重すぎる、恋人たちの「ハート・ロック」

パリ名物のひとつとなった「ラブ・ロック」。もとはイタリア人作家が書いた小説に由来するようだ。しかし、ただ微笑ましいと喜べない現象も...。

パリのセーヌ川には37本の橋がかかっている。

そのひとつ、ルーブル美術館とサンジェルマン区を結ぶポン・デ・ザール(芸術橋)はパリで一番古い鉄製の橋だ。1803年に建設されたもとの橋は損傷がはげしかったため、約三十年前、歩行者専用の橋としてつくり直された。

南京錠は次々に増えていった

数年前からこの橋の金網の柵に無数の「錠前」がぶらさがるようになった。一体、誰が始めたのか、「ラブ・ロック」はパリ名物のひとつとなった。恋人たちが永遠(?)の愛を願う、いわば祈願の札のようなものだ。

日の光を浴びると遠くからはキラキラ光ってきれいだが、近づいてみると無数の南京錠。橋付近では(おそらく違法で)南京錠が売られていたのを目撃した。それでも三年前に見たときはまだ柵の向こう側が透けて見えていたが、昨年は南京錠の上に南京錠がかかり、さらにその上にも、というかんじでぎっしりと埋まっていた。

見ていると飽きないハート・ロックの数々

中には自転車にかける大きなタイプのロックもある。よく見ると名前やハートの絵が描いてあったり。パリは近年、中国人に最も人気がある街として、南京錠にも中国語の記載が多くみられる。

もとはイタリア人作家が書いた小説に由来するようだ。愛を誓った恋人たちがローマ近くのミルヴィオ橋の街灯にロックをつけて、二度とはずれないよう、錠をかけたあとその鍵を川に捨てた。小説が映画化されたとき、ローマのある街灯にはあまりにたくさんの錠前がかけられたため、重みのために曲がってしまったという。

ポン・デ・ザールの柵も、昨年、あまりの南京錠の重みでついに一部、崩落した。錠の推定総量は54トン、約70万個から80万個の南京錠となった。(正確な数はわからず)

いくらなんでも柵が耐えられるような重みではない。二年前にもパリ市役所はおびただしい数の錠前が景観にそぐわないとして、錠前を撤去したものの、ややもすると再びもとの「錠だらけの橋」となってしまった。こうなると「南京錠公害」である。

ポン・デ・ザールには一部、錠がかけられないように透明なガラスパネルがはめられたが、現在は南京錠のかかる柵を歩行者側からベニア板がサンドイッチのようにはさみ、覆っている。ベニア板には落書きやグラフィテイーがされ、とても美的な空間とはいえない。

2000年ごろからパリやローマだけでなく、ロシア、ドイツ、バルカン半島、南米各地でも似たような世界的「橋のラブロック・現象」が起きているようだ。

パリに住むアメリカ人二人はついにみかねて「ノー・ラブ・ロックス」運動をはじめた。愛情の証は南京錠ではない、「愛情は鍵でがんじがらめにするのではなく、自由にするべき」と。公共施設の美観を損なわないよう、愛情表現はプライベートな空間でお願いしたいものだ。

パリにて筆者撮影

(保険毎日新聞初出を一部、修正)