1対40になり、さらにデジタル化によって1対100万、1000万となっています。情報を届ける限界費用が限りなくゼロに近づくと、「edX」「スタディ・サプリ」などに見られるように、世界どこにいても無償や安価で、高い品質の授業が受けられるようになる。そんな世界では、コミュニティ内でのお互いからの刺激や学び合いが付加価値や差別化要因になり、授業だけでは学べない人生的な学びがフォーカスされる流れが強まっているんです。
サマースクールでやりたいことは何ですか?
――HLABでは、具体的にどんな事業を展開されているのですか?
小林:ひとつは、高校生を対象にしたサマースクールです。HLABを立ち上げた19歳当時、いきなり寮や学校をつくることは難しかったので、実験的なプロトタイプをつくろうと考えました。メンターとなる大学生を世界中から選抜して集め、夏の終わりに日本に連れてくる。日本の高校生と世界から集まる大学生たちが泊まり込みで学び合う合宿のようなスクールです。高校生たちが進路を選択するまでには4つの段階があるのですが、近い世代の人たちが寮生活のような時間を過ごすピアメンターシップの環境をつくることで、①着想を得て進路を主体的に思い描き、②それにまつわる情報を集め、③その進路を全力で追求できるモチベーションを得ることが出来ると考えています。また、その延長線上で国内外問わず選んだ進路の実現をリソース面から支援するため、年間10億円規模の奨学金である柳井正財団海外留学奨学金制度の設計やそのコミュニティ構築の支援なども行っています。その他、全寮制の学びを実現するため、学校から独立した形の教育寮をつくるためのプロトタイプを東京・中目黒で運営していたり、民間や大学の寮の運営支援などを行っています。
HLABが主催するサマースクールの様子。
――サマースクールについては、全国数箇所で行われているんですよね?
小林:現在は、東京、女川、小布施、徳島の4ヶ所で行っていて、大学生が約200人、高校生が約240人参加しています。高校生が参加するのは7~9日間ですが、準備には1年間かけていて、メンターとなる大学生たちがプログラムをつくり、東京に集って最終の研修と調整をしてから各地に散らばっていきます。このプログラムの面白いところは、サマースクール自体よりも、終わった後の関係性の方が「本番」であるところです。当時は高校生、大学生だった間柄でもお互いに社会人になると、話題は進路指導からキャリアの話に変わり、フレッシュな社会人一年生から、上の世代が学ぶようなことも起こってきます。また、高校生としてサマースクールに参加した人が今度はメンターになるなど、知見や経験が継承されていくんです。さらに、このサマースクールをきっかけに海外の大学に進学・留学するケースもあるのですが、その人とルームメイトになった現地の大学生がサマースクールに参加するなどして、いまでは平均して10~15の国の大学生が集まるようになっています。こうした卒業生のコミュニティが世界中に3,000人ほど散っており、すでに数名のForbes 30 Under 30や、ノーベル平和賞の候補者なども出てきています。
――すばらしいですね! ただ、やはり当初は協力者や参加者、そして資金を集めることは相当大変だったのではないかと想像します。
小林:まさに綱渡りでしたね(笑)。もともと僕は一橋大に通っていたのですが、自分がやりたいことを明確に持って進学する人は意外と少なく、大学にはリソースがあるのに自分を含めてそれを使いこなせていないという状況に違和感を持っていました。そこで、最も身近だった高校生の進路選択という部分にフォーカスするようになり、3.11の直後、5人くらいの仲間たちとともに約1週間で1,000万円ほどの資金をかき集め、HLABを立ち上げました。
大学時代を過ごした寮にはさまざまな世代や専門性の人たちがいて、何か動き出そうとした時にサポートし合える関係性を築くことができるんですね。例えば、僕がいたカリア・ハウスという寮では、地下1階の食堂の前を通らないと外に出られないような設計になっていて、大体そこで誰かに捕まり井戸端会議が始まったりするんです。そこで話していた面々が色々な世界に散らばっていくからこそ、何かをしようとした時にサポートしてもらうことができるんです。実際に、「ラ・ラ・ランド」の映像監督と音楽監督は同じ寮の先輩でルームメイトでしたし、ビル・ゲイツさんがマイクロソフトを作ったのもこの寮。我々がHLABで再現しようとしているのも、こうした環境なんです。
HLABが東京・中目黒で運営するResidential College Projectの実験的プロトタイプ「THE HOUSE by HLAB」。
芸術文化は教育に役立ちますか?
