白石和彌監督と佐藤健さんが初めてタッグを組んだ映画『ひとよ』が11月8日、劇場公開を迎えた。桑原裕子が作・演出を手がけた舞台を原作に、子どもたちを暴力から守るために夫を殺してしまった母が、15年ぶりに子どもたちと再会する物語を描いた。
一度崩壊してしまった家族は、どう繋がりを取り戻し、再生していくのか――。『日本で一番悪い奴ら』や『凪待ち』など、社会の片隅に生きる人たちの“疑似家族的”な関係を描いてきた白石監督だが、本作では「血の繋がった家族」に焦点が当てられた。
白石監督と佐藤さんに、初タッグを組んだ感想や、この作品が問いかける家族のあり方について、考えを聞いた。
<あらすじ>
物語は、夫を殺害した母親・こはる(田中裕子さん)が、出頭から15年後に3人の子どもたちと再会するところから始まる。家族は自営業でタクシー会社を運営しており、夫は子どもたちに日常的に暴力を振るっていた。
こはるは子どもたちの将来を思って夫を手にかけたが、父親から解放されたからと言って、彼らの人生が順風満帆に進んでいるわけではない。主人公・次男の雄二(佐藤健)は兄妹からは距離を置き、しがない風俗ライターとして働いている。吃音を抱えている長男の大樹(鈴木亮平)は夫婦関係に思い悩み、長女の園子(松岡茉優)は美容師の夢を諦めてスナックの従業員として地に足がつかない生活を送る。
――原作の舞台は母親のこはるが主人公ですが、映画版では次男である雄二が主人公になっています。
白石監督 母親が主役というわけではなく、家族そのものが主役だと多角的に見られる映画にしたいと思っていました。その中で、家族の中では雄二が一番共感しやすいキャラクターというか、物語に入っていきやすい役割ではないかなと思って彼を主人公にしています。個人的なことで言うと、僕は長男なので長男の立場に気持ちは入れやすいんですが、北海道出身で上京してなかなか実家に帰らないところとかは、雄二と重なるところはあります。
――雄二は過去の経験が原因でひねくれてしまったという一面もあると思うのですが、どこか斜に構えた現代的なしらけた若者、という印象でした。この役柄に佐藤さんを起用した理由は?
白石監督 佐藤健くんと仕事をしてみたかったというのが非常に大きな理由でもあります。斜に構えた部分も健くんがやったらすごく合うんじゃないかとも思いましたし、内面がめくれていった時に実は一番家族のみんなを愛していて、一番なんとかしたいと強い芯を持っている。そこがすごくぴったりだと思ったのでダメ元でオファーをしたら快諾をしていただきました。
佐藤さん 脚本を読んだ瞬間から物語全体に惹かれて、「きた!」という思いがありました。子どもの頃の三兄妹が車を走らせて、それが現代につながっているというところも興奮しましたね。
白石監督 『たけてれ』(佐藤さんがレギュラーを務めるストリーミング番組)をよく見てるんだけど、今の仕事のこととか、次は何を控えているとか説明してくれるんですよね。なのに『ひとよ』に関しては、「これはいい映画になるから。はいじゃあ次」みたいな感じで、雑な扱い。そこも雄二っぽいぞと。(笑)
佐藤さん 『ひとよ』は何も心配なかったというか…。(笑)主演である自分が「何かしなければ」という気負いのようなものは本当になかったんですよね。今までのどの作品よりも力を抜いて臨めたと思っています。
――自分と雄二のキャラクターが近かったという感覚もあったのでしょうか?
佐藤さん 自分の素の部分が雄二と近いかどうか、とかさえも考えないくらいにそのままやっていました。流れに身を任せていけば大丈夫だろうという確信があったというか、雄二という人間にならなくてはいけないという気負いもなかった。ただここにいれば大丈夫という感覚でした。
――先ほども白石監督が話していましたが、実は情に厚い部分があるというのは終盤になるまでわからなくて、家族に対して雄二は辛辣な態度でいます。素直になれないところを演じるというしんどさはなかったのでしょうか。
佐藤さん 雄二がひねくれた奴だという実感さえもなくて、普通に、「ムカつくっしょ」という感覚だったんですよね(笑)。家族にも世の中に対しても、全部に対してムカついていたんでしょうね。
白石監督 その感覚はすごく大事だなと思っていて、雄二は自分のひねくれた状態を意識化しているかというと、そうではない。雄二だけじゃなくて、誰でも生きている時はそうだと思うんですけど。普段は自分たちの直近の感情に一生懸命で、その感情の奥底にどんなものがあるのかというのはなかなか客観視できないし、分析もできない。だから今の健くんの言葉を聞いて、ますます雄二っぽいなとも思います。
——雄二たち兄弟は、「被害者家族」でもあるし「加害者家族」でもあるという複雑な事情に置かれていて、その苦しみも描かれていました。「加害者家族」は世間からはバッシングを受けやすいですし、その苦しみにはなかなかスポットは当てられませんよね。
白石監督 近所の住民から嫌がらせの張り紙を貼られるシーンは、ネット上でバッシングをされるとか、現実で起きていることを若干誇張して具現化したような場面でもあります。社会的制裁を受ける人は、それでも社会の中で生き続けていかなければいけないんですよね。
たとえば犯罪を犯してしまって世間から「悪い人」だとレッテルを貼られてしまった人でも、24時間常に悪いことをしているかといえば、決してそうではない。人間はやっぱり複雑なものだから。
作るとしたら本当にしっかりやらなくてはいけないと思いますし、映画を通して価値観を押し付けたい、というわけではまったくないんだけれど。そういう部分を取りこぼさないようにする必要性は感じています。
——白石監督はこれまで、血の繋がりのない人たちが疑似家族的な関係を築いていく姿を描いてきました。『ひとよ』では血の繋がった家族をどう描くのだろうと思っていたのですが、この作品で描かれる家族は一人ひとりの間に距離感があるし、血の繋がりに逆に縛られてしまっているようにも見えます。
白石監督 家族とか血の繋がりというのは、すごく面倒くさいものじゃないですか。どうしてもその関係にとらわれてしまうし、簡単には離れられない。15年も経っているんだから、こはるは別に戻ってこなくてもいいんじゃないかとも思う。家族に離れて自分だけの人生を送るということをしてもいいんじゃないかと。でも、やっぱり戻ってくるんですよね。それで子どもとの関係を取り戻そうとする。それがすごく不思議だなと思うんです。
佐藤さん 家族は自分にとって唯一無二の存在である、ということからはどうしても逃げられないですよね。そういった意味ではすごく面倒くささもある。でも、だからこそ家族というものには向き合わなければいけないのかとも思いますし、この作品のように向き合うことによって何かが変化するかもしれない、とも思います。
白石監督 この作品を撮ってみて、自分自身は、「家族」に対する謎がますます深まりました。僕の家族がみたらどう思うんだろうな、とか、はっきりとしない感情がまだまだたくさんある。家族とは何か、という問いはきっと完結はしないんでしょうね。
<『ひとよ』公開情報>
11月8日(金)より大ヒット公開中
監督:白石和彌 脚本:髙橋泉 原作:桑原裕子「ひとよ」
出演:佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、音尾琢真、筒井真理子、浅利陽介、韓英恵、MEGUMI、大悟(千鳥)、佐々木蔵之介・田中裕子
製作幹事・配給:日活 企画・制作プロダクション:ROBOT
(c)2019「ひとよ」製作委員会