世界最大・最悪の嘘「原爆神話」 NYタイムズ記者とハーヴァード学長が生み出したものだった。

なぜアメリカの核廃絶は一向に進まないのか?
Atomic explosion over Hiroshima Japan, August 6th, 1945.
Atomic explosion over Hiroshima Japan, August 6th, 1945.
Getty Images/SuperStock RM

■ 73年目のこの夏も

 8月6日の広島、9日の長崎の原爆の日が近づくにつれ、記念日のニュースや特集が増えてきます。犠牲者を悼み平和を祈る人々の姿をテレビは映し出します。平和の祈りとは、核兵器の廃絶を実現する願いです。

 原爆から73年目のこの夏も、残念ながらこれからも核廃絶を願い続けなければならないでしょう。

 廃絶は進んでいる、なぜなら北朝鮮の核放棄の可能性は見えてきた、という反論があるかもしれません。

 そうでしょうか。北朝鮮の背後にひかえるロシアと中国、そして、相対するアメリカは、核兵器の削減はおろか逆に近代化を進めています。アメリカにいたってはつぎ込む予算は1兆ドル(110兆円)。北朝鮮の放棄が確定し実現したとしても、核廃絶にいったいどれほどの意味があるの?というのが正直な私の気持ちです。

 核不拡散の視点から見れば、北朝鮮の核放棄がほんとうに実現すれば拡散を(ちょっぴり)抑止できることになります。しかし、現状維持に過ぎません。それに、ニュースでは北朝鮮の核問題ばかり脅威だとか悪者扱いされていますが、戦争で核兵器を実際に使ったのは、しかも2発、都市を標的に核攻撃したのはアメリカです。広島長崎のあとも、核兵器の実戦使用は繰り返し検討され、その間際まで何度も進んでいます。トランプ大統領は核先制使用も辞さないと漏れ伝えられています。明白かつ現在の脅威は、アメリカでしょう。

■ なぜアメリカは核廃絶に向かわないのか

 なぜアメリカの核廃絶は一向に進まないのか? ひとつの答えは、アメリカの人々が原爆をどう理解しているかに見出すことができます。

 「善きもの」――多くのアメリカ人にとっての原爆は、軍事基地を破壊し日本を直ちに降伏させ、その結果、戦争の長期化を防いで50万―100万人のアメリカ人の命を救った救世主なのです。善きものをどうして捨て去ることができるのでしょう。また、神がアメリカの原爆開発を成功に導き、さらにアメリカは神の付託を受けて実戦で使ったと信じている人も少なからずいます。こうした理解を「原爆神話」といいます。

 アメリカが核廃絶へと向かわない理由は、原爆神話を信じていること、つまり、日本人のように原爆核兵器を理解していないことが理由のひとつです。原爆は広島と長崎の人々を無差別に大量虐殺した究極の大量破壊兵器であること、また、放射能の深刻な影響は長く残りいまだに苦しまれている被爆者がいることを知っているアメリカ人は意外と少ないのです。

 もちろん、安全保障戦略を練り上げる政府・軍では、アメリカの国防と世界覇権の維持の視点から核兵器戦略が考えられています。また、アメリカが他国を圧倒する数と高性能の核兵器を保有することによる核の抑止力で全面戦争を防いでいると、リアリズム(パワー、軍事力を中心にすえる理論)の政策決定者や学者は正当化しています。

 ただ、一般の人々が核兵器を持ち続けなれればと考える理由は、心情的なものです。神話は信仰のように根強いもので、人々の思考を導き、価値判断の基準にもなります。

■ NYタイムズ記者とハーヴァード学長によるフェイクニュース拡散

 アメリカ人の原爆理解を操作し神話を確立させた首謀者は、政府役人や軍人ではありません。ニューヨークタイムズの記者(ウィリアム・L・ローレンス)、そして、ハーヴァード大学の学長(ジェイムス・B・コナント)の二人です。

 拙著『アメリカの原爆神話と情報操作』(朝日選書)では、アメリカ人の原爆理解がどのように作り出されてきたかについて、二人に焦点を当てました。陰に隠れた彼らの策略を説明しながら原爆神話の形成と確立、そして虚構を解き明かしたつもりです。

 タイムズ紙記者とハーヴァード学長の貢献なくしては、今も続く原爆神話が確立されはしなかったでしょう。軍と裏取引をしたローレンス記者は原爆を世界に告げた大統領声明からメディアに提供された資料や模範記事まで準備し、放射能とその影響を否定する記事を書き続けました。

 例えば、ローレンス記者は「原爆による放射能の影響で人々が亡くなっているという日本の主張は嘘」であり、「死因は爆風、下敷き、飛来物によるもの、また火傷」であり放射能ではないと1945年9月12日付の記事で報じています。

 つまり、フェイクニュースの拡散者でもあったのです。

 ハーヴァード学長となり原爆開発の統括責任者を務めたコナントは、若いころは毒ガスの開発と大量生産の第一人者でした。学長としてホワイトハウスの戦時内閣入りし、アメリカ人の原爆理解(例えば「原爆は命を救った」)の決め手となった情報操作を自ら企て、神話を確立させました。さらに、人口密集地を原爆の標的としたのは、彼の提唱によるものです。

 SNS時代の現象のように感じられるフェイクニュースとその拡散ですが、70年以上前の原爆神話の形成もフェイクニュースによるものでした。その影響は今も続いています。

(追記)「原爆神話」についてTBSラジオで2018年8月6日放送の『荻上チキ・Session-22』で解説をしました。音声は番組サイトにリンクされています(https://www.tbsradio.jp/280854)。

(注)この記事はアエラドット(https://dot.asahi.com/dot/2018080300063.html)に2018年8月6日付で掲載されたものを加筆修正しました。

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