元オウム信者である平田信初公判の日の夜、僕はNHKにいた。ラジオ番組「私も一言!夕方ニュース」に出演するためだ。
番組のディレクターから出演依頼があったのは一ヵ月ほど前。でも最初は返事を保留していた。この裁判で自分が語るべきことがあるとは思えなかったからだ。
でも公判が近づくにつれて、いろいろとオウム絡みの報道を目にするようになった。周辺が何となくざわついている。当日は相当に大きなニュースになりそうだ。だから考えた。自分が言うべきことはここにあると。
裁判まで一週間を切った頃、ディレクターに会った。名刺交換してすぐに質問した。
「A3は読んでくれていますか」
自分でも居丈高かもしれないとは思う。でもこれは大事なところだ。ディレクターは静かにうなずいた。
「読んでいます」
その後に一時間ほど話をした。オウムの事件について。かつての法廷について。そして何よりもこれから始まる平田の裁判の意味について。
問題意識はほぼ共有できた。ならば出演しよう。一言や二言では語りきれないけれど、時間も相当にあててくれるようだ。
当日は18時過ぎくらいにスタジオに入る。いつもは25分間の「夕方特集」を少しだけ拡大してくれている。
本番中なので小声で挨拶をした後に、メインアナウンサーの末田正雄から、「今日から始まった平田裁判について思うところは」とまず質問され、僕はずっと考えていたことを言った。
「今回の裁判について、なぜこれほどにメディアが大きく報道するのか、大きな関心事になっているのか、その理由をまずは考えるべきだと思います。言い換えればこの裁判には、報道されるべき要素はほとんどない。どんな期待をしていますかと時おり訊ねられるけれど、何の期待もしていません、が答えです」
「」でくくったけれど、記憶で書いているので正確ではない。でも概ねはこのようなことを僕は言った。「番組の趣旨をひっくり返すようで申し訳ないけれど」とも言ったはずだ。
事件からは19年が過ぎた。確かに戦後最大の事件であったかもしれないが、普通ならもっと風化していると思うのだ。教えている大学の学生たちの年齢は20歳前後。当然ながら地下鉄サリン事件の時期にはものごころなどついていない。でも(事件の概要についての知識は個人差があるが)オウムや麻原の名前を知らない学生はまずいない。
しかも平田は、麻原のボディガードを務めてはいたけれど、決して幹部とはいえない位置にいた。松本と地下鉄サリン事件についても関与していない。
ところが多くのメディアは、「果たして事件の真実は明かされるのか」「闇は解明されるのか」的なフレーズを常套句のように使い続けている。
犬が人を咬んでもニュースにはならないが人が犬を咬むとニュースになるとの喩え話が示すように、そこに報道価値はほとんどなくても、多くの人が興味を持つならばニュースになる。つまりメディアのこの状態は、社会全体がオウムについて過剰反応を起こし続けていることを表わしている。傍聴希望者は列を為した。報道各社は例によってヘリまで飛ばした。二年前の平田の出頭劇、あるいは菊地直子と高橋克也の逮捕の際の異常な報道熱も含めて、社会は今もオウムに突出した関心を保持し続けている。ならば僕は訴える。平田裁判については大きな関心はない。意義なども感じない。でもこの報道によって気づいてほしい。考えてほしい。なぜ自分たちはこれほどにオウムに関心があるのかと。
ここにはオウム事件の(あるいは事件が社会に残した後遺症の)本質がある。
念を押すが、風化させよと主張するつもりはない。記憶することは重要だ。風化の仕方が歪なのだ。記憶の回路を間違えている。
「果たして事件の真実は明かされるのか」と書く記者に訊きたい。真実は明かされるのかと書くならば、事件に対しての今の解釈は真実ではないということになる。ならばいったいどこが間違っているのですか?
「闇は解明されるのか」と番組タイトルに謳うプロデューサーやディレクターに訊きたい。闇によって不可視になったことは何なのか。何を解明しなくてはならないのですか?
