
今、日本では南海トラフ地震や首都直下地震がいつ発生してもおかしくない状況だと言われている。気候変動の影響で日本でも年々、大雨や台風が激甚化する中、災害発生時の対応を平時から知り、いざという時に「自分で考えて行動できる」ようになることが重要だ。
三井住友海上火災保険は3月11日、ゲーム形式で被災時対応について考えられる体験型防災教育コンテンツ「HIRAQ(ヒラク)」の提供を始めた。
損害保険会社が防災教育を通して、防災・減災に取り組む理由とは。三井住友海上火災保険の髙橋ゆずさんと、制作に携わったNHKエデュケーショナルの岡崎文さんに、泉谷由梨子・ハフポスト日本版編集長が聞いた。

防災知識の「引き出し」を多くつくることが、備えに
泉谷:いつ災害が起きるか分からない日本では、いざという時の対応について学ぶことはとても大切ですよね。「HIRAQ(ヒラク)」はどんな防災教育コンテンツですか。
髙橋:災害発生時、すぐに自分で考えて行動するのは、簡単なことではないので、自分の中に防災知識の「引き出し」をたくさんつくっておくことが大切だと考えています。
HIRAQでは、「避難所生活」「緊急避難」「帰宅困難」の3つの被災シナリオのシミュレーションにおいて、例えば避難した場所やそこに居合わせた人といった周辺情報やヒントを元にどう対処するかを4〜6人で議論しながら解決策を探していきます。
「外出先で大きな地震に遭遇し、帰宅困難に陥るケース」、「学校の帰り道で大雨災害に遭い、一時的な避難先での対処を考えるケース」、そして「長期の避難所生活でより良い避難所運営を考えていくケース」という、誰もが遭遇しうる3つの被災シナリオを設定しました。
たった一つの正解を探すのではなく、参加者が自由にアイデアを出し合うような仕組みで、知識をアップデートし、自ら考えて行動する力を養っていくというポイントを重要視しています。

髙橋:第1弾として2024年7月、親子で学べる小学校低学年までを対象とした防災コンテンツをつくりました。想像以上に多くの方にご利用いただき、好意的な声が寄せられました。
そこで、第2弾としてターゲットの年齢層を上げ、中高生を対象に、より深く災害時の対応について考えられるコンテンツを制作することにしました。
制作にあたっては、若年層向けのコンテンツ制作に知見があり、大学や教育機関との繋がりがあるNHKエデュケーショナルと、防災心理学を専門とする矢守克也教授(京都大学防災研究所)と共に開発しました。
HIRAQという名前には、「ページを開いて、問い(Q)に向き合うことで、窮地を切り拓く力を身につける」という意味が込められています。
「自分だったらどう行動するか」話し合い、想像力を
泉谷:災害時の対応について、なかなか細かいシミュレーションまで考えるのは難しいですよね。HIRAQのような被災シナリオがあれば、考える良いきっかけになります。開発ではどのような視点を大切にされましたか。
岡崎:災害が起きた時の対応には絶対的な正解があるわけではありません。例えば地震が起きる時間や季節、その時一人なのか、誰かと一緒にいるのかという状況によっても対応は変わってきます。
自分だったらどう行動するか、と具体的に考えてもらいやすいように、中高生にとって“ありえそう”と思えるようなシチュエーションを設定しました。
髙橋:HIRAQをプレイしていくと、実際の災害時と同じように、どんどん状況が変わります。進め方によって得られる情報も変わるので、状況に応じて考え、判断を迫られるという「経験」を、ゲームを通じて積んでおくことが、いざという時の判断力を高めると思っています。

岡崎:被災時を想像する時はつい自分の目線で考えてしまいがちですが、例えば実際の避難所では、妊娠中の方や障害がある方、日本語に不慣れな方など様々な方がいる可能性もありますよね。
HIRAQをプレイする中で、自分とは違う状況や考え方に出会い、他の人の生活や事情を想像するきっかけをつくることを大切にしました。
被災して痛感した「備え」の重要さ
泉谷:岡崎さんは阪神・淡路大震災、髙橋さんは東日本大震災を経験されたそうですね。
岡崎:はい。小学1年生の時に阪神・淡路大震災が発生しました。当時は兵庫県西宮市の甲子園口に住んでいましたが、家の中はぐちゃぐちゃになりました。報道記者の父親はすぐに仕事に行き、残った家族は、最終的に避難所に行きました。
当時は携帯電話もありませんでしたが、幸い父親の職場に電話が通じていたので、母が公衆電話の長い列に並んで居場所を伝えたそうです。でも、職場の電話が断線していたらどうなっていたのか。
被災時に家族と連絡が取れるかどうかは、心を守ることに繋がると思います。今、我が家は共働きなので、小学2年生の子どもとは、様々な“家族がバラバラに被災した時”について、お互いにどうする?と話し合っています。
事前に一緒に考えておくだけでも、ひとりぼっちで被災した時の不安を、多少は和らげてあげられるかなと考えています。