――HLABは、リベラルアーツ教育を掲げていますが、こちらについてもお話し頂けますか?
小林:「リベラルアーツ」とは元来、人を自由にする知識や技術のことで、奴隷制度を背景にした古代ギリシャ時代に、教養こそが人を自由にするという考え方から生まれたものです。日本では「教養教育」などと訳され、文系のイメージが強いのですが、人が自由に生きていくための方法論や知的な素地・体力をつくることが原義的なリベラルアーツ教育の考え方です。日本においては狭義のリベラルアーツはしっかりしているので、僕らは原義としてのリベラルアーツ教育に取り組みたいと考えています。
――そうしたリベラルアーツ教育の環境を、サマースクールや寮という形を通してつくろうとしているということですね。
小林:そうですね。そうした環境は、他にもさまざまな形でつくれると考えています。例えば、アメリカの多くの大学は地方につくられていて、キャンバス=街という側面があるので、生活圏がみんな同じになるんですね。一方で都市部というのは、授業以外の時間はみんなバラバラになるので、偶然の出会いが生まれる機会がつくりにくい。近くのスタバに行って、知人にあって話が弾む、って少ないじゃないですか。でも、日本ではこれだけ東京に高校や大学が集中しているのだから、それを活かすこともできる。僕らとしては恒常的な教育施設を都心で創りたいと考えています。都内にはカフェや娯楽施設はたくさんあるから自分たちが用意する必要はないし、さらに学校の授業のパートも切り離してしまい、ボーディング(共同生活)の中の学びだけに特化した施設をつくればいい。全寮制の新設校など新しい教育機関をつくるとなるとカリキュラムも含め抜本的に真新しいものになりがちですが、親御さんからすると一回しかない子どもの人生なので、「挑戦しろ」と言いつつ、保守的な選択をせざるを得ないケースが多い。だからこそ、例えば都内の私立高や大学に通いながら、寮生活のファンクションだけ僕らの施設を活用してもらい、生活の中でも学べる環境を提供するというスタンスの方が、親御さんからしてもリスクを感じにくいのではないかと思っています。
――僕らは、これまで信じてきた芸術文化の可能性を教育に変換した時に何ができるのかということを考えていきたいと思っています。HLABのサマースクールにはアートのプログラムもあったかと思いますが、芸術文化が教育にもたらしうる価値や効果についてはどうお考えですか?
小林:大学時代、同じ寮にプロのヴァイオリニストや指揮者、サッカー選手などがいて、彼らから受けた刺激や学びは多かったですし、自分の生き方を模索したり、人生を広げる上でも大きな影響を受けました。多くの人は芸術文化の専門家になるわけではないので、スキルまで習得する必要はないですが、アートや音楽を身近に感じさせられるだけでも意味があると思うんです。現状では、芸術をする人、スポーツをする人というのはそれぞれ分かれていて、狭き門という印象も強いですが、一方でお互いから学べることも、将来的に助け合えることも多い。僕らにはこれらをもっと混ぜることで、「真のリベラル・アーツ」を体現したいと考えています。HLABのサマースクールでは、参加者たちが提供してくれるコンテンツから新たな接点が生まれるような仕組みづくりを意識しているのですが、まったく興味がなかった親や子どもが、知らないうちにアートに触れて、人生の一部になるようなプログラムが生まれたら良いなと思っています。
HLABが運営に携わる神奈川・湘南台の学生寮「NODE GROWTH 湘南台」でのオリエンテーションの様子。
――教育を考える上で必ずつきまとうのは、格差の問題です。例えば、HLABにたどり着くのは、多様な選択肢に気づけている人たちだと思いますが、一方で情報や経済の格差によって、知らないうちに選択肢が閉ざされている子どもも一定数いると思うんです。こうした問題についてはどう考えていますか?
