毛がほとんどなく、歯が出ているアフリカのネズミ。その名は「ハダカデバネズミ」。長生きや病気に強いといった「謎の能力」を持ち、人類の健康にも役立つ可能性が出てきました。
ハダカデバネズミ。目は見えないといわれ、ほんのわずかな毛やにおいなどで周りの状況を把握します=北海道大学准教授、三浦恭子さん提供
ハダカデバネズミは前に出た歯が口におさまりません=北海道大学准教授、三浦恭子さん提供
ハダカデバネズミ(デバ)という名前はその姿から名付けられました。見た目や不思議な生態から「変な生きもの」として本などで取り上げられることがあります。
北海道大学准教授の三浦恭子さんは、約200匹のデバを研究室で育てています。「あいきょうがあってかわいい。実物をぜひ見てほしい」。もちろん飼育は趣味ではなく研究目的です。三浦さんはデバの能力に注目しています。
地中に穴をほって集団でくらすデバは、ゆいいつ子どもを産める「女王」デバ、食料を探す「働き」デバ、小さい子どもをあたためる「ふとん役」などがいます。こうした役割を分担する生活は真社会性と呼ばれます。真社会性はハチやアリといった昆虫では有名ですが、ほ乳類ではデバと同じアフリカにすむダマラランドデバネズミの2種だけだそうです。
ふつう動物は、体が大きくなるほど寿命が長くなります。デバは体長10センチほどで、約30年生きます。この寿命は同じ大きさのネズミの10倍、体長1メートル以上の世界最大のネズミとされるカピバラの2倍以上です。
病気のがんにもきわめてなりにくいです。年をとっても体がおとろえるスピードがおそく、一生の8割の時間はしわができるなどの変化がみられません。「寿命が100歳まであるとすれば、80歳までは若い状態」と三浦さんは説明します。
デバの能力は人類の健康に役立つと考える三浦さんは5月、「デバのiPS細胞の作製に成功した」と発表して、注目を集めました。iPS細胞は神経や臓器などさまざまな細胞になれる万能細胞のことで、難病の治療や薬の開発に期待されています。
ヒトやマウスの細胞から作ったiPS細胞をそのまま移植するとがんができると心配されていますが、三浦さんが作製したデバのiPS細胞はがんを作りませんでした。デバだけが持つがんになりにくい遺伝子の働きもわかりました。iPS細胞を使った医療の安全性を高めることに役立つ可能性があります。
三浦さんはかつて、iPS細胞を開発した京都大学の山中伸弥教授とともに研究していました。研究テーマを探す中でデバに注目し、山中教授は研究の背中を押してくれたそうです。「デバの長生きなどの特徴は、地下であまりエネルギーを使わずに生きた結果なのか、社会生活が影響したのか、決め手となるようなことはわかっていません。変わったネズミがさまざまな可能性を秘めています」
約200匹のハダカデバネズミを研究室で育てています=北海道大学准教授、三浦恭子さん提供
日本でのデバ初公開は、1998年の埼玉県こども動物自然公園(東松山市)です。職員の間でアメリカの動物園に「不思議なネズミがいる」と話題になり、ネズミの企画展の目玉としてニューヨークから来日しました。デバの知名度は少しずつ上がっていますが、「ネズミの赤ちゃん」と間違えるお客さんも多いそうです。
現在は50匹以上を飼育しています。目は見えないようですが、においや音には敏感です。担当者は無臭のせっけんで手を洗い、突然の大きな音におどろかないようにと24時間ラジオを流して音に慣らしています。「急に止まって寝ちゃったり、バックのスピードが速かったりと、観察していると楽しいですよ」と園長の田中理恵子さん。
デバは上野動物園(東京)、長崎バイオパーク(長崎県)、札幌市円山動物園(北海道)などでも飼育されています。
埼玉県こども動物自然公園であお向けになって寝るハダカデバネズミ=埼玉県東松山市、猪野元健
えさをかじる埼玉県こども動物自然公園のハダカデバネズミ=埼玉県東松山市、猪野元健撮影
小学生向けの日刊紙「朝日小学生新聞」10月7日付に掲載した記事を再構成しました。媒体について詳しくはジュニア朝日のウェブサイト(https://asagaku.com/)へ。