「体験談」で健康食品が 必ず「効く」理由とは?

検査値は常に「揺れ」ている
Poached salmon, arugula, lemon, oil, avocado. Gray concrete background
vkuslandia via Getty Images
Poached salmon, arugula, lemon, oil, avocado. Gray concrete background

健康食品やサプリメントが大ブームです。こうした食品の広告には、よく「体験談」が出てきて、いわゆる「効いた」人たちの喜びの声を紹介しています。

「本当にそんなによく『効く』の?」と思うこともありますが、実はこれらの体験談、理論的にも本当に「効いている」──正確に言うと「効くように見えている」のです。

さまざまな健康情報の信憑性を、世界中の膨大な栄養学の論文から読み解いて解説した話題の本『データ栄養学のすすめ』の著者、佐々木敏さんに、そのカラクリをうかがいました。

佐々木敏(ささき・さとし)医学博士。国立がんセンター研究所支所、国立健康・栄養研究所などを経て2007年より現職。女子栄養大学客員教授。「科学的根拠に基づく栄養学」を提唱し、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」策定において中心的役割を担う。著書は『わかりやすいEBNと栄養疫学』、『佐々木敏の栄養データはこう読む!』『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』ほか。月刊誌『栄養と料理』で「佐々木敏がズバリ読む栄養データ」連載中。

――健康食品やサプリメントの広告では、必ずといっていいほど「体験談」が掲載されています。あれは、「効いた人の話だけを載せているのだろう」と思っていたのですが、実際にも「効いて」いるというのですよね。本当なんですか?

佐々木 はい、本当です。正確に言うと、「その方法で調査すれば、必ず『効いた』という結論になる」です。

――「調査すれば......」ですか。効きそうな人ばかり集めて体験してもらった、ということですか?

佐々木 うーん、半分正解ですが、そこまで単純な話ではありません。少し細かくなりますが、身近な例を使って説明しましょう。

 健康診断を受けますよね。何かひっかかったことはありますか?

――ときどき尿酸値でひっかかるんです。日ごろから節酒に気をつけなくてはいけないと思っているのですが、つい......。

佐々木 それは気をつけたほうがいいですね。ぼくは完全右脚ブロックという心電図の異常でよくひっかかります。

 ひっかかると、再検査や精密検査をすすめられます。精密検査はもっと細かく調べますが、再検査で同じ検査をもう一度やった場合でも、今度は正常だったということも、よくあります。

 なぜ、再検査すると正常になることがあるのだと思いますか?

――たまたま、最初に検査した日の値が高かったからでしょうか。それとも、機器の測定誤差?

佐々木 そうですね。じつは、健康診断で測る項目の値は、いつもある程度「揺れ」ています。これは、検査機器の精度や測定条件も影響しますが、それよりも、本当の体の数値がかなり揺れているのです。

 図1をご覧ください。30人の患者さんの血圧を自動血圧計で連続的に測り続け、1日ごとの平均値と、7日間全部の平均値との、ズレを示したものです。横軸が7日間の血圧の平均値です。上下にバラけているのが、その血圧の人の1日ごとの平均値が、どのくらいの幅で「揺れ」ているかを示しています。

佐々木敏

――ずいぶんバラつきがあるんですね。

佐々木 驚いたでしょう。「揺れ幅」は人によって異なりますが、おおむね15〜20くらいの幅はあります。「1日の平均」でもこれだけ揺れるのですから、「測定1回ごと」の揺れは、これよりもかなり大きいと思われます。

――健康診断の1回の結果で、「高い」とか「低い」とか単純に一喜一憂するのも、考えものですね。

佐々木 さて、ここからが重要なところです。

 健康診断で異常値が出た人も正常だった人も、再検査してもう一度測れば、検査値の「揺れ」がありますから、1回目より高くなるかもしれないし、ほぼ同じかもしれないし、もう少し低くなるかもしれません。

 仮に、値が高いほうが「よくない(異常)」としましょう。1回目の検査で異常値が出た人の2回目の結果は、どうなりますか?

――「揺れ」があるので、最初の検査より「高い」「ほぼ同じ」「低い」ですか?

佐々木 そうですね。まとめると、次の通りです。

●1回目より「高い」場合 【異常】

●1回目と「ほぼ同じ」場合 【異常】

●1回目より「低い」場合 【正常(かもしれない)】

 つまり、再検査の結果、【正常】という場合もあるわけです。

――1回目で異常だった人でも、正常かもしれないということですね。

佐々木 はい。ところがです。ここがポイントなのでよく聞いてくださいね。

 再検査は、1回目で「ひっかかった」、つまり異常値が出た人しか受けません。そして、1回目に異常値が出た人の2回目の検査結果は、【異常】と出る確率が100%ではなく、それより必ず低くなります。1回目は【異常】でも、そのなかに【正常】な人が必ずいるからです。

 このことから、面白い事実がわかります。

 再検査は「ひっかかった」人たちだけが受けますから、再検査の平均値は、理論的に1回目の検査の平均値よりも必ず低くなるのです。これは、生活習慣の変化などとはまったく関係がありません。低すぎてひっかかった場合でも、この現象は同じです。