髙橋:災害時の家族との連絡方法や緊急時対応を知っておく大切さについては、私も東日本大震災の時に身をもって感じました。
当時、私は高校を卒業したばかりの春休み中でした。東京の自宅近くにいたのですぐに家に帰ることはできたのですが、帰宅困難になった私の友人や弟の友人が私の家に一時避難をしました。
友人はペットを連れて我が家に来たのですが、ペットとの一時避難は想定していなかったと思います。揺れも大きく、緊急地震速報もすごい頻度で流れる中、友人は怖くなって泣き出してしまうこともありました。
私も友人も災害が起きた時に何が起きるか、どうすれば良いのかについて、身近な人と普段から全く話し合えていなかったことに気づかされたんです。パニック状態でも決断し、行動できるよう、日頃から備えておくことが大切だと感じました。
岡崎:HIRAQの被災シナリオには入っていませんが、災害発生時に自分がケガをしたり、命を落としたりすることもあり得ます。しかし、災害時の対応を考えた時に、そんな状況を想定できている人は多くないかもしれません。
足をケガしていても帰宅困難の状況を乗り越えられるか。自分が命を落としても、子どもや家族はきちんと避難できるかということまで一度考えてみるのも大切です。
様々なバックグラウンドの人が集まる避難所運営に求められること

泉谷:私は東日本大震災や2007年の能登半島地震の現地取材をしたのですが、HIRAQでも取り上げられている、さまざまな立場の人を想定した「包括的な避難所運営」の大切さを痛感しました。
2024年に発生した能登半島地震でも、事情があって避難所に行かず、畑のビニールハウスで避難生活を送る人について報じられましたが、2007年の能登半島地震でも、同じことが起こっていました。
寒い中、ビニールハウスにとどまっているのには、「子どもの夜泣きが心配」「ペットを連れていけない」「介護で夜中起きなければいけない」など個別の事情がありました。
背景は色々ですが、避難所での集団生活が難しい方たちもいます。災害時に起きていることと、それぞれの状況を掛け合わせて考えるということが大切ですよね。
髙橋:HIRAQのコンテンツでも、様々なバックグラウンドの人たちが共に一時避難をし、食べ物を分け合うというシチュエーションを取り入れています。
妊娠中の女性や、宗教上の理由で食べられないものがある方もいます。他にも、持病やアレルギーで食事制限がある人もいますよね。
自分とは異なる状況にある人たちのことを「想像」し、学び、考えて行動することが、緊急時を乗り越える手段になるかもしれません。難しい知識を身につけてほしい、ということではないんです。
HIRAQの中でも、主人公の高校生が「食べ物を分け合いませんか」と切り出すシーンがあります。たった一言ですが、「助け合おう」と口火を切れるか。その想像をしておくことが、防災だと思います。

泉谷:先日、地域の防災訓練に参加したのですが、若い世代が本当に少ないことに驚きました。子どもや女性、若年層、外国出身の方など様々な方々が防災に携わることで、防災をめぐる制度や避難所運営にも、多様性が生まれ、改善されていくのではないかと思います。
損害保険会社が防災・減災に取り組む理由
泉谷:損害保険会社として、防災・減災教育に取り組む理由を教えてください。
髙橋:災害がいつ起こるかわからない状況の中で、弊社では保険の本来の価値に加えて防災・減災や災害後のリカバリーなど、補償の前後の取り組みに力を入れています。
前提として保険に入っておくことは大切なのですが、保険をかけているからといって全てが解決するわけではありません。災害が起きても、そのダメージが少ない方がお客さまのためになりますよね。だから災害に備えるために、平時からお客さまの防災・減災の支援をしたいという思いで、防災グッズの提供や防災コンテンツの開発に取り組んでいます。
日本は災害大国として防災に関する知見や取り組みは世界の中でも進んでいます。防災についてしっかり考える時間をつくるという考えを広めていくことは、損害保険会社の責務だと考えています。

泉谷:今後、HIRAQはどのように活用されることを想定していますか?
髙橋:中高生をメインのターゲットにしてつくっているので、学校での防災教育で使っていただけますし、大学生や社会人にも役に立つ内容なので、大学や地域のサークルや自治体などが主催する防災イベントでも活用されることを想定しています。
開発中には、実際に中高生にテストプレイしてもらったのですが、「ここまで考えたことがなかった」「避難所運営って実際こうなっているんだ」という感想がありました。
HIRAQでいざという時の対応をしっかり話し合い、新しい気づきや学びを得る「きっかけ」の一つになればと思います。
(写真=川しまゆうこ)
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HIRAQは、法人や自治体など団体向けの提供コンテンツとなります。
防災イベントや授業内でHIRAQの利用を希望する場合の連絡は以下からお願いいたします。
※個人のお客さまへの提供は現時点で行っておりません。
三井住友海上火災保険株式会社
CXマーケティング戦略部CXアドクリエーションチーム TEL:03-3259-1192