人間は、一生、勉強を続ける動物です。それは、何故でしょうか?「人間は考える葦である」というブレーズ・パスカルの名言がありますが、「自分のアタマで考え、自分の言葉で、自分の感じたことや意見を述べる」ためにこそ、人は生涯学び続けるのだと考えます。
学ぶ手段は、人・本・旅です。たくさんの人に会い、たくさんの本を読み、労苦を厭わず現場に足繁く通うこと(旅、体験)によって、人間は人生のさまざまな諸相を理解し、喜怒哀楽の絶対値を増やして、より賢くなれるのではないでしょうか?
僕自身は、本50%、人25%、旅25%ぐらいで、出口治明という人間が形作られてきたと感じています。
さて僕はベンチャー企業の経営を行う一方で、人生やお金、教養などをテーマに何冊かの書籍を出させていただいています。
僕の経験や知識が少しでも若い世代の皆さんに役立ててもらえるのならと、
何時間かお話しした内容をプロのライターが分かりやすくまとめてくださって作っているものです。
せっかくなので、このコラムでは僕の書籍のエッセンスを紹介させていただくことにしました。
ですが、初回は僕の本ではなく、僕自身が邂逅し、心に沁みた本を紹介してみたいと思います。ハフィントンポストの担当者が僕のオフィスに飾ってあった一冊の本に目を止められたからです。
「道しるべ」(みすず書房)に出会ったのは、大学に入学して間もない頃でした。
著者のダグ・ハマーショルド元国連事務総長が、コンゴ動乱で急遽現地へ飛び、偶然の飛行機事故で殉職されたことは良く知っていました。時計台地下にあった大学生協の書店に並べられていた新刊書の中で、シンプルな装丁に目が留まり購入したことをよく覚えています。
読んでみると、まったく印象が異なりました。僕は、てっきり、超多忙な激動の毎日を綴った日記に違いないと勝手に思い込んでいたからです(今でこそ、本文の初めの10ページぐらいを丁寧に立ち読みしてから購入することにしていますが、大学生の当時は、直感で本を買い漁っていたものです)。
「道しるべ」は、1人の人間の純粋な魂の内省の記録です。そこには、権謀術策が渦巻く国際連合を舞台にした政治的駆け引きや、冷戦構造の中で動乱を繰り返す国際政治の苛烈さなどを読者に想起させるものはほとんど何もありません。そこにあるのは、著者が生まれ育った北欧の森林から流れ出る清水を思わせるような、清冽で凛とした人間の内奥の静かな叫びです。
初めて読んだとき、次から次へと紡ぎだされるあまりにも純粋な美しい言葉の数々に、茫然自失となりました。
また、ここまで厳正に公私を峻別できるビジネスパーソンとしての著者の姿勢に深い感銘を受けました。それ以来、「道しるべ」は「ハドリアヌス帝の回想」(マルグリット・ユルスナール)や「預言者」(カリール・ジブラン)などとともに、手元から離せぬ1冊になりました。
例えば、死の直前の1961年7月6日の日記には次のように書かれています。
『疲れた
そして、ひとりきりだ。
疲れ果てて、
気が滅入るほどだ。
岩間には
雪解け水がたばしる。
指はしびれ、
膝がふるえる。
いまこそ、
いまこそ、手を緩めてはならぬ。
ほかの人たちの行く途には
陽の当たる
休み場所があって、
そこで仲間どうし出会う。
だが、ここが、
お前の道なのだ。
そして、いまこそ、
いまこそ、裏切ってはならぬ。
すすり泣け。
できるものなら
すすり泣け。
だが、苦情は洩らすな。
道がおまえを選んでくれたのだー
ありがたく思うがよい。』
「道しるべ」は、いつなんどきどのページを開いても、常に僕の人生の伴侶であり、伴走者であった気がしてなりません。
少し古い本ですが、皆さんが読まれても、びっくりするほどの新鮮さや輝きを感じられると思います。訳文も素晴しい、の一言です。
『これからも進んでいけたら―より堅固に、より単純に、より寡黙に、より心暖かに。(1953年4月7日)』