小林:こうしたプログラムに「参加したい人」と「必要とする人」が一致しない矛盾ですよね。こうした情報格差とアクセスの問題については日々葛藤し、意識していますが、ひとつ参考になるのは、ティーチ・フォー・アメリカというNPO団体の取り組みです。彼らは、一流大学の卒業生を、貧困地域の学校に講師として赴任させるということをしているのですが、その地域の子どもたちがいずれにせよ日々を過ごす教室でロールモデルに出会い、「こういう道もあるんだ」と気づかせてあげることがこの取り組みの肝だと思っています。こうした「導入動線」、つまり日々の生活動線上にその入口が作れるかどうか。サービスの対価を払う人と、サービスを受ける人が異なるという特徴がある教育分野において、本当にサービスを届けたい人たちにアプローチするためには、自分たちが現地に足を運び、「この兄ちゃんカッコ良いな」「自分も行ってみるか」と思わせるようなことを愚直に続けるしかないと思っています。だから僕らは、サマースクールを行っている宮城、徳島、長野の高校には、県の教育委員会の力も借りて、費用対効果が悪くてもほぼすべて足を運んでいるんです。
HLABが主催するサマースクールの様子。
――株式会社であるCINRAが、教育の事業を展開するからにはお金を稼ぐ必要があります。ただ、周囲に話をすると、教育は儲からないという人がとても多いんですね。僕自身はまだその実感が持てていないのですが、実際のところはいかがでしょうか?
小林:例えば、サマースクールの参加費を40万円にすれば、僕らは儲かるんですね。おそらくその価格設定でも参加者はいると思いますが、僕らの場合は、40万払ってもらうことよりも、5~6万円でできる方法を考えるというスタンスを取っています。この辺の軸足に置き方は、課題解決型のソーシャルセクター(社会企業)なのか、プロフィットありきの営利企業なのかによって変わってくる部分です。また、教育に恒常的に助成金が投入されることにより、教育の本当の「付加価値」を感じている消費者が少ない日本において、強引にビジネスをしようとすると、思うようにコストがかけられず、質が落ちてしまいがちです。それなら、他のところでお金をつくった方が早いというのが僕自身の考え方です。例えば、企業研修プログラムなどで利益を得る方法もありますが、僕らの場合は、企画と設計が入った不動産事業と上手く関連性を持たせるところに行き着きました。一緒に住んで学ぶという僕らが提供している価値は、エリート層のみならず、あらゆるコミュニティに通ずるものですし、住む場所を提供して対価を得るという形は、レジデンシャルエデュケーションに興味がなかった人も巻き込めるという「導入動線」の観点でも有効だと感じています。
HLABが運営に携わる神奈川・湘南台の学生寮「NODE GROWTH 湘南台」の食堂。
――最後に、HALBの今後の予定などをお聞かせ頂けますか?
小林:あるご縁によって、下北沢でカレッジと呼ぶ全寮制の教育施設をつくることになりそうです。現在はその前段階として、湘南台にある約150部屋の学生寮のオペレーションを担当しているのですが、ここでは、さまざまな大学の学生たちの交流が自然発生的に生まれるようなイベントやコミュニティ構築、食堂営業が行われています。先にも話しましたが、学校や教育というのはまちづくりの一環として考えていく必要がありますし、まちづくりとセットになった新しい教育のあり方が模索できればとと考えています。
インタビューを終えて
周りの人に、「教育事業に取り組みたい」「学校をつくりたい」という話をすると、一部の人からピンと来ないリアクションをいただくことがあります。それは、その方たちにとって「学校」とか「教育」という言葉は、一方的で義務的な、いわゆる詰め込み型の「ザ・教育」を想起してしまうからなのだそうです。一方、私がイメージしている教育はむしろ新たな教育という意味で、より双方向で、好奇心や偶発的な出会いに満ちたものです。
HLABさんが価値の中心においていらっしゃる「レジデンシャルエデュケーション」というものはまさにそれで、小林さんのおっしゃるように、もはや一方的な知識詰め込みの教育は、テクノロジーの発達で限りなく無償に近づいていく。だとすれば、教育組織にとっての価値の差異は、いかにして知識のインプット以外のものを提供できるかにかかってきます。
そうした価値が創出されるのは、教室ではなく、食堂や寮、サマースクールという、まさに学校でも家庭でもない第三の場であるということに、とても共感しました。これからCINRAが教育事業のプランを考えるにあたって、「どこで」それが展開されるかは、重要な選択のひとつだと思います。