骨格バランスまで考慮して歯科治療を行う歯科医師、平沼一良が研究の末に導いたかみ合わせの基準は頭蓋骨の一部、側頭骨の乳様突起をメルクマールとする調整だ。
「この基準値で上の歯を回復させると、審美的にもきれいなラインになります。下唇のドライウェットライン(乾いている部分と湿っている部分で色が異なる境目)から、前歯が1.5mmほど見えるのが審美的にも良いですね。上の歯は上顎骨を介して頭に付いている。だから、頭の位置から導き出した解剖学的な基準のラインに収まるように上の歯の位置を調整します。構造的に改善されると機能美につながり、見た目にも綺麗になるのです。」
「一方、下アゴはまったく事情が異なります。患者さんそれぞれの体の使い方...、腰が悪いとか、アゴがゆがんでいるとか、色々なものが加味されます。解剖学的な基準値には全く収まらないのです。極端なケースだと、片側を一般的な基準の位置よりも敢えて2mmくらい下げたほうが、調子が良いときもあります。上下とも正しい基準位置に入れると苦しくて動きが取れず、夜も眠れないという方もいらっしゃるわけです。もちろん、理想的な位置に入れてあげるのが一番良いのですが、下アゴは機能値で合わせていくことが多いです。」
カイロプラクターである筆者の視点からは、下の歯や下顎骨、舌骨および舌骨上下筋群がサスペンションの役割として働き、体のゆがみを補正していると考えられる。
「臨床的な順番でいうと、まず上下を仮歯にする。そして、基準が決まってきた段階で、最初に上にセラミックや金属の本歯を入れます。下はプラスチックの仮歯を入れると、寝ている間に患者さんが、快適に歯が当たるポジションを求めて、無意識に磨り合わせていく。すると、下の仮歯が徐々に削れ、1~2週間で咬合面が下がり、自然と理想的な位置に揃っていきます。でも、"ただ削れたら最適"というわけではありません。予後に応じて、来院のたびに、また高さを盛ることもあります。すると、リハビリ的な効果で基準値に近い位置に戻っていく。時には、このプロセスの最中に、カイロプラクティックの先生に全身の骨格を整えてもらいます。そうすると、顎の緊張が緩んできたりします。この場合は、途中で高さを盛らなくても、基準値に近い位置まで自然に磨り減ります。
歯科治療の前から骨格を整えても良いのですが、上下の歯の当たりが強いことによって頚椎が歪んでしまいやすい。だから、仮歯を入れて落ち着いたタイミングでカイロプラクティック調整を始めた方が、必要最小限の施術回数で骨格や噛み合わせが整うと考えています。」
筆者にとっても目から鱗だが、平沼の長年の経験に裏打ちされたその見解には説得力がある。
「上顎を構成する顔面頭蓋(がんめんとうがい)は、頭蓋(とうがい)の3分の1を占めています。上の歯がなくなると上顎骨の支えがなくなるため、咬合を正しく調整することは厳しいですね。ですから、最初に、上下の歯の高さを確保します。そこで、頸椎なども緩んでくる。それから、頸椎を整えたり骨盤を整えたりして全身のバランスを整えると、頭や下顎骨のバランスも改善してきます。その理想値で咬合を調整すると、体にかかる負担も随分と軽くなります。私自身もカイロプラクティックの修行をしましたからよく分かります。歯科治療と並行して骨格調整をしていた経験も活きています。」
「ある患者さんの場合、今は理想的な咬合です。でも、生活習慣や姿勢を改善しない限り、恐らく再びひずみが生じてくるでしょう。それを見越して治療を進めるのです。歯がもろくなっている方の場合などは、敢えて、ひずみ分の余白を残して咬合調整することもあります。その位置で収めてあげないと、かえって歯に負担がかかることになるからです。月に1回くらいはカイロプラクティックで骨格調整をすることを約束できるような性格の方であれば、理想的な噛み合わせを保てます。」
「短期に一生懸命治療に集中してもその後、"喉元過ぎれば..."と油断してしまう方は、1~2割ほど理想値から譲った状態で調整したほうが、本人に将来的な負担がかかりません。ひずんでくる方向はあらかじめ予測しているので、1~2割甘めにひずんでくるであろう場所まで歯の高さを盛る。患者さんの"人と為り"に応じて臨機応変に対処するのです。私は、患者さんの年齢も考慮します。それは、骨格調整で乗り越えていけるだけの柔軟性がなければかみ合わせを改善することが難しいからです。10~20代の患者さんなら歯並び矯正すれば猫背など悪姿勢も整います。」
「21世紀は、歯科医師とカイロプラクターが連携治療する時代です。」
(敬称略)