――そんなことは検査結果で言われたことがありませんし、初めて知りました。

佐々木 このように、再検査の結果は、異常値が出た人たちの平均値ではなく、1回目の検査を受けた人全員の平均値に近づきます。この現象は統計学の教科書にも載っていて、「平均への回帰」と呼ばれています。もっと知られてもいい事実ですよね。

佐々木 ここで実例を見てみましょう。ある企業で従業員の血清総コレステロール値を測り、その1年目の結果で5つのグループに分けて、それぞれのグループの翌年の結果と、平均値で比べたものです。

図2(原本P336)
佐々木敏
図2(原本P336)

佐々木 1年目の検査で値が高かった群の平均値は、翌年の検査では下がっています。逆に、1年目の検査で値が低かった群の平均値は、翌年の検査では上がっています。

――本当ですね。中央のほうに結果が集まってきています。

佐々木 この例では、1年目の検査で値が高かったグループだけを見れば16も下がっていますが、全員の平均値は、1年目が205、2年目が201で、ほとんど変わっていません。

 もうひとつ、例をお見せしましょう。ある企業の健康診断の結果から、血清総コレステロール値が高かった人を選び、食事指導を行なって、コレステロール値の変化を観察したものです。

佐々木敏

赤いほうのグラフを見てください。食事指導は3か月間だけでしたが、翌年のコレステロール値は前年度よりも平均で12下がりました。

 ところが、この食事指導を受けなかった青いグラフの人たちでも、平均が7下がっています。彼らがひそかに生活改善に励んでいた可能性も否定できませんが、それよりも、この改善の多くは「平均への回帰」による見かけの変化だと考えるほうが合理的です。

――なるほど。1年目で値が高かった人たちは、2年目では平均が必ず下がるのでした。

佐々木 ところで「平均への回帰」は、食事指導を受けた人たちにも同じように現れるはずです。すると、本当の食事指導の効果は、食事指導を受けなかった人の変化のぶんを差し引かなければなりません。つまり、「12−7」= 5だけになります。

――「平均への回帰」による見かけの改善が、そんなに大きいのですね。

佐々木 まじめな医師や栄養士は、このことをよく知っているので、治療や生活改善の効果を控えめに解釈し、慎重に説明します。

――なんだか、きつねにつままれたような話でしたが、よく理解できました。ところで最初の疑問、健康食品やサプリメントの体験談が、いつも「効く」理由は?

佐々木 はい、これはまさに「平均への回帰」なのです。

 たとえば、100人の中性脂肪を測って、高い人を10人選びます。この10人に「おまじない」をかけて、2週間後に再び中性脂肪を測ります。すると10人の中性脂肪の平均値はどうなりますか?

――「下がる!」ですね。

佐々木 はい。「おまじない」をかけたから......ではなく、「平均への回帰」のためです。健康食品やサプリメントでも同じです。たとえ効果がないものを飲んでも(飲まなくても)、1回目の値が高かった人たちは、必ず2回目で平均値が「下がり」ます。

 一見、研究めいた結果を見せて、「こんなに効く!」とうたった派手な発表や宣伝文句は、「平均への回帰」を利用した「研究もどき」かもしれません。

――そんな広告は、注意して見抜かなければいけませんね。「研究もどき」を見破るポイントはあるのでしょうか?

佐々木 見破るのは意外にむずかしいのですが、次の2点を確認するといいでしょう。

1.1回だけの測定値によって対象者を選んでいないか

2.効果を見るための治療や食事指導で、これらを行なわない群(「対照群」または「コントロール群」と呼びます)を設けて結果が比較されているか

 最初の値が高かった人は、サプリが「効いた」り、再検査で「異常なし」と出る確率が高くなります。このことを、よく覚えておいてもらいたいですね。

そもそも「平均への回帰」は集団全体を見ずに集団の一部だけに目が行くために起こる現象です。平均への回帰だけを気にするのではなく、結果を見せるのに都合のよい人や都合のよい言葉を意図して選んでいないか、都合の悪い結果はなかったことにして都合のよい結果だけを選んだのではないかなど、つねにもっと基本的でもっと広い視野から「健康食品」の情報を読むように心がけてみてください。

◎実験の詳細については、佐々木敏『データ栄養学のすすめ』(女子栄養大学出版部)も参照してください。

構成/鈴木充

出典

※1 Siegelova J, et al. Day-to-day variability of 24-h mean values of SBP and DBP in patients monitored for 7 consecutive days. J Hypertens 2011; 29: 818-9.

※2 Takashima Y, et al. Magnitude of the regression to the mean within one-year intra-individual changes in serum lipid levels among Japanese male workers. J Epidemiol 2001; 11: 61-9.

※3 Sasaki S, et al. Change and 1-year maintenance of nutrient and food group intakes at a 12-week worksite dietary intervention trial for men at high-risk of coronary heart disease. J Nutr Sci Vitaminol 2000; 46: 15-22.

くわしくはぜひ本書をお読みください。ツイッターでも情報発信を行なっています。

佐々木敏のデータ栄養学のすすめ」(女子栄養大学出版部 定価 本体2600円)

姉妹書『佐々木敏の栄養データはこう読む!』(定価 本体2500円)