たぶん答えられる人は少ないと思う。でも「A3」を読んでいる人なら答えられる(だからNHKラジオのディレクターは即答した)。
それは動機だ。
事件はどのように起きたのか、実行犯たちはどのように指示をされてどのような手順で地下鉄車両内にサリンを撒いたのか、その後にどのように現場から逃亡したのか、そうした要素はほぼ明らかになっている。闇などない。
ならばそこで考えねばならない。HOWではなくWHY。なぜ彼らはサリンを撒いたのか。
実行犯においてこの解答は明らかだ。指示されたからだ。多数の命を奪うことへの整合性に苦悶しながらも実行犯の多くは、これは救済なのだとかヴァジラヤーナの実践であり自分へのマハームドラー(試練)なのだと言い聞かせながら、床に置いたビニール袋を笠の先端で突いた。
ならば次に考えねばならない。サリンを撒けと指示した主体は誰なのか。
実行犯たちに指示した幹部信者は、故村井幹部を含めて複数いる。でもその系譜を辿れば、最後には麻原彰晃に行き着くはずだ。
つまり動機を語れる存在は(彼が本当に指示したのなら)麻原だけだ。
本来なら法廷で解明されるべきだった。命じた理由を語らせるべきだった。でも結果として麻原法廷はその任務を放棄した。動機の解明どころか麻原は(意味不明の英語まじりの弁舌はともかくとして)ほとんど語らなかった。語らないままに終結した。
2004年2月27日、僕は麻原判決公判の傍聴席にいた。初めて間近に見る麻原は、被告席でずっと同じ動作を反復し続けていた。
動物園の動物に時おりいるが、同じ動作の反復は拘禁障害の現れであり、統合失調症や自閉症などにも頻繁に現れる症状のひとつだ。
衝撃だった。目の前に座る麻原には、自分が何者でなぜここにいるのか、おそらくは何も理解できていない。さらに昼休みには、もうずっと前から被告席で失禁し続けていることも記者から聞いた。
これが「A3」を書くきっかけだ。そして「A3」発表前後、僕は「麻原は精神的に崩壊している可能性が高い」的な表現をよく使っていた。でも今は断言する。彼の精神は一審のあいだに完全に崩壊した。そしてそれを薄々とは感じながらも、裁判所や傍聴席のメディアはこれを指摘しなかった。王様は裸だと誰も言わなかった。素晴らしいお召しものですねとか少し派手過ぎないかとかいやいやむしろ地味すぎるよなどと言ってきた。
僕のこの主張に対して、「あれは詐病だ」とか「一回だけの傍聴で断言するな」などの反論があることは承知している。ならば言い返す。詐病の可能性は100%ない(その理由と根拠は「A3」に書いた)。一回だけだからこそ、裸であることへの違和感をより強く持つことができたのだ。
平田公判の日、テレビ東京は昼にオウム特番を放送した。スタッフの一人は古い友人だ。期待した。そして失望した。ひとつだけ例をあげる。スタジオで「2012年に新たに入信した人は200人」とアナウンサーが述べていた。ソースは公安調査庁の発表だ。ただしこの数字はトリックだ。公安庁は入信した人の数は発表しても、やめた人の数には触れない。もちろん、やめた人の数を差し引いても一定数は入信している。そもそも入信する人がいまだにいるとの問題提起も理解する。でも番組では、2012年だけで200人増加したとの前提で話を進めていた。ならばそれは明確な間違いだ。
地下鉄サリン事件以前にはリストラ組織の最有力候補だった公安調査庁は、事件によって延命した。その状態は今も続いている。オウムから派生したアレフや光の輪の危機を煽ることが、彼らのレゾンデートルなのだ。
少し考えればわかること。でもその「少し考えれば」をしない。死刑囚の心情の安定を図るためと称して証人と傍聴席とを衝立で遮る。証人となる三人の死刑囚はみな衝立など不要と述べているのに。安全のためと称して防弾の遮蔽物を置いたと宣言する。誰から誰を守るのか。「心情の安定」と「安全を守る」のどちらが本音なのか(どちらも本音ではない)。最大の証人であるはずの麻原を呼ばない。呼べるはずがない。
そもそも麻原法廷が一審だけで終わったことについての問題提起をしない。その結果として動機がわからない。わからないからこそ今も不安や恐怖が燻り続ける。だからこそこれほど過剰に反応する。オウムの闇や謎などの言葉を使いたくなる。オウム以降に強い大義となった安全保障や危機管理がキーワードになりながら、特定秘密保護法や集団的自衛権行使や憲法拡大解釈へと繋がってゆく。
最後に補足する。あんないい人たちがなぜあんな事件を起こしたのか、と口にする人は時おりいる。その文脈でオウムの闇とか謎とか言う人も。その煩悶の姿勢は正しい。でもその解答は明らかだ。歴史が示している。戦争や虐殺の燃料となるものは、ほとんどの場合は悪意ではなく善意や正義だ。これを謎や闇といつまでも言い続けるなら、ホロコーストもルワンダの虐殺も十字軍遠征もイラク戦争も、すべてが未解明の謎になってしまう。そのレベルからはそろそろ脱するべきだ。
だから結論。大前提としてはオウム問題を風化させるべきではない。だって(事件を解明するうえで何よりも重要な)動機が解明されていない。ただし今のこの記憶の仕方は間違いだ。ならば綺麗さっぱり風化させてしまったほうがよほどいい。
ラジオでは最後に、どうすればよいと思いますかと質問され、「麻原に治療を施して裁判をやり直すべきです」と僕は答えた。ただし十年以上放置された麻原の意識が戻る可能性はきわめて低い。でも司法の原則はデュープロセスだ。可能性を理由に適正な手続きを放棄することなどありえない。
言いながら空しい。空しいけれど言い続